第41話 救援
転がっていたレサトの首、ゆらゆらと揺れる身体の首元。両方から粘液を滴らせた蔓が伸びる。
互いを迎え入れるようにして、蔓同士が絡み合い、融合した。
首が蔓に引かれ、宙に浮いた。ゆっくりと胴体と繋がっていく。
「なんだ……これ……」
シュナスとテティレイシアの目の前で、レサトの首が元の位置に戻る。皮膚に残る傷すらもみるみるうちに塞がり、消えていく。
確かに首は胴体から切り離されていた。ルカが一閃のもとに斬った。転がった首からは、あんなもの生えていなかった。そのはずだった。
その証拠にレサトが後ろで束ねていた髪は真っ直ぐに切断され、地面に散らばっている。髪と同じ位置で、首も斬られた——はずなのに。
傷があった場所に手を当て、レサトが何度も首を傾けた。ごきごきと関節を鳴らし、きょとんとした顔をする。まるで何事もなかったかのように。
レサトは辺りを見渡した。シュナスと目が合った途端に、騎士はニイッと笑う。
シュナスを指差し、引き攣った笑顔で「王子だ!」と叫んだ。
「王子、そう、第二王子! 殺そうと思ってたんだよ! 偉そうにしやがって。王族なんて、俺は大っ嫌いなんだ!」
大声で笑う。
シュナスもテティレイシアも、その異常な光景にただただ言葉を失っていた。
レサトが落ちていた剣を拾う。その切っ先をガリガリと地面に引きずりながら、シュナスの方へと向かって歩き出した。
それを、二人は呆然と見ることしかできずにいる。
身体は震えすらしない。騎士が剣を振り上げるのを、ただ、見ていた。
「何してる! 立て!!」
ルカが叫んだ。
その声にシュナスはハッと我に返る。慌てて態勢を整えようとしたが、間に合うはずもない。
剣が振り下ろされる瞬間、ルカが突っ込んできた。レサトの右腕を、持っていた剣ごと斬り飛ばす。
勢い余ったルカが石壁の傍まで転がった。痛みで顔を顰めながらも、体勢をどうにか立て直す。
「下がれ! まだ動く!」
ルカの言うとおり、騎士が怯んだ様子はない。何の痛みも感じていないのか、肘から下を失った自らの腕をただじっと見つめている。そこから血は一滴も出ていない。
シュナスは慌てて立ち上がった。テティレイシアを背中で押すようにしてレサトから距離をとる。
そのシュナスの眼前で、また蔓が生えてくる。蔓は絡み合い、失った腕や手指を形作る。
レサトは蔓が寄り集まってできた手を何度も握り、開いては確かめた。指先から滴り落ちた粘液が、乾いた土を濡らした。
何が起こっているか、全く理解できない。
シュナスは瞬きすら忘れて、その様子を見ていた。ようやく感情が追いついてきたように、冷や汗がこめかみを伝う。背中に触れるテティレイシアの身体が背中に触れるテティレイシアの身体が小刻みに揺れている。震えているのだろう。二人はじりじりと、少しずつ後退する。
レサトは完成した蔓の腕を動かしながら、角度を変えて観察していた。大きく手を振ると、手の形を成していた蔓がばらばらと解けていく。その様子に目を輝かせながら、騎士は左手で剣を拾い上げた。
「うわぁ……面白いなぁ、これ」
何の躊躇いもなく、自分の腕から生えた蔓を左手の剣で切り落とす。
「なっ……」
シュナスの目の前で、ぼとぼとと音を立てて何本もの蔓が地面に落ちた。
レサトの腕から、すぐさま新しい蔓が生えてくる。地面に落ちた蔓がうねうねと這いまわる様子を、レサトは楽しそうに見下ろしていた。そして一瞬の後にそれを勢いよく蹴り飛ばす。
バラバラと音を立てて、最後に残った赤毛男の目の前に何本かの蔓が落下した。
地面をのたうつように動く蔓に、男は悲鳴を上げて腰を抜かし、その場にへたり込む。
騎士は自分の右肘から生える蔓を、シュナスやテティレイシアに見せつけるように差し出す。
「見て、凄いだろ!? これが俺の新しい腕。便利だろ?」
無邪気な笑顔は、まるで幼い子供のようだった。
その蔓を、剣で斬り落とす。すかさず生える新しい蔓を、何度も何度も。
幾本もの蔓が地面に落ちる。それを、シュナスはただ茫然と見ることしかできない。
この騎士は何を言っているんだ、何をしてるんだ——?
