第36話 殺すか、死ぬか
考え込むシュナスの横で、テティレイシアが「つまり……」と声を出した。
「今の騎士様二人、それから——あの場にいた男性がまた別に九人。九人の中のお一人が……」
テティレイシアがこちらを見る。シュナスが頷き、二人同時にルカに視線を移した。
「謎の男……」
シュナスの呟くような声に、ルカが「そうだ」と短く答える。痛むのか、ルカは少し顔を顰めながら肩の角度を変えた。
「ここに来てから、その男を見ていない。どこか別の部屋にいるか、『上』へ知らせに行ったか……」
「知らせにって……! テティをうまく捕まえたこと? それとも……捕まえた子供の中に、第二王子が混じってたこと……?」
シュナスは思わずルカに詰め寄る。
その勢いに一瞬驚いた顔をしたルカは、少しの間目を伏せて考える。
「お前が混じってたことが奴らにとって想定外なんだとしたら……今頃揉めに揉めてるだろうな」
「揉めるって……何を……?」
ルカがどう返してくるかわかっていながら、それでも聞かずにはいられなかった。そして案の定、ルカからシュナスが思った通りの答えが返ってくる。
「……殺すか、死ぬか」
シュナスはその場で上を向くと、空に向かって「あああ!!」と叫んだ。
テティレイシアが驚き、目を丸くする。
「やっぱり! 私が捕まったせいで余計に話がこじれてるじゃないか! もうっ!! ああ、もうっ!!」
幼い子供が我儘を言うかのように喚いて、それを聞いたテティレイシアが小さく笑った。ルカは呆れた顔をしている。
シュナスは盛大に溜息をついて項垂れた。そして、ぽつりと言う。
「……こんなことするような犯人が、大人しく死を選ぶなんてことは……ないよね?」
ルカが「だろうな」と言葉を返した。
王族を攫い、顔も見られたのだから、彼らに残された道は口封じにシュナスを殺すか自害するかだ。例え自首したとて、極刑は免れないだろう。
ルカは少し考えこんで、シュナスを見た。
「……お前、城であいつらの会話を聞いたのか?」
シュナスは「え?」とルカに視線を返し、それから頷く。
「光が見えたんだ、部屋から。その光を追いかけていった先にあいつらがいた。近衛二人と、もう一人……フードを被った男。テティを殺すって話してて……」
ルカはシュナスの言葉に眉を顰める。
「……誘導されたな」
シュナスはまた、さっきよりも大きな声で「え!?」と叫んだ。——意味が、理解できなかった。
「お前を誘い出してわざとその会話を聞かせた。多分、孤児院に誘き寄せるつもりで」
ぽかんと口を開けて、シュナスはあちこちに視線を揺らす。
「ど……ういう、こと……? 狙いは私……? テティじゃなく……? でも『ルブルムの令嬢を殺す』って……」
何がどうなっているのかわからない。頭が、考えが追いつかない。
何故——何のために?
誘き寄せて攫うため? それとも——。
「……一緒にお前も殺したい、のかも」
ルカの一言に、シュナスはがっくりと肩を落とした。
それしか思いつかない。テティレイシアと共に暗殺する、そのために孤児院へ誘き出したとしか。
でも、あの騎士たちはここにシュナスがいることに驚いていた。それなら、あのフードの——謎の男が独断で?
そこまで考えて、思い出した。
「あいつ……フードの男」
シュナスが絞り出した声に、ルカがこちらに視線を送る。
「隠れてる私の前を通り過ぎるとき、笑ってた。……知ってたんだ、私が聞いてること」
声が震えている。
シュナスは愕然とした。
嵌められた。まんまと敵の策略に乗せられて、二人を危険に晒した——。浅はかな、愚かな自分が嫌になる。
そのまま言葉を失っていると、ルカがふん、と鼻を鳴らした音が聞こえた。
「そいつの方が一枚上手だっただけの話だ。誘い出された時点で罠だと判断するには情報が足りな過ぎる」
シュナスは彼の言葉を少し考えて、ゆっくり顔を上げる。そして、ルカを見た。
——慰めているつもり、なのだろうか。
「……なんだ」
ムッとした表情で、ルカが言う。
シュナスが「いや……何でもない」と返すと、彼は不機嫌そうにふいとそっぽを向いた。
——何がどうなっているんだろう。
殺すとか、死ぬとか、どうして簡単にそんなことを考えられるんだろう。
ロザリアもロザリアだ。たかが王妃になるためだけに人を攫って、殺そうとするなんて。同じ人間をなんだと思っているんだろう。
段々と怒りが湧いてきて、そこでふと気づく。ルカも殺す側だということに。……それなのに。
「……ねぇ、ルカ」
シュナスがぽつりと呼ぶと、ルカはこちらを見る。
「……テティを助けた時……どうして、あの男たちを殺さなかったの?」
そもそもあんな時間、孤児院にルカがいたことからして不自然だ。それこそ、見守ってくれていたとしか思えない。
ルカはほんの少しだけ目を大きくして、すぐにまたいつもの不機嫌そうな顔に戻った。そして、やはりいつものようにふいと視線を逸らす。
「……さあ」
それで、シュナスはわかってしまった。
きょとんとした顔のテティレイシアを見る。
シュナスは思い出したのだ。前の誘拐事件の時。ルカが自分の外套を被せて、テティレイシアの目を塞いだことを。
わかってしまった。だから、シュナスは「ふふ」と笑った。
ルカは違う。同じだけど——違うのだと。
一人で笑うシュナスに不機嫌そうな視線だけを送って、ルカは溜息を吐いた。
「……なんにせよ、時間の猶予は奴らの『上』が結論を出すまでだ」
シュナスは「上……」とぽつりと呟いた。
