第4話 小鳥
序盤の大幅改稿を行いました。
第4話は旧第5話をそのまま移行しています。
詳細は活動報告をご覧ください。
瞬きも忘れて見守っていた三人の騎士たちは、シュナスが両手を広げた瞬間そこに現れたものを見て「おぉ!」と声を揃える。
シュナスのまだ少し小さな両手に、真っ白な小鳥がちょこんと乗っていた。
「これは……精霊ですか」
リゲルが小鳥から目を離すことなく言う。視線の先で小鳥はピイッと一鳴きすると、跳ねるようにシュナスの腕を伝って肩に上った。
「そう、私の『鳥』だよ! 可愛いでしょ?」
甘えるようにして頬にすり寄る小鳥と、それに応えて首を傾けるシュナス。肩に乗る小鳥を珍しそうに眺める騎士達の中で、リゲルだけはとても驚いた顔をしていた。
その様子に気付いたレグルスがもしやと声をかける。
「リゲル、お前も召喚術を?」
「えっ、あ、いえっ……私ではなく、兄が。とは言ってもその、狩りの手伝いぐらいしかできない精霊なんですが」
慌てた様子でリゲルが答えた。
シュナスが喚び出したのは、小鳥の姿をした精霊だ。
精霊と直接契約し行使する召喚術は、魔術の中でも使い手がごく限られている。
「ほほぉ、これは珍しい」
「これが精霊ですか」
精霊は自然界の至る所に存在しているが、その姿を直接見られる機会は殆ど無い。ゾズマやミンタカも、精霊という存在を初めて目にしたのだろう。呆けたように小鳥を見つめている。
「シュナスが精霊を喚べることを知っているのは俺を含め、数人だけだ」
シュナスは穏やかに微笑む兄の表情に、少し照れたようにして頷く。
「私は魔力持ちではあるけど兄上と違って魔力量も少ないし、剣術の方が得意なんだ。でも、どうしてかこの子だけは喚べるようになって」
「余程この精霊との親和性があるという事でしょうか……」
「昔小鳥を飼ってたことがあるから、私は鳥に好かれやすいのかも?そうだったら嬉しいな」
懐かしそうに笑うシュナスの横で、リゲルがまじまじと精霊を覗き込んでいた。
シュナスは今年十三歳になるというのに、年齢よりも幼く見える。レグルスとよく似ながらも可愛らしい顔付きだが、それだけではなく無邪気な言動がそう見せるのだろう。
だが、弟は決して愚鈍な王子ではない。奴らは弟が笑顔で隠しているものに、果たして気付いているのだろうか。
シュナスが差し出した指先へ飛び移った白い小鳥に、レグルスが小さく折った手紙をそっと近付ける。小鳥は迷わずそれを嘴に咥えた。
「これを誰にも知られずアルの下へ届けてもらいたい。早いうちに領地へと向かうだろうが、恐らくはまだ城下の屋敷にいるはずだ」
レグルスは「これが手掛かりになるだろうか」とアルニラムが普段身に着けていた手袋を小鳥に近付けた。小鳥は首を傾げるような仕草でそれを見ていたが、すぐにレグルスの指に頭を擦り付ける。
「アルならこの子も魔素を覚えてますから、すぐに追えます! アルの屋敷はクロエの家にも近いんですよ! クロエの家は庭に大きなオレイアの樹があって、その樹を目印に飛べば……あっ」
途中までニコニコと元気に喋っていたシュナスがパッと口を抑えた。言ってはいけないことを言ってしまったという事に気付いたようだが、もう遅い。
「……ほう?」
クロエとは過去にレグルスの侍女として働いていた女性の名だ。
シュナスが慌てて目を逸らしたが、レグルスは逃がさない。
「何故お前が彼女らの家を知っている」
シュナスの口からヒュッと息を吸う音が聞こえる。口角は上がっているが、顔は真っ青だった。
「庭木までもとは、随分と詳しいようだが」
「あ、あの……あにう」
「会いに行ったのか」
アルニラムの——オーリンド家が所有する王都の屋敷には、昔シュナスと共に遊びに行ったことがある。もちろん王家所有の馬車で、警備の騎士たちに囲まれてのことだ。だがレグルスも、もちろんシュナスもクロエの家には行ったことなどないはずだった。
ふるふると震えるシュナスの指の上で、白い小鳥は兄弟の顔を交互に見ながら困惑している。
引き攣った笑顔で受け流そうとしていたシュナスだが、流石にこれは逃げられないと思ったのだろう。慌ただしく空いた方の手を振って無実を訴える。
「ちっ、違います! 以前抜け出して、その、兄上に見つかった……あのときの話ですっ! それからは行ってません!」
彼の脱走癖は城の中だけではなかった。過去に一度護衛騎士や侍女の目を盗んで城を抜け、単身城下町に出向いたことがあったのだ。
それが分かったときシュナスは侍従長からひどく叱られ、脱走経路を自白した。レグルスは侍従たちに命じてただちにその抜け道を封鎖し、それ以来は城の外に脱走していることはない——はずなのだが。
「本当だろうな?」
「ほ、本当ですぅぅ」
