第5話 仲良し大作戦
10/20 序盤の大幅改稿を行いました。
第5話は旧6話のラストに旧7話の一部を統合しています。
詳細は活動報告をご覧ください。
シュナスはゾズマを伴い王城正面のバルコニーに出た。
二人は今し方、近衛隊の詰所で隊長に面会してきたばかりだ。シュナスはよく修練場を訪れてはいたが、いつも隊長室でふんぞり返っているだけの近衛隊長にとっては余程珍しい賓客だったようだ。驚きと共に大騒ぎで歓迎され、笑顔でそれを受け入れたシュナスも些か疲れていた。
「隊長は余程私を王にしたいみたいだ」
困った顔で呟いた言葉を、ゾズマもしっかり聞いていたようだ。
バルコニー入口の大きな硝子扉の向こうでは、シュナスの護衛騎士が待機している。ゾズマは一度彼らの方へと目をやった。彼らは朝から姿をくらましていたシュナスが発見されたとの一報を受け、慌てて駆け付けたのだ。
そもそも隊長がこの二人の騎士をシュナスに付けたのは監視する目的もあってのものだろう。こちらを硝子越しに見ている彼らにも、会話内容までは聞こえないはずだ。それでもゾズマからは少し控えめな大きさの声が返ってくる。
「そのようですな」
リゲルとミンタカ両名を、兄王子の専属護衛として暫くの間だけでも借り受けたいこと。そしてゾズマがアルカ騎士団から何名かを連れ、シルヴェリス伯爵領へと黒い霧の調査に向かうこと。これらを全てシュナスの発案という事にして隊長に頼んだ結果、「そのお歳で何と聡明なことか」「素晴らしい」とそれはもう喜んで許可を出してくれた。自分の支持する人物が有能であることは、彼にとってさぞかし嬉しいことだったのだろう。
「たくさん褒められちゃったねぇ、本当に兄上の言った通りだったよ。ゾズマが連れて行くのが守備隊の騎士ってことも、きっと面倒くさくなくて嬉しいんだろうな」
うんざりしながらシュナスが言うと、ゾズマは吹き出した。
「よくお分かりで」
「本当は全部兄上とゾズマが考えたことなのにね。あ、でも『兄君思いのお優しい王子殿下』って言われたのはちょっとだけ嬉しかったかな」
隊長が思っていた通りの行動をしたことを報告したなら、兄はきっと物凄く悪い顔でにやりと笑うのだろう。
想像してシュナスはくすりと笑った。
「兄上は今とても難しい立場にいる。ゾズマ、どうか兄上の力になって欲しい」
「御意にございます。もとより私はレグルス殿下の剣。全力でお支え致しましょう」
そう言いながら胸を叩くゾズマを頼もしく思う。
シュナスがゾズマという騎士を知ったのは、彼が近衛隊に入隊してきて間もない頃だ。
シュナスには、強くならなければいけない理由があった。
一日も早く強くなりたいのに、決められた時間だけの鍛錬では物足りない。家庭教師の授業を抜け出しては近衛隊の修練場へと足を運び、騎士たちの訓練を覗き見ては憧れを募らせていた。そうしているうちに出会ったのがゾズマだ。彼の剣技を一目見て、シュナスは瞬く間に魅了されてしまった。
突然話しかけてきた第二王子に、ゾズマは嫌な顔ひとつせず誠実な対応をしてくれた。彼の人柄に触れて益々懐いてしまったシュナスは、次第にゾズマを通じて近衛騎士たちとの交流を深めていったのだ。
彼は元々城下の守備隊に所属していたらしい。そこから近衛隊配属に、そして副隊長へと、平民出の騎士としては異例の速さで出世を遂げた。それほどまでに彼の剣技は飛び抜けていた。誰もが彼を逸材だと噂する程に。
レグルスとゾズマは以前から知り合いだったらしいが、それは五年前の戦争が関係しているのだろうか。
「サリガンもどうして兄上じゃなく私を王にしたいんだろう……私にはそんなつもりはないのに」
シュナスはさも面倒というように困った顔をした。溜息をついてからバルコニーの手摺りに両肘を置き、手のひらに顎を乗せる。
「あーあ、近衛の皆が羨ましいよ。私も騎士になりたかったな。王子などに生まれず剣の道を志して生きていけたなら……私も兄上も、こんな面倒なことに巻き込まれなくて済んだのに」
シュナスが悲しい顔をしていたからか、ゾズマは少し寂しそうに笑った。
「そう仰いますな、殿下。生まれを嘆いていても致し方ありません。大切なのは今おられる場所で何を選び、何を成すか——です」
「何を成すか……かぁ。難しいなぁ」
「そうです。難しいのですよ、殿下。まっこと、人生というものは思った通りになどいかぬものです」
シュナスは少し驚いた顔で横にいるゾズマを見た。
「ゾズマでも⁉ あんなに強いゾズマでも、思うようにはいかないものなの?」
騎士は一瞬きょとんとした顔をしてからわっはっは、と豪快に笑う。
「もちろんです殿下。剣の腕だけで全て思い通りにできるなど、この世の中そんなに甘くはありません。現に先程ご覧になったばかりではないですか、私が隊長の前でこう……ビシッと敬礼しておりましたのを」
ゾズマが眉間に大きな皺を寄せながら大袈裟な素振りで敬礼するのを見て、今度はシュナスが吹き出した。
そうだった。ついさっき近衛隊の詰所でその姿を見て笑いを堪えるのが大変だったのだ。
自らの上司である隊長の前で表情を引き締め、従順なふりをしてみせる屈強なこの男の姿を。
