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狐/KITSUNE 0 雨の匂い  作者: あておす
第一章 助手席
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第四部 外れ

 十二月十三日、金曜日、午前十時四十五分。

 くあ。と小さい欠伸をしながらベッドの中で伸びる。

 そのまま寝返りをして丸まりながら、頭の上の携帯を探して見る。今日の会社に向かう電車の時間までは一時間半以上あった。

 五分間ピクリとも動かなくなる。

 そこからリツは起き上がろうと四つん這いの体勢になるが、顔を枕に埋めて、唸った。


 十一時三十分。

 のそのそとカーテンを開け、洗面台で顔を洗いそのまま歯を磨く。化粧台に座りスキンケアからしていく。

「いつになったら世話焼きロボット売られるの」

 絶対予約するのに。と次は日焼け止めに移る。


 午後十二時。

「さむ」

 仕事着に着替える前に、一本だけタバコを吸う。

 ベランダから見えるこの街はいつも忙しそうだった。

「レイはとっくに現場入ってんだろうな」

 煙を街に吹きかける。

「……行くかぁ」


 十二時四十二分。

 仕事場の最寄り駅に電車が到着する。周りを見てもこの時間は急いでる人はほとんど居ない。

 朝の通勤ラッシュに巻き込まれないのはかなりアドだった。

 リツ、参ります。

 と、心の中で呟く。脳内には地球を救う映画の曲が流れていた。


 十二時五十二分。

「おはようございまーす」

 事務所に入る。おはよう。と、部のみんなが挨拶してくれる。

 ツカツカと自分のデスクに向かい、カバンを置く。

 パソコンを立ち上げながら一階の廊下で買った水を開ける。

「やったりますか」

 と、小さく呟いた。

 

