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果ての大地の再興譚~引きこもり王太子と弟王子が国を取り戻すまでに起こったこと~  作者: 町村 シロ
4章 たとえ、何も持っていなくても

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第40話 氷狼

 二人の騎士と三人の男は少し距離を取った。マスクの男は少し離れた後ろに立っている。シュナス達三人を中心に、扇状に広がる。彼等の剣の先端は、全てルカに向いていた。

 上半身を起こしたシュナスと、その隣にテティレイシアが寄り添った。

 ルカはやや身を屈めて二人の前に立ちはだかっている。


 「クソガキども、もう全員殺す……!」


 レサトが怒りのままに剣を振った。太腿の、シュナスが噛んだ場所を片手で押さえる。


「お前、本当に子犬だったんだな……」


 ルカが後ろに視線を送り、少し呆れたようにぼそりと言った。シュナスは顔を真っ赤にして「仕方ないだろ!」と抗議する。

 それを見たテティレイシアが一瞬目を真ん丸にして、それからくすっと笑った。その瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちる。


 もう、次の攻撃を凌げないかもしれない。敵は六人、うち二人は近衛騎士。そして、あのマスクの男も得体が知れない。

 対してこちらは両手を拘束された子供が三人。

 

 ルカは既に満身創痍だった。乱れた呼吸が整う気配はない。肩の傷口から溢れた血は腕を伝い、拳の先から滴っている。

 シュナスも肩を貫かれ、左手が上がらない。かなり痛むが、そんなものに構う余裕など微塵もなかった。

 

 今度こそ絶望的だ。それでもシュナスは敵を睨みつけた。ルカが諦めていなかったから。

 彼はぼろぼろになっていてもなお、護ることを止めない。だったら、護られてばかりいる自分が先に諦めるわけにはいかなかった。

 視線の先で、ルカがレサトに向かって口を開く。


「斬るだの殺すだの……口ばっかりだなあんたらは」


 この状況で相手を挑発するような言葉に、シュナスは心の中で「ヒエッ」と声を出した。隣のテティレイシアの顔からも、一瞬にして血の気が引く。


「……『ガキ』一人にここまで手こずって……随分と立派な騎士様だ」


 レサトの顔に、更なる怒りが浮かぶ。

 隣でアグラフが叫んだ。


「よせ! 挑発だ! 何を企んでいるかわからんぞ!」


 レサトが「わかってる!」と叫び返す。そのまま騎士は一歩踏み出した。


「乗ってやるよ、その安い挑発に! お前一人でここから何ができるか、見せてみろ!」


 ルカは長く細く、息を吐いた。

 剣を構えて突進してくるレサトを静かに見据える。

 アグラフは小さく舌打ちして、それでもその後に続いた。残る男達も、身を低く構える。


 二人の猛攻を、ルカはギリギリで躱し続けた。いつものようには動けていない、もう限界なのだろう。服を、皮膚を何度も浅く切り裂かれ、紅い筋が滲む。

 ふら付きながらも致命傷を躱し続けていたルカが、一瞬の隙を突いて爪先で乾いた土を蹴り上げた。砂塵が舞い、騎士二人が片腕で顔を覆う。


「チッ、小賢しい真似を……!!」


 目に砂が入り怯んだ二人に向かって、ルカが突っ込んだ。そうはさせじと横から男達が斬りかかる。

 

「くそっ、ルカ……!」


 シュナスが痛みを堪えながら立ち上がろうとしたところに、「動くな!」とルカの声が飛んだ。


「そこで……黙って見てろ!」


 剣を躱しながらルカが叫び、シュナスは思わず動きを止めた。

 その間に視界を取り戻したレサトが、男の攻撃を跳んで避けたルカに憤怒の形相で斬り込んでいく。


「これで終わりだ!! クソガキめ!!」


 渾身の一撃だ。——それが、シュナスにもわかった。

 ルカはすぅ、と息を吸った。


「これを……待ってた」


 ぼそりと零した声が、シュナスの耳に届く。

 剣が振り下ろされたその瞬間。

 ルカが空中でぐるりと身体を捻った。レサトに背中を向け、勢いよく両腕を後ろに伸ばす。

 

 シュナスが彼の名を叫んだ。

 ガキン、と金属同士のぶつかる音が響く。鮮血が飛んだ。


 シュナスが息を飲んだその時。切断された鎖の欠片が、弾け飛んだ。

 ルカが手枷同士を繋ぐ鎖を、剣の軌道に合わせて差し出したのだ。だが、同時にその切っ先はルカの背中を袈裟懸けに大きく斬り裂いていた。


「なっ……!?」


 驚く騎士の声。

 痛みに、ルカが顔を顰める。彼の小柄な身体が地面に落ちた。

 そのまま転がり、一気に舞い上がった土埃で見えなくなる。


「ルカ!!」


 シュナスは彼の名を呼びながら振り返った。転がった先はさっきまでシュナスとテティレイシアがいた石壁の方角だ。

 しん、と静寂が辺りを包む。

 