「その……『上』って、誰なんだろう」
テティレイシアとルカの視線がシュナスに集まる。シュナスは床の一点を見つめながら、思考を巡らせた。
「あの二人の近衛騎士とフードの男はテティを殺すように命令を受けたって言ってたんだ。でも、なにか……違う気がする。殺せって命令が出たのは確かにその通りなんだろうけど、でもさっきの奴らは『殺すな』『上からの命令だ』って……言ってたよね?」
テティレイシアが唇を真一文字に結ぶ。決意したように、シュナスに聞いた。
「シュナス様。わたくしを殺すよう騎士様方に命令したのは――」
シュナスは一瞬言葉に詰まる。少し迷いながらも、ぼそりと答えた。
「……ロザリア嬢。多分、私の妃になるために……」
テティレイシアは驚いた顔をして、それからゆっくりと目を閉じ、俯く。ぽつりと「そう、ですか」とか細い声が返ってきた。
「わたくしは、ルブルムから生き延びたことで誰かに憎まれているのかと……」
そう言ってから、また唇を結ぶ。
シュナスは力なく項垂れた彼女の肩に触れようとして、手枷の存在を思い知る。金属音だけが小さく、虚しく響いた。思わず握った拳から鋭い痛みが伝わる。シュナスは振り返り、手の傷を見た。
掌と、指の腹。平行に走る、二本の紅い傷跡。
そこで、ハッと気付く。そのままルカの方へと視線を移した。
「ねぇルカ。命令を出してるやつが、一人じゃない……ってことかな?」
考え込んでいたルカはその言葉にこちらを向いた。
「だって、ロザリア嬢が私の妃になることを狙っているなら……私を殺す必要がないよね? 私を殺したいやつと、そうじゃないやつがいる……?」
ルカは「だと思う」と一言。
「殺せと命令したその令嬢と、殺すなと言う『上』と、お前を巻き込んだフードの男……」
「騎士達は、フードの男の意図を知らないってこと?」
「……前回の誘拐とも、何か関係があるのでしょうか」
テティレイシアの言葉を最後に、沈黙が訪れる。最初にその静寂を破ったのは、ルカの「やめだ」という一言だった。
「……今の時点でこれ以上の推測は無理だ。奴らの思惑はともかく、まずはここを無事に切り抜ける方法を考える」
シュナスとテティレイシアは同時にこくりと頷いた。
「今は殺すかどうかで揉めてるとしても……多分、全員始末するって結論になる。殺して、死体を運びだす。そのために、何人かでまとまってここに来るはずだ」
ルカがシュナスを真っ直ぐに見つめた。
好機があるとしたらその時だ、ということだろう。
「人数が多い。全員で来ることはない……と思う。運び出すための準備とか、証拠を消すのに手分けする。だから、まずは扉が開くのを待つ。入って来た奴らを、俺がどうにかする」
それはあくまで可能性の話だ。ルカもそれをわかっている。それでも今はそれに賭けるしかない。
「な……何か、作戦は……?」
シュナスが真剣な面持ちで問う。
ルカは間髪入れず、短く「ない」と答えた。
「あるとすれば……捕まるな。そうなった時点で終わりだ」
この状況も、自分が人質になったからだ。シュナスがしょんぼりしたのを見て、ルカは眉間に皺を寄せる。慌ててシュナスは表情を引き締めた。
「部屋に来た人数が三人以下なら、まずはここを制圧。それ以上なら、何とかして部屋を出ろ。……隙を作る」
シュナスが躊躇いながらも頷いたのを見て、ルカは大きく息を吐いた。そして、「それから」と付け加える。
「——俺は、殺すぞ」
シュナスが思わずルカの瞳を見る。
横にいるテティレイシアがほんの少し、ぴくりと肩を揺らした。彼女の方を見て、ルカが言う。
「余裕がない。誰も殺さずここを抜けるのは無理だ」
テティレイシアの「わたくしは」という言葉の先を、ルカの声が遮る。
「目を閉じてろ。……あんたは、それでいい」
テティレイシアは俯き、少しだけ迷って——それから、小さく頷いた。
「……隙を作ったとして、ルカはどうやって……」
シュナスは自分の声が少し震えていたことに、言い終わってから気付く。
ルカは目線をこちらに向けて、それからまた、ふいと逸らす。
「……俺一人なら何とでもなる。お前らがいる方が面倒だ」
シュナスに不安がよぎる。もうわかってしまったから。ルカがこういう言い方をする時、それが意味しているものを。
シュナスとテティレイシアが揃って見つめ続けていたからか、ルカは居心地悪そうに視線を泳がせる。少しの間言葉を探して、それからぼそりと言う。
「……別に、死ぬつもりはない」
シュナスはそれを聞いてゆっくりと目を閉じ、ほっと胸を撫で下ろした。
「……よし!」
立ち上がり、辺りを見渡す。
部屋の中で何か使えそうなものはないか、今のうちに探してみようと思った。テティレイシアもそれに倣い、二人で部屋中を調べ始める。
ふとルカを見ると、何やら視線で合図を送られた。
不思議に思いつつ近付くと、ルカは部屋の反対側を調べているテティレイシアを気にしながらもシュナスを睨んだ。
「……俺のことを気にしてる場合じゃない」
シュナスが少しムッとした顔をすると、ルカはうんざりした様子で「お前」と言った。
「こういう時、もう殺すだけの女がどんな目に合うか……わかってるのか」
「……!」
ハッとして、シュナスはルカを見る。
どこか苦しそうな顔だった。——シュナスには、そう思えた。
「……死ぬ気で護れ」
ルカの言葉に、シュナスはテティレイシアを振り返る。
一生懸命に部屋を調べる彼女の後姿をじっと見て、ルカに視線を戻す。それから深く、頷いた。