十七時。

「よし、きゅーけー」

 顔をあげると、同じ部の同僚たちも何人か伸びをしている。

 外はもう真っ暗だ。夜景が良く映えてる。

「リっちゃんご飯行こー」

 先輩が声を掛けてくれる。

「あ先輩、私いいカフェ見つけたんですよ」

「マジ?掘り尽くしたんじゃなかったの」

「いや、それが隣のビルの地下にあったんですよ!」

「いいじゃん!行こ」

 何美味しいの。オムライス、間違いないですね。と、仲のいい先輩と事務所を後にする。


 十七時十分。

 店に到着する。早い時間だからか、ディナー客はほとんど居ない。こういうところも今の仕事ならではだ。

「へー。いい感じじゃん。何で見つけたのここ」

「インスタです。え、会社の隣じゃね?って笑いましたよ」

「ふふ、そーなんだ。で、オムライスってこれ?」

「みたいですね。うわ期間限定パスタもある」

「リっちゃん季節もの好きだよねー」

「だって今しか食べれないんですよ?」

「ミイラ取りがミイラだな」

「う、でもこのポップ、たしかに参考になる」

 先輩がメニューをめくる。

「私はオムライスとアイスコーヒーにしようかな」

「先輩、私の友達と好みそっくり」

「友達って前言ってた子?」

「そうです。安定思考のところそっくり」

「はー?うるさ」

 笑いながら先輩はパスタのページを開いて言う。

「じゃあ私がパスタ食べるとしたらなんだと思う?」

「うーん」

 パスタだけでも十種類以上はある。

 でも、レイなら……。

「カルボナーラですね、トッピング無し」

「うわ、すご!」

 当たってるわ。と、引いてる。

 はは。先輩分かりやすいもん。と喋りながら、タブレットで注文を送信した。


 十七時五十分

 店を出る。

「あー。美味しかった」

「ですねー。縄張り認定です」

「なにそれ」

 ふ、と先輩が笑う。

「リッちゃんのあれ、美味しそうだったし次あれ食べようかな」

「牡蠣とほうれん草のクリームパスタですね」

「それ。また時間合う時行こーよ」

「いいですよ」

「約束ね。じゃあ、あと頑張ってね」

「えー。ズルいー」

「リッちゃんも八時に来れば、この時間で終われんだよー」

「気が向いたら、そうしまーす」

「こりゃ来ないな」

 二人で笑う。

「じゃーねー」

「お疲れ様でしたー」

 そう言い残し、先輩は駅の方に歩いていった。

「……来週、朝から来ようかな」

 帰る頃には気が変わるだろうけど。


 二十時。

 部内の人数は半分以下になっていた。

「リツー。これ見た?」

 上司が首から下げてるタブレットを見せてくる。

「なんです?」

「この先月の広告、数字下がってるんだよ」

「あー。インスタとかの導線死んでるやつですね」

「この商品だけ全然サイト飛んでなくない?」

「そういえば、これ見た友達も飛んでなかったです」

「なんで」

「キラキラしすぎてるから」

「そうかー?」

「こういう時のシンプルは正義です!」

「うーん、これリツに任せていい?」

「やってみますよ」

「悪いね、パッとなんか浮かぶ?」

「……カルボナーラ。ですかね」

「はー?」


 二十二時。

 カチっ。と、マウスでパソコンの電源を切る。

「おわりー」

 グッと、伸びをする。

 周りの人達もみんな終わりじまいをしていた。

「お疲れ様」

「お疲れ様ですー」

「リツ、このまま四人で飲み行くんだけど来る?」

「いやー私お酒弱いからー」

「嘘つけよ」

「はは!今日はやめときます。また今度」

「分かった。気をつけて帰ってな」

「ありがとうございます」

 椅子を引いて、席を立つ。

「課長」

「ん?」

「毎週朝まで飲んでると、またお弁当作って貰えなくなっちゃいますよ」

「う!うるせ!」

「あははは!お疲れ様でーす」

「はーい。おつかれ」

 タイムカードを切り、エレベーターに向かう。

 

 二十二時五分。

 ビルを出ると夜景がキレイだった。

 毎日見てるのに、毎日ちょっと違うから飽きない。

 酒。飲みたいな。と思いながら駅に歩き出す。

 