 風が、さあっと土煙を攫った。

 その中で、何かが光る。

 鈍い銀色の、細い月。

 

 ——違う。剣だ。

 ルカが剣を、構えていた。

 

 全員がそれを認識する前に、ルカは地面を蹴っていた。

 シュナスは咄嗟にテティレイシアの前に覆いかぶさって視界を遮る。

 

 剣を振り下ろしたまま固まっていたレサトの首元に一閃、銀の太刀筋が尾を引いた。

 シュナスには、その光がとても——美しく見えた。

 

 騎士の身体が仰向けにぐらりと傾く。断たれた長い金の髪が、地面に散った。

 降り注ぐ血飛沫の中、アグラフが斬り込む。

 金属がぶつかる乾いた音。次いで聞こえたのは、レサトの身体が地面に倒れる音だ。何度か斬り結び、アグラフが大きく振るった剣を躱した瞬間、また男達がルカへと斬りかかる。


 右から振りかぶった男の腹を、ルカの剣がそれよりも遥かに速い速度で横に斬り裂く。仰向けに倒れる男の身体が地面に着くよりも前に、ルカがくるりと身体を捻った。シュナスが瞬きする間にもう一人、男が斬られていた。どしゃっと音を立てて、男の身体が地面に崩れ落ちる。

 そこに、横からアグラフの剣が薙ぎ払われた。ルカは身体を仰向けに逸らし、後ろに回転してそれを避ける。


 ざあっと地面を滑り、両足と左手を付いたままルカが動きを止める。土煙が、またも舞う。

 激しく呼吸を乱しながら、ルカは騎士を睨みつけていた。


 瞬く間の攻防だった。立っているのはもう三人の敵だけだ。

 血と汗の混じったものが、ルカの顎を伝う。それを乱暴に拭って、ルカは剣を構え直した。


 シュナスは彼の背中をただ見つめていた。

 左肩の傷から流れる血は未だ止まらない。右肩から斜めに背中を切り裂いた傷がどの程度かはわからないが、そちらも決して浅くないだろう。何度も荒々しく上下する肩。彼はそれでもまた、立ち上がった。


 その姿をアグラフがじっと見据える。騎士は、その口元に笑みを浮かべていた。


「その歳で……大したものだな」


 騎士は、後方にいるマスクの男に叫んだ。「この少年は何だ! 本当に人間か!」と。男は、楽しそうに笑う。


「人間だよぉ。正真正銘のね。だけど、言っただろぉ? そ(・)れ(・)は……特別なんだ」


 そして、ルカの方を向く。


「たくさん集めた。人間などいくらでも手に入るからね。たくさん集めると、その中にい(・)る(・)んだよ。ごく稀に、あ(・)あ(・)い(・)う(・)の(・)が」


 長い指が、ルカを指す。

 

「あいつはその中でも別格だった。合ってたんだよ、戦いが。殺しが。だから生き残った。他はみんな……死んだのにねぇ」


 ルカが不快感を隠すことなく、顔を顰めた。

 

 それを見たアグラフが、くっくっと喉を震わせる。

 彼はすぐに声を上げて笑いだした。

 笑い声が、闇夜に響き渡る。驚くシュナスの視線の先で、ルカはそれをただ無言で睨みつけていた。アグラフが片目を掌で覆い、その指の隙間からルカを見る。


「……知っている。いるんだ、そういう人間は。我らがいくら手を伸ばそうとも届かない場所へ、いとも容易く辿り着く人間が——」


 彼は手を下ろすと、正面からルカに向き直る。剣の切っ先を、ぴたりとルカに合わせた。


「私とて騎士の端くれ。見てきたさ。嫌という程な」


 じり、と地面の上を踏みしめ直す。


「我が名はアグラフ・ディアス。……ラディアの騎士だ」


 それからアグラフは眉間にほんの僅かに皺を寄せ口元を引き攣らせる。まるで己を嘲笑うかのようだった。


「少年、名は」

 

 ルカが一瞬戸惑ったように少し目を大きくして、それからぼそりと答える。


「……ルカ・シーヴィス」

 