レグルスは盛大に溜息をついた。
「全くお前は……」
ゾズマはレグルスのその様子を見て朗らかに笑い、若い騎士二人を向く。
「シュナス殿下はよく我らの鍛錬にも参加される。お前たちもいずれお相手させていただくことになるぞ」
「えぇ!?」
悪戯っぽい笑顔でゾズマが言うと、ミンタカやリゲルは驚きやら困惑やらの声を上げた。
シュナスが護衛騎士すらも撒いて姿を消したとき、一番問題になるのは修練場にもいない場合だ。城内のどこに隠れているのか全く見当がつかない。騎士や侍女たちが城内を散々探し回り、いよいよ騒ぎが大きくなり始めた頃合いでひょこっと顔を見せる。その繰り返しだった。
城下へ行っていることがばれたのは、茂みに隠れた城壁の割れ目からひょっこり顔を出したところを警備の衛兵と鉢合わせたからだ。何度聞いてもシュナスはその時の一度しか城下へは行っていないと自供しているが、手際の良さから考えて何度か経験があるのではないかとレグルスは睨んでいる。
シュナスはレグルスが言って聞かせてもこの調子だから、あとはもう誰が諭したとしても意味はないだろう。
警備を担う立場の若い騎士二人は真っ青な顔をしていた。
ゾズマは当時の騒動を思い出しているのだろう。笑いながらも目線が遠いところを見つめている。
姿を消した王子が城を抜け出して万が一のことがあったとしたら——近衛騎士の心労は察するに余りある。
「……王子よりも細作が性に合っているのではないか」
「えへへ、よく言われます」
違う、褒めてなどいない。
てへっと首を傾げてみせた弟王子に、レグルスはもう呆れることしかできなかった。
*
「じゃあ、頼んだよ」
シュナスが指の上の小鳥に向けてそう言うと、小鳥は手紙を咥えたままその小さな身体全体を使ってこくりと頷く。大きく羽を広げ、指の背から飛び立つとシュンと風を切る音が小さく響いた。次の瞬間には小鳥の姿はもう捉えられなくなる。目にも留まらぬ速さで飛び去って行ったのだ。
あとはアルニラムから返事が届くのを待つだけだ。
「いやぁ、見事なものですなぁ」
ゾズマが感心したように言うのを、シュナスは少し照れたように答える。
「私が喚べる鳥はこんなことぐらいしかできないんだけどね」
そこまで言って思い出したようにシュナスがリゲルの方を向いた。
「ねぇリゲル! リゲルの兄上の精霊はどんな姿なの?」
一瞬驚いた顔をしたリゲルは、すぐに苦笑する。
「はい、兄の精霊はですね、犬の姿をしておりました。狩りの時には毛並みを炎に変えて、獲物を追い込む役を」
「へぇ! かっこいい! ぜひ会ってみたいな!」
大きな瞳をもっと真ん丸にして輝かせるシュナスの様子に、リゲルは「いえいえ」とうんざりした様子で手を振る。
「それがですねぇ殿下。山の中でそんなことをするものですから、周りの樹に燃え移ったことがありましてですね」
「ええっ!?」
「あの時は本当にひどい目に遭いました……」
ミンタカとシュナスの驚愕する声が揃い、何やら三人仲良く話が盛り上がり始めた。
彼らの会話を横目に、ゾズマはレグルスの方を向く。
「レグルス殿下、早速騎士団本部へ出向いて隊を編成して参ります。明朝には出立できるかとは思いますが、一つ問題が」
「わかっている。隊長のことだろう?」
レグルスは小さく溜息をついて、それから楽しそうに会話するシュナスの横顔を見た。
「シュナスを連れていけ。それで万事うまく運ぶ」
「はっ」
レグルスはシュナスの名を呼んだ。
「もう一つ。セラに手紙を書いて欲しい。今俺が出したとて無事に届くかどうか怪しいからな」
「義姉上にですか?」
レグルスが「ああ」と答えると、シュナスは首を傾げるような仕草をする。
「何と書きます?」
「『来るな』と」
シュナスが困惑した顔をする。レグルスは小さく溜息を吐いた。
「俺が療養に入ったという噂でも聞いたら、セラはどうすると思う?」
「……すっ飛んで来ちゃいますね」
「だろう?」
レグルスが「そういうことだ」と付け加えると、シュナスは「わかりました」と苦笑する。
視線の先のシュナスが、会話の途切れた僅かな間に北東の方角に視線を向けた。
弟の視線の先、国境を越えたその向こうには、かつて「ルブルム王国」と呼ばれた国があった。
しかしルブルムは二年程前に他国との戦に敗れ、滅亡している。
——レグルスは知っている。あの日シュナスが城を抜け出した理由を。
本当は、どこへ行っていたのかを。
「……もう少し時間をくれないか、シュナス」
レグルスの言葉に振り返ったシュナスは驚いたような顔をしていた。少し視線を揺らし、それからにこりと——少し寂しそうに笑った。
「わかってますよ、兄上」
草原を吹き抜ける風が、シュナスの長く編まれた髪を揺らした。