 二十二時二十五分。

 電車内は少しだけ混んでる。

 つり革を持ち、ボーッと外を眺める。

 周りを横目で盗み見る。

 自分と似たような人が多い時間帯らしい。

 仕事帰り、酔っ払い、大学生。

 目線を外に戻す。

 外のビルのガラスに反射して、車内が映る。

 この中にいると自分も社会の背景になってて、なんだか面白かった。

 携帯が震える。課長かな。

 携帯を見るとレイだった。

 『寒いし鍋行きません?』

 口元が緩み、分かってんじゃん。と小声で呟く。

 『いいよ』

 『電車でコンビニ行きます』

 『お、飲むの』

 『金曜ですから』

 『分かってんじゃん』

  返事の代わりにレイからスタンプが送られてきた。つり革に捕まるスーツ姿の狐の横に『今日もコンでるな。』と書いてある。

  ふ、と笑いまた外を見る。

  痛風鍋なら日本酒だな。ともうすでに何を飲むか考えていた。


 二十二時四十七分。

 自宅の最寄り駅に停車する。

 頭の中は日本酒の銘柄でいっぱいだった。

 改札を出ると人とぶつかる。

「おっと、すみません」

「いえ」

 大柄なスーツの男性だった。ドシドシと出口に歩っていく。

「何してるんですか」

 後ろを振り返る。

「レイじゃん!」

「お疲れ様です」

 両手をコートのポケットに突っ込んで笑っていた。

「早くない!?」

「だって連絡した時もう電車乗ってましたもん」

 二人で歩き出す。

「来なかったらどうしてたの」

「考えてませんでしたよ」

「はは、なまいきー」

「ふふ」

 同じ足取りで鍋屋に向かっていった。


 二十三時十四分。

 暖簾をくぐり、戸を開ける。

「いらっしゃーい。おーリツちゃん、いつものとこ空いてるよ」

「ありがとー」

 続いてレイが入る。

「こんばんはー」

「お!レイちゃん!!来てくれたんだねー!ゆっくりしてってよ」

「大将、私とテンション違くない?」

「そりゃあ娘の友達には元気に挨拶するよ」

「うまいこと言う」

 あはは!とレイが嬉しそうに笑う。

「あとで注文いくねー」

「はーい」

 と、レイが返事をする。自分はもうメニューの日本酒を見る余裕しかなかった。


 二十三時三十一分。

 鍋に火が付けられる。

 一杯目は二人ともビール。テーブルには、漬物と枝豆、スライストマトが揃った。

「じゃ、お疲れ様」

「お疲れ様です」

 ガチ。と、分厚いジョッキの鈍い音で始まる。

 疲れた身体にキンキンのビールが驚くほど染み渡る。

「っあーー!」

「っあー……」

 二人同時に上を見上げる。

「うま」

「うま……」

 染みてる間ってなんでか喋れなくなる。

 そこからはまたどうでもいい話をする。

 コトコト鳴る鍋、口の中でパリパリ鳴る漬物。店内の笑い声。それらをBGMに二人の笑い声も、店の一部になった。


 午前一時。

 痛風鍋はかなり美味しかった。

 蓋を開けた瞬間、レイがヨダレを垂らした時はさすがに笑った。写真撮ればよかったな。

 テーブルの上は、日本酒とレモン酎ハイ。締めの雑炊。追加の小鉢、馬刺しが少しだけ残っている。

 レイも顔が赤いが、意識はハッキリしているようだった。そこに大将が仕切りから入ってくる。

「はーいごめんね。ラストオーダーだけど最後なんかある?」

「えーもうそんな時間?レイ、なんかある?」

「んー。お酒おんなじのと、あとはまかせます」

「じゃー大将。レモン酎ハイと日本酒。あとはシャーベット、ゆずと焼きリンゴでね」

「はいよー。レイちゃんお酒結構飲むんだね。赤いけど大丈夫?」

「あ、はい。全然よゆーです」

「だはは。なら良かった、じゃごゆっくりー」

 大将が次の仕切りへ向かっていった。

「たしかに、レイ本当に結構飲めるんだね」

「ここのおいしいからですかね」

「あーっ。惜しい!今の大将に言えばシャーベット、サービスだったのに」

 しないよー!と、隣から大将の声が聞こえる。

 また二人で笑った。


 一時三十六分。

 会計を終え、店を出る。大将に二人で手を振る。

 近くの自販機に寄る。

「はい」

 小さい白湯を渡す。

「ありがとうございます、あち」

「ふ、ここのホット熱いよね」

 夜風が気持ちいい。

「終電無くなったけど、どうする?」

「あー。かんがえてなかったです」

「レイ、実はけっこう勢いで生きるよね」

「パッションっす」

 あはは!と。普段よりネジが緩んでるレイを見て笑う。

「じゃーさ。ダーツバー行ってみる?」

「! いってみたいです!」

「それ飲んだら行こっか」

「はい」


 二時七分。

 少し離れた七階建てのビルに着く。

 正面にはエレベーターの入口と、各フロアの看板がある。

「ここの七階」

「へー、いっぱいお店入ってるんですね」

「このビル面白いのばっかりあるよ」

 看板を指さしながら話す。

「おすすめはこの五階」

「れ、れぷてい?」

「Reptilien。ドイツ語で爬虫類って意味らしいよ」

「へー。リツさん爬虫類好きだったんですか?」

「いや、全然。今から行くダーツバーと間違えて入ったの」

 七階を指さす。

「れぼんと」

「Revontulet。北欧でオーロラって意味だったかな」

 なのになんでか店内、狐の置物だらけなんだけどね。と笑いながら言う。

「たしかに。これは間違えるかもですね」

「でしょ。でも意外と面白かったよ」

 そういいながら七階のボタンを押す。

