第18話 死者の渡し守
いろいろありすぎて頭がおいつかない。
一旦、現状を整理する必要がある。
「‥‥‥‥」
炭焼き小屋の戸を開ける。
何か使えそうなものはないかと見渡してみたが、特になさそうだ。
煤で真っ黒に染まった、厚手の上着とズボンを見つけた。
自分の姿を見下ろしてみれば、服は濡れて汚れて、しかもボロボロだ。
今着ているものよりはマシだろう。
俺は煤が繊維の奥までしみ込んでいる黒い服に袖を通した。
=まるで死神だな=
ウィニフレッドが値踏みするように見つめてくる。
「そのつもりだ」
=ふふ、そうだったな=
防火マントを羽織ると、確かに死神のようだ。
=さて、当面の目標を決めようじゃないか=
俺は頷いて足を組んで椅子に座った。
=すぐに、王宮に乗り込んで‥‥と、いきたい所だが、そうはいかない=
「‥‥‥‥」
俺はアゴを引いてウィニフレッドを睨んだ。
=現状、お前には死なないという力しかない。だが、不死身というわけではない。刺されれば穴が空くし、指が切られても元には戻らない。そのうちに動けなくなればそれで終わりだ。我としてもそれでは困る。故に、お前には力をつけてもらう=
「裏切られた者たちから力を得よ‥‥ということだったな」
=そうだ。だが、その者達が囚われている憎しみから解放するには、憎んでいる相手を倒して地獄に落とす必要がある。その第一歩‥‥まずは簡単な相手から始めようか。何のスキルも持たないお前は、それでも難しいだろうがな=
「では、どうするのだ?」
=心配はいらない。要は手順の数の問題でしかない。事前の行動を、一つ二つ足すことで、優位に立てる。それだけのことだ=
「よく分からないが‥‥詳しく教えてくれ」
=ふん‥‥まずは王都の隣に小さな町がある、そこにCランクの冒険者の男がいる。それがターゲットだ=
「分かった」
俺は立ち上がって小屋から外に出た。
一瞬だけ湖に視線が向いた。
あの湖のどこかにリナはいる。それを意識したわけじゃないが、自然に体が動いた。
俺は首を振った。
「‥‥ライルは死んだんだ。あの湖で」
=ならば、新しい名が要るな=
「‥‥何でもいい」
=では、カロンと名乗れ。死者を向こう岸へ渡す者の名だ=
「カロンか‥‥」
俺は笑った。そして足を前に踏み出す。
それはカロンとしての一歩だった。
もう後ろは振り返らない。
☆☆☆
「よお、ドゥーガン、今日も一日飲んだくれか?」
町外れにある、小さな酒場の隅の丸テーブルに、ドゥーガンと呼ばれた大柄な男が、一人でビールのコップを傾けていた。
ドゥーガンはCランクの冒険者で、つい先日にランクアップしたばかりだった。
この国ではランクアップの申請時に、登録料を払えば簡単に上のランクに上がる事が出来る。
ドゥーガンも、偶然に見つけた珍しい魔石を売却し、その金を得ていた。
だが、それからの彼は仕事を請け負うこともせず、儲けた金で毎日を酒びたりで過ごしていた。
声をかけたのは、以前によく一緒にダンジョンに潜っていた仲間だった。今では真面目に働く気をなくしたドゥーガンに、呆れた言葉をかけるだけだった。
「ふん、俺はなあ、お前らとは違うんだ。ダンジョン最奥にいるモンスターを倒したんだからな。あの魔石がその証拠だ」
「分かった、分かってるって。だけどよ」
「ん?」
「そんときはネルも一緒だったろ? 二人だったから倒せたんじゃないのか?」
「そうだ、一緒だった」
ネルはDランクの女冒険者だった。
まだ二十歳そこそこだったが、明るく、腕っぷしで生きていた。
ドゥーガンは常に彼女と一緒に仕事を請け負った。
二人だけのパーティーだったが、依頼の成功率は高く、ギルドでの評価も高かった。
だが、それは主にネルに対してである。
【身体強化】のスキルを使えるネルは、尋常ではない力を発揮して、どんな窮地をも乗り越えて行く。
ドゥーガンはただ、そんな彼女の背中を追っていただけだった。