夢でも……見ているんだろうか。だって、切れた腕から蔓が生えて——これは何だ?
何でそんなものが、どうして——
「離れろ!」
ルカが叫びながら、騎士とシュナスの間に割って入った。
それを見た騎士が、ルカをぎょろりと見つめる。
「お前ぇ……そうだ、お前だよぉぉ!」
ルカを指差す。
騎士はまた大声で笑い出した。短くなった髪を振り乱しながら。
「ル……ルカ……これ、何が……起こってるんだろ……?」
「知るか! いいから下がれ!」
シュナスの上ずった声に、ルカが叫んだ。少しふらつきながらも、シュナスとテティレイシアの前に立ちはだかる。
ぴたりと騎士の笑い声が止んだ。
目を細めてルカを見る。
そして蔓の蠢く腕を三人に向かってすっと差し出した。蔓の緑色が、先端から赤黒く変化していく。
「お前のせいだ……お前が俺を殺したから!! 俺が!! 死んだ!! 死んじゃったじゃないか!!」
叫ぶと同時に、騎士の腕から勢いよく大量の蔓が噴き出した。
まるで濁流のように、それがシュナスとテティレイシアを飲み込む。傷を圧迫されて、肩から激痛が走った。テティレイシアの悲鳴がすぐ傍で聞こえる。
ルカは真上に跳躍してその蔓に飲み込まれるのを間一髪で避けていた。シュナスとテティレイシアを押し流す大量の蔓を一刀のもとに切断しようと、空中で剣を構えた姿が見える。
だが、体勢を整えるより前に一本の蔓がルカの足首に巻き付く。
ルカの身体はそのまま振り上げられ、背中から地面に叩きつけられた。
「ッ…………!!」
勢いよく跳ね返った身体は、横向きに地面へ落ちて動かなくなった。
「ルカ!!」
シュナスとテティレイシアは蔓に押し流された。背中に激しい衝撃を感じ、シュナスは「うっ」と声を漏らす。
どうにか目を開けると、二人は閉じ込められていた建物の外壁へと貼り付けられていた。
頭だけを残して、全身が蔓に覆われていた。
肩の傷を容赦なく圧迫され、シュナスは呻く。
指一本動かせない。テティレイシアも同様だろう、悲鳴のようなか細い声が隣から漏れ聞こえた。
視界の先では倒れたままのルカに向かって、レサトがゆっくりと歩み寄っていた。
息ができないのか、ルカは起き上がることができずにいる。胸を押さえ、苦しそうに身を捩った。
「そうだ、さっきもこうやったんだ」
騎士が、ルカの身体を足で仰向けに転がした。少年が離さずにいた剣すら蹴り飛ばす。
そして、そのままルカの胸を踏みつけた。
「ぅあ…………!!」
ルカの顔がまた苦痛に歪んだ。
反射的に自分の身体の上にある足を両手で掴むが、もう力が入っていないのだろう。騎士はびくともしない。
「や……めろ!! 足をどけろ!!」
シュナスが叫ぶ。
レサトは振り返り、「うるさいよ」と言葉を返す。蔓が生える腕に力を込めた。途端にシュナスとテティレイシアを締め上げる力が強まる。
「うぅっ…………!」
二人の様子を見た騎士は楽しそうに笑うと、足元のルカに視線を戻す。
彼を踏む足へと、更に体重をかけた。
ルカはもう呻くことすらできずにいる。
シュナスは必死に藻掻いた。
このままではルカが殺される。死んでしまう。
ちらりと視線を横に向けると、マスクの男は愉悦の表情を浮かべてその光景を見つめている。
ルカだけは生かすって言っていたのに。なのに、レサトがルカを殺そうとしているのを止めすらしない。
あんなにたくさん痛い思いをして助けてくれようとしたのに。自分は何もできていない。
ルカを助けたい。助けたいんだ——!!
