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果ての大地の再興譚~引きこもり王太子と弟王子が国を取り戻すまでに起こったこと~  作者: 町村 シロ
2章 血の記憶

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第16話 あの男

「——で? つまり一国の王子ともあろう者が、脱走の挙句に誘拐されていた……と?」


 両膝を床に付けて座ったまま、真っ青な顔色のシュナスが小さく頷く。

 扉近くの壁に寄り掛かるように立つルカは呆れ顔だ。


 こんな時間までシュナスが姿を消していたという報せは、レグルスのもとには届いていなかった。それも腹立たしいことだが、今そんなことはどうでもいい。

 声も出せず震える弟を、レグルスは冷ややかに見下ろしている。小さくなった弟は、俯いたまま上目遣いでこちらを伺っていた。


 扉を叩く音にミンタカが素早く動いて扉を開ける。そこには高く積み上げた本を抱えたリゲルが立っていた。


「お待たせしました殿下、これで全て……え?」


 室内の異様な雰囲気に気付き、リゲルが塔のように重なった本の横から顔を出す。

 周囲を見渡し、扉のすぐ横に立っている少年に気付いてぎょっとした。


「……誰!?」


 青い顔のミンタカが無言で扉を閉める。困惑するリゲルの肩を押し、本棚の前に促した。

 本を本棚の上に積み直しながら自分の様子を伺うリゲルを目だけで一瞥し、少年はまたシュナスに視線を戻す。

 シュナスは怯えた目でこちらを見ていた。


「お前」


 シュナスがビクッと震える。


「俺が今、何を言おうとしているか……わかるか」


 弟の顔色は、先程までよりも更に悪くなった気がする。

 口は数度開きかけるが、そこから声は出てこない。


「わかるか、と言っている」


 容赦するつもりはない。

 一層強まった冷たい圧に、シュナスは情けない声を上げて両手を振った。


「わわわわわかりますっ、よくわかってますぅぅぅ」


 レグルスの「ほう?」という声に、シュナスは言葉を失い顔を引き攣らせた。


「仮に……お前の身に何かあったとする」

 

 レグルスが少し目を伏せたことで、シュナスは少し気の抜けた表情をする。

 だが、それもほんの一瞬だった。


「そうなれば処罰される者が大勢いる……それも全てわかった上で、やっているのだろうな?」


 再びシュナスを見たレグルスの目に、シュナスの口から「ひぃっ」と悲鳴が漏れる。

 本棚の前に立つミンタカが遠い目をして、その横でリゲルはシュナスとミンタカを交互に見た。


 レグルスは大きく息を吸い込み、細く長い溜息を吐いた。

 額に手を当て、目を伏せる。


 沈黙の中、レグルスは一瞬躊躇い——言葉を発した。


「万が一のことになれば——テティも自分を責めるだろう。彼女にまでそれを背負わせるつもりか」


 シュナスの肩がビクッと震えた。

 その目が大きく見開かれ、レグルスを映す。


 指の隙間から見る弟の瞳に、初めて戸惑いが浮かんでいた。

 力なく口が開き、だがそこから出る言葉はない。

 やがてそれも閉ざされ、シュナスはゆっくりと項垂れた。


「しばらくの間外出は禁じる。護衛を付けていたとしても、だ」

 

 シュナスは項垂れたまま、小さく「……はい」とだけ答えた。


 そもそも城の外に一人で出ることを許していたわけではない。

 だが、テティレイシアに会いたいというシュナスの気持ちを知っていた。薄々気付きながら、自由にさせていた責任は自分にもある。


(甘いのは俺も一緒か……)


 レグルスは肩の力を抜き、背後の椅子に腰掛ける。

 小さく溜息を吐いて、扉の方を見る。

 壁に身を預けるように立っていた少年と、目が合った。


「……ルカ・シーヴィス。弟を助けてくれたこと、礼を言う」


 ルカはほんの少しだけ目を大きくした。一瞬の後、ふいと視線を外す。


「仕事だ。礼なら雇い主に……」

「あにうえっ! ルカ、ルカは凄いんです! すっごい強くて!」


 少年が言いかけていた台詞はシュナスが強引にルカの腕を掴んだことで遮られた。

 殆ど体当たりに近い勢いで、ルカの後頭部がゴツンと音を立てて壁にぶつかった。


「お前……」


 ルカがシュナスを睨みつける。

 レグルスは呆れ顔で弟を見る。彼は瞳を輝かせていた。

 

 ルカの横顔を、じっと見つめる。

 フードから覗く漆黒の髪の、その先端。今は向こう側で見えないが、頬にもそれは付いていた。

 それに、少年から漂う匂い。

 ——血だ。


 レグルスは僅かに目を細め、彼の背中の剣をじっと見た。柄の巻き締められた黒い紐が菱形の模様を描き、円に四つの斬り込みが入ったような独特な鍔。僅かに反りのある鞘も含め、騎士の使う剣とは全く異質なものだ。


(『刀(カタナ)』か——)