 ドアはすぐ開いた。

 その五階のレプティリアンは何するんですか。

 爬虫類見ながらお酒飲むの。

 ドアが閉まり、上に向かった。


 二時十一分。

 七階に着くと、すぐ目の前に装飾の凝った扉がある。

「白い狐が光ってる……」

「でしょ」

 店の扉を開ける。

「いらっしゃい」

 いつもより酒焼けしたダミ声の女性の声が迎える。

「ママー。久しぶりー」

「おぉリツ。しばらくだね」

「こんばんは」

「こんばんは。可愛い子だね」

「友達のレイ」

 レイが軽く会釈する。

「ようこそRevontuletへ。好きに投げてってよ」

 そういうとママはカウンター横のダーツ場を指さした。

「ありがとうございます」

「ママー。ハイボールとレモン酎ハイお願い」

「はいよ」

 ダーツ場の高いテーブルには狐が口を開けた入れ物に、ダーツが何本も刺さっている。

 肘を掛けてレイを呼ぶ。

「レイ、なにやる?」

「え、何があるんですか」

「あ、ごめんそっか。じゃあ501やろう。501の持ち点から、刺さった点数を引いてって先にゼロにした方が勝ち」

「へー!簡単そうですね」

「ふふふ。やってみれば分かるよ」


 二時四十分。

「はっ」

 ギュウン、バシっ!キュイーン!という効果音と共にモニターにゼロの表記が派手に映る。

「やった!また勝ちですよリツさん!」

「うそでしょ……」

 こんなにレイが上手いと思わなかった。かなりダーツの上手い自信はあったが、さっきから十五のトリプルの呪いに掛かった自分を尻目に、レイはストレートでゼロにしていた。

「次、何か賭けます?」

 フフン。と、すっかり鼻の伸びたレイを睨みつける。

「キーっ!よっしゃ!ここ負けた方はここ全奢りね!」

 ママ!おかわり!というと、カウンターに肘をつけて見ていたママがのそりと動く。

「リツ、アンタヘタになってない?」

「うるさい!」

 ククク、とママは笑いながらグラスに氷を入れる。

「レイ!701で勝負だ!」

「いいですよ。寿命が伸びるだけですけど」

「キーっ!!」


 三時四十五分。

「いやー。笑わせてもらったよ」

「じゃあ、ちょっと安くしてよ」

「それは別」

 結局、賭けは負け。今度はブルから抜け出せなくなってしまった自分を笑いながら、綺麗に点数を減らしていったレイのストレート勝ちだった。

 ゼロワン以外のゲームもやったが、まさにレイはダーツの申し子だった。

「もう、レイとは賭けない……」

 また顔の赤くなったレイは揺れている。

「めっちゃたのしかったです」

「だろうね!!良かったよ!」

「ククク。レイちゃんまたおいで。今度はワタシとやろう」

「はい!」

「レイ、ママ元世界二位だよ……」

「この子はワタシが育てる」

「そっちに連れてかないで!」

 三人で笑いながら店を出た。


 三時五十分。

 ネオン街も終わりに近づいていた。

「さて、始発まであと一時間くらいか」

 レイは看板の下でしゃがんでいる。

「大丈夫そう?」

「まだいけます」

 おそらく酔いと眠気と戦っている。朝から働いているし、あれだけ飲めばそうなるだろう。

 そうしたらあそこしかないな。

「じゃあレイ、始発までカラオケ居よっか」

「はい」

 ふらりと立ち上がるとまっすぐ前だけ見て歩き出した。

 おお、ロボットみたいだ。と、少し笑ってしまった。


 四時二十分。

 案の定、レイは爆睡した。バラードを歌ってやったら一発だったぜ。

 ロビーに行き、毛布を借りてレイに掛ける。

 自分も横になり、毛布にくるまる。

 フリータイムにして正解だったな。と思いながら、まぶたが重くなる。

 ちょうどコラボしているクリスマス仕様のアニメキャラの宣伝が妙に心地よかった。


 九時半。

 むくりと起き上がる。

「いてー。」

 身体がバキバキだ。頭もガンガンするし、首もちょっと寝違えてる。

 目を擦り、レイを見る。

 ソファから落ちていた。

「……どっかで見たな……」

 そのまま起き、水を取りにドリンクバーに向かう。


 十時二十分。

「やっと、着いた……」

「リツさん、水、飲みましょ……」

 私、買ってきます。と、レイがコンビニに入る。

 外れのコンビニに戻ってきていた。

 ふたりで身体を引きづり、明るいネオン街を徘徊。途中の長い階段で、本当に死にかけた。

「やっぱ日本酒は残るなぁ……」

 空っぽの胃がキリキリと鳴るが、なにも食べたくなかった。

 タバコに火をつける。

 ヤニクラ上等。と言わんばかりに朝の冷たい空気と共に肺いっぱいに入れる。

 ふしゅー。と、煙を吐いているとレイが戻ってくる。

 レジ袋に水が二本。そして両手にカップ味噌汁だ。

「……天才かよ……」

「あざす……」


 十時四十五分。

 駅のホームに着いていた。

「もう大丈夫?」

「なんとか」

 お昼前で人の出入りが多い。

「なんか食べてく?」

「いや、今日はいいです」

「私も」

 クスッと笑い合う。

「じゃ」

「じゃ」

 レイは改札に入っていった。

「……帰ろ」

 喋った内容の記憶は何も無かったけど、楽しかったことだけは覚えていた。

 のそのそと帰路に着くと、日に照らされたコンビニと、背景のネオン街が見える。

「……明日からまた戻るか」

 帰ったら寝よ。とあくびをした。

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