隊長よりもゾズマの方が剣術の腕は遥かに強く、人望も厚い。それは周知の事実だが、それでも騎士の序列の中では副隊長であるゾズマに逆らう権限などないのだ。怠惰な勤務態度や無茶な命令ばかりで思うことは多々あれど、隊長の命に背けるはずもない。
それこそまさにゾズマの「思う通りにいかない」姿だった。
「ホントだね、私や兄上だけじゃないんだ」
「お二方のようなお立場であればこそ、これから先も数多の困難や理不尽にお心を痛められることもありましょう。我ら一介の騎士などとは比べ物にならぬ程に。ですが殿下、御安心召されよ!」
ゾズマがその大きな拳でどんっと勢いよく胸を叩く。シュナスが少し心配になるほどの勢いだったが、それでも分厚い胸板はびくともしない。
「だからこそ私が付いております。私がこの剣で振り払えるものならば、全て薙ぎ倒して御覧に入れましょう」
そして最後にこそりと耳打ちした。
「ですが殿下、あくまでこう……斬ったり薙ぎ倒せるようなものだけです。その、私は政治やら策略やら、その辺は門外漢でありまして」
シュナスが大きな声で笑う。
「そうだね、頼りにしてるよ!」
ゾズマが腰に手を当てて同じように笑い、その二人の姿を硝子戸の向こうにいる騎士たちが驚いたように見ていた。
「これで私たちが仲良しなのは伝わったかな」
「ええ、十分でしょう」
顔を見合わせて「ふふふ」と笑う。
見張り塔を後にするとき、二人に向かってレグルスが言ったのだ。
『皆の前で仲良くしている姿を存分に見せてやれ』
近衛副隊長とシュナスが懇意にしていることが伝われば、シルヴェリス侯爵領での調査がしやすくなる。それと同時に、名うての騎士と距離が近いことはシュナスへの「期待」も益々高めることだろう。
あとはこちらをチラチラと覗いているあの騎士たちが、いい報告を隊長に届けてくれることを願うのみだ。
「じゃあゾズマ、気を付けて。ちゃんと無事に戻ってね」
「はっ! 必ずや!」
ゾズマが敬礼し、それから二人は拳をこつんとぶつけ合った。
その場を後にするゾズマの後ろ姿を見送ると、シュナスは護衛騎士のもとへと近付く。
「お待たせ、じゃあ私たちも戻ろうか」
ニコッと笑って彼らに声をかけると、先に去ったゾズマの背に向けて敬礼していた騎士達は慌てて振り向いた。
騎士たちは改めて敬礼し、宮殿へ向かうシュナスの後ろを付いて歩き始める。
「あーぁ、お腹空いたな。二人はもう昼食済ませた?」
シュナスが自分の後ろを歩く騎士の方を振り返りながら、呑気に話しかけた。
「は、いいえ殿下、我らはまだ……」
「そうかぁ、じゃあ待たせて悪いことしちゃったね。戻ったらすぐ食事にしようか」
緊張した面持ちの騎士たちを安心させるかのように、親しげに話しかけるシュナス。広い石造りの通路に少年の明るい声が響く。すれ違う衛兵や騎士たちにも気軽に声をかける第二王子の姿を見て、護衛騎士たちも少しずつ表情が穏やかになりつつあった。
(よし、こんなもんかな。じゃあ次は……どうしようか)
後ろで安堵している様子の騎士たちに悟られぬよう、シュナスはそっと小さな溜息をつく。
今の自分にできることなどたかが知れている。だが、全く何もないというわけでもない。
全て取り上げられ、雁字搦めにされて尚決して諦めることのない兄を、自分が助けるのだ。そう強く決心する。
——決心、したのだが。
「シュナス殿下!」
辿り着いた王宮の入り口で立つ近衛騎士に呼び止められる。どうやら客人が来ているらしい。
「ロザリア嬢がお越しです」
シュナスは思わずひゅっと息を飲んだ。
「そう……か、ありがとう」
裏返り気味の声で、それでもどうにかにこりと口角を上げる。顔色も悪くなっていたかもしれないが、誤魔化すように少し早足で彼女が待つという応接室に向かった。
このまま逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
来客が他の者ならば聞かなかったことにして城内のどこかへ身を隠すことを選ぶが、彼女が相手ならばそうはいかない。
これは自分の仕事なのだと己に言い聞かせ、シュナスは応接室の前に立つ。
(せめて何か情報でも得られればいいんだけど……)
シュナスは溜息を吐いて、それから大きく息を吸う。意を決して扉の傍に控えた侍従へと目で合図を送った。侍従がノックし開け放ったドアから煌びやかな造りの応接室に足を踏み入れ、胸に手を当てる。
いかにも王子然とした愛らしくも涼しげな笑顔を張り付け、声をかけた。
「お待たせしてしまいましたか、ロザリア嬢」
ソファに座っていた赤いドレスの少女がゆっくりと立ち上がる。流れるような所作で優雅なカーテシーを捧げ、彼女は目を細める。
「おかえりなさいませ、シュナス殿下。随分とごゆっくりなお散歩でいらしたのですね」
毒を含んだ言葉、そして瞳の奥に浮かぶ欲望。蠱惑的なまでの微笑みに、シュナスは喉の奥から飛び出しそうになる悲鳴を必死で抑え付ける。
それから引き攣った笑顔の下で、やっぱり逃げれば良かったと——そう思っていた。