 マスクの男がにやにやと目を細め、小さく笑い声を漏らした。

 アグラフはそれを一瞥すると、ルカに視線を戻す。


「剣技、判断力、それに何よりその闘争心。……到底子供とは思えぬ。ルカ・シーヴィス、騎士として、貴殿に敬意を払おう」


 アグラフの言葉に、ルカが困惑気味に言葉を探して「……それは、どうも」と答えた。


「貴殿のような男は、知らず知らず戦いの道へと導かれていくのだろう。例え望まなくとも、な」


 ルカの眉がぴくりと動いた。眉間の皺が深くなる。


「それが『持つ者』の辿る道というものだ。放っておかないのだよ、周囲の人間も、運命も」


 そして、騎士は最後に「恐らく、神もな」と付け加えた。

 ルカが一層不快そうな顔をする。


「知るか」


 少年が吐き捨てるように言った言葉に、アグラフはふ、と少し笑った。


「これまでもそうだったのであろう? だからこそ——その歳でそこまでの腕を身に付けた」


 ルカの指先がほんの僅かに揺れた。

 すぐに剣の柄を強く握りしめる。


「逃げられぬさ。そういう才を持って、貴殿は生まれたのだ」


 最後にまた笑うと、アグラフは剣を構え直し姿勢を低く沈めた。


「そしてどうやらこれが私の道だ。……お互い、引き返せない」


 切っ先を真っ直ぐにルカに向けたまま、刃を両手で構えて突きの姿勢を取る。

 まるで試合でも始まるかのような、美しい構えだった。小さく呼吸を吸って、「参る」と彼は足を踏み込んだ。


 騎士が突っ込んでくる。ルカはその場で迎え撃った。

 突きを躱し、更にそのまま横に払う剣を紙一重で躱す。前髪の先端が切れ、宙を舞う。そこから返す刃に剣を合わせ、刀身を滑らせ受け流す。

 火花が散った。


 何度も繰り出される攻撃を、ルカが凌ぐ。切っ先が頬に触れ、紅い筋が走った。

 切り結び、払い、躱し、また受け流す。その度にルカの傷が増えていく。

 ルカが身体を捻って突き出した剣の先が、騎士の腕を斬り裂いた。アグラフはそれに顔色も変えず、空いたルカの脇へと一撃を叩きこむ。


「……ッ!」

 

 剣を引いてそれを受けようとしたルカの動きが、傷の痛みの為か、ほんの僅か遅れる。咄嗟に後ろへ跳んで、それでも先端が皮膚を斬り裂いた。

 着地よりも早く、騎士が距離を詰める。

 宙に浮いたままルカが剣を引き戻した。アグラフの横薙ぎの一撃をすんでのところで受け止めるが、力で押し込まれそのままさらに後方へと払い飛ばされる。

 地面を滑りながら姿勢を低くして着地したルカに、躊躇なく上段からアグラフの剣が振り下ろされた。横に転がって間一髪、それをルカが躱す。舞った土煙を、風が勢いよく吹き飛ばした。


 ルカが荒い呼吸をしながら左手で胸を押さえた。痛みを堪えているのだろう、服を強く握る。

 血と泥に塗れ、ふら付きながらも、両足で地面を強く踏みしめた。そして、剣を構える。


 アグラフはルカに視線を送ったまま地面にめり込んだ己の剣を引き抜く。ルカに向き直ると、ゆっくりとまた突きの構えを取った。先程よりも一層その姿勢は低い。

 騎士が踏み出した。これで決めるつもりだ——!

 ルカは剣を握り直し、片足で地面を蹴る。

 

 シュナスがルカの名を呼ぶ、その瞬間。二人が交差した。

 騎士の胸から脇にかけて、紅い線が走る。鮮血が飛んだ。

 アグラフの身体が崩れ落ち、膝をつく。


 ルカがその場に両膝と右手を地面に着け、身体を支えた。持っていた剣が地面に当たり、ガシャン、と音が響く。左手で胸を抑える。苦しそうに顔を歪めながら、荒い呼吸を繰り返した。それでも彼はよろよろと立ち上がる。


 騎士は笑っていた。口元から、紅い泡が零れ出る。

 胸元から身体の側面を手で押さえ、だがその指の間からは止めどなく血が溢れた。

 ルカを見て、口を開く。


「……く…………な……」


 もはや言葉になっていなかった。

 シュナスにはそれが何を意味しているのか聞き取れもしない。

 騎士の身体が、ゆっくりと横向きに倒れた。

 

 それを横目で見送って、ルカはちらりと最後の男の方を見る。赤毛のその男は、震える切っ先をルカに向けたまま後退りしていた。

 ルカは男を無視して、マスクの男に剣の先を向ける。


「あと……二人…………」


 自分に言い聞かせるような口調だった。

 マスクの男が、にやりと笑う。


「ざぁんねん。もう一人」


 長い指が、シュナスの横を指した。


「……え……?」


 シュナスとテティレイシアが、ゆっくりと顔を横に向け、指された先を見る。


「な…………」


 ルカの口から驚愕の声が漏れた。

 

 頭部を失ったレサトの——仰向けに倒れていたはずの身体が、むくりと上半身を起こした。

 まるで操り人形が見えない糸に引かれるように、不自然な動きで立ち上がる。


 その首元から、植物の蔓のようなものがぬるりと生えた。




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