 その視線に、彼は気付いている。

 少し強まる警戒。ピリッとした圧が走る。

 後ろに控える騎士達も、それに反応したのが気配でわかった。

 一瞬、空気が張り詰める。


「ルカは私たちを探し出してくれて……あれ? そういえばルカ……どうしてあそこに私とテティがいるってわかったの?」


 シュナスの呑気な声に、少年が「今更?」と答える。

 レグルスは気付かれない程度に、小さく息を吐いた。


「……広場から抜けた路地の方向」


 ルカがぼそりと答える。


「人気のない街外れの屋敷の前に、馬と馬車。窓は全部、新しい板で塞いでた。足跡も複数。……全部大人のだ」


 シュナスが「ほえ~」と間の抜けた声を出した。

 それを聞いたルカの眉尻が困惑するかのように少し下がる。


(なるほど、この少年——)


 レグルスの眼が僅かばかり細められた。


「……こいつ、本当に王子……?」


 ルカがシュナスを指差しながら怪訝な顔をレグルスに向け、リゲルが「んぐふっ」と口元を押さえながら横に顔を逸らす。笑いを堪える同僚の足に、ミンタカが無言で蹴りを入れた。

 レグルスは浅い溜息を吐いて「一応な」と答える。

 シュナスが「えへへ」と後頭部に手を当てたので、一同はがっくりと項垂れた。


「……あいつら、テティを見て『巻き込まれた方は災難だった』って言ったんです」


 真面目な表情に戻ったシュナスの言葉に、今度はレグルスの瞳が鋭さを増す。

 後ろの騎士二人が、身を固くした。


 ——狙いはシュナス。

 身分も知っていた、ということか——?


「でも兄上、統率を取っていた男も……その、死んでしまったので。素性はわかりません」


 シュナスは途中で少し言い淀んだ。レグルスはそれに、気付かれない程度だが眉をしかめる。

 男の頭は破裂し、飛び散ったという。

 シュナスにとってそれは恐ろしい光景だっただろう。


 しかし、手掛かりがないというのは厄介だ。その手の輩は、足が付くようなものは身に付けていまい。

 何かしらの情報ぐらいは欲しいところだったが、他の男たちも全てこの少年が殺してしまった。


「八方塞がり、というやつか……?」


 レグルスはちらりとルカを見た。それで、ルカがまたぼそりと呟く。

 

「……そうでもない」


 驚いたシュナスが「え?」と声を上げて隣にいるルカを見た。

 レグルスは足を組む。椅子の肘掛けに腕を預け、その指の背を口に当てた。


「最後の男二人、騎士だ。多分……それなりに、身分の高い」


 レグルスは口元を隠したまま「何故分かる」と一言発した。


「言葉遣い。足運び、呼吸、仕草に、それと……構え。あれはきちんとした剣を習ったやつのものだ」


 口角が上がるのを見られないように、レグルスは息を抑える。

 

「……他の奴らは傭兵崩れの雇われ。武器はバラバラ、動きもめちゃくちゃだった」

「貴族出身の騎士が先頭に立って子どもを攫って……皆でお金稼いでたってこと?」


 嫌悪感を隠さず表情に出したシュナスの言葉を、ルカは「いや」と否定する。


「あいつら全員、誘拐は素人だ。簡単に見つかりすぎるし……室内で長剣、狭いところで戦(や)り慣れてない」


 レグルスの目が更に細められる。


「他に、おかしなところは?」


 レグルスが低い声で言う。ルカは少しこちらを見て答える。


「子供二人に、大の大人が十人……大袈裟すぎる。それにこいつの名は知ってたが、顔を見ても王子だとは気付いてなかっ……た……」


 ルカがハッとしたのを見て、レグルスは堪えきれずにやりと笑った。


「……試したな」


 ルカが不機嫌そうな顔で言う。それで、シュナスは兄とルカを交互に見た。


「いや、すまないな。そんなつもりではなかったのだが」


 喉の奥から込み上げる笑いを殺しながら、レグルスが答えた。


「ルカ、お前。騎士になるつもりはないか?」

「は……!?」


 その場にいる全員が驚いてレグルスを見た。レグルスは僅かに口元を緩めてルカを真っ直ぐ見つめる。

 ルカが驚いていたのも一瞬だった。すぐに思い切り眉間に皺を寄せる。


「……何を斬るかは、自分で決めることにしてる」

「そうか、それは残念だ」


 ふふ、と小さく笑うと、シュナスは不思議そうにこちらを見つめていた。


(——に、しても……)


 シュナスの名は知っていたが、顔を知らなかった——。

 それならば、第二王子だとわかって攫ったわけではない。

 ラディアの王子の名はこの国に住んでいればごく当たり前に知っていることだろう。顔を知らない、それも騎士だというのであればアルカの——少なくとも、近衛隊に所属していた経験があるとは考えにくい。

 そして、男の死に様を思うに何(・)か(・)ないと考える方が不自然だ。

 

(目的はなんだ? 誰を狙っていた——?)


 レグルスはシュナスを見て「ふむ」と思案する。


「その男は攫った相手が王子だと知って、何と言っていた?」


 レグルスの問いに、シュナスはルカの方を見る。

 それから目線を上に向けて「う~ん」と腕を組みながら唸った。

 

「えぇと、確か……『そういうことか』とか、『あの男、最初から我らを』とか、そんな感じの……?」


 シュナスは不安そうに再びルカを見て、彼が否定しないことを確認する。


「『あの男』——」


 レグルスは、小さな胸騒ぎを覚えていた。

 そして殆どの場合——嫌な予感というものは、当たるのだ。

 

 

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