「く……っそおぉ!!」
シュナスが叫んだその瞬間だった。
マスクの男が、何かに気付く。
シュナスの右方向から、音がする。
——馬の蹄の音だ。それも、複数。
ピイッ、と聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。上空に、淡く光る小鳥が飛び込んでくる。
橙色の胸元の羽毛。それが、はっきりと見えた。
「ロ……ビン……?」
シュナスが、無意識にその名を呼ぶ。
その声に応えるように、小鳥はもう一度大きく鳴いた。
「ロビン!!」
シュナスが叫んだ。
小鳥が、シュナスの頭の上に降り立つ。
ロビンだ。間違いない。大好きだったあの小鳥。死んだはずの——あの子が、何故。
だが、それ以上に思考は続かなかった。
「シュナス!!」
セラフィーナの声だった。
束になった蔓を、馬が飛び越えた。その背で彼女が剣を抜き放つ。柄に嵌め込まれた赤い魔晶石が光を放った。勢いよく焔が巻き起こる。
シュナスとテティレイシアを押さえ付けていた蔓が、セラフィーナの剣の一振りで切断された。断面から発火し、あっという間に黒く焼け焦げていく。
シュナスは必死に暴れて、身体に残った蔓を両足で無理矢理に押し退けた。テティレイシアに巻き付く蔓も後ろを向いて両手で掴み、力尽くで引き剥がした。
馬が着地すると同時に砂埃が舞う。馬に乗ったまま振り返りながら、セラフィーナがシュナスとテティレイシアの名を叫んだ。手綱を引いて馬を止めると、飛び降りる。
「義姉上……!」
「セラ姉さま!」
「シュナス、テティ!」
セラフィーナがこちらに駆け寄ってくる。彼女はシュナスとテティレイシアを二人まとめて抱きしめた。
セラフィーナが来た方角から、二頭の馬が駆けてくる。シュナスたちとレサトの間に走り込むと、馬は嘶きと共に前脚を上げて止まった。
「シュナス殿下、ご無事ですか!」
ミンタカが興奮した馬を落ち着かせながら叫ぶ。
シュナスは思わず二人の若い騎士の名を大声で呼んでいた。
リゲルは素早く鞍から降りると、すぐに腰の剣を抜いた。
そして、騎士の足の下で動かない少年の姿を見て眉を寄せた。
「あ~らら。……うちのルカ坊、放してやっちゃくれませんかねぇ、先輩」
リゲルの怒りの籠った低い声に、ミンタカが「えっ」と騎士の顔を見た。
そして、思わずその名を呼ぶ。「レサトさん!?」と。
同じ近衛騎士の一員なのだから、ミンタカが驚くのも当然だ。
レサトは不機嫌そうな顔で二人を見ている。
ミンタカもレサトから視線を離さず馬を降り、二頭の尻を叩いてその場から逃がした。
剣を抜き、セラフィーナたち三人を背後にする。
レサトは自身の腕から生えた蔓の先端が焼け焦げたのをじっと見つめ、また左手の剣で根元から斬り落とした。
その躊躇のない行為に、シュナスは顔を顰める。
「シュナス……どうなっている」
セラフィーナの言葉に、シュナスは彼女を見上げて首を左右に振った。セラフィーナは二人を腕の中から解放すると、シュナスを座らせた。手枷の鎖を焔の剣で地面に押し付け、魔力を込める。熱で赤くなった鎖を、刃を突き立てて断ち切った。
「……焔姫か」
マスクの男の声が聞こえる。
テティレイシアの鎖も同じように切断すると、セラフィーナは二人に下がるよう合図を送った。シュナスとテティレイシアがそれに従うと、セラフィーナは剣を構えた。
「何者かは知らんが、私の義弟と友人たちが随分と世話になったようだ」
魔晶石が紅く輝く。
巻き起こる魔力が熱を放ち、彼女の紅い髪を揺らした。焔のように。
「倍にして返させてもらうぞ!」
セラフィーナが叫んだ。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
励みになります!




