第五部 春色
四月二日。時刻は二十二時半。
レイはコンビニのガードレールに腰掛けていた。
「こっち暖かいな」
コーヒーを飲みながら一人で呟く。ぬるい優しい風吹いている。
「レーイ」
駅の方からリツが歩ってくる。
「リツさん久しぶり」
「二週間ぶりだけどね」
小さく笑い合う。
大きい会社は有給多くていいなー。と言いながら、リツが横に腰掛ける。スッと買っておいた水を渡す。
「ありがと」
パキっと水を開けリツが飲む。
「やっぱりこっち暖かい」
「そりゃね、旭川どうだった?」
「全然雪残ってる」
「うわー寒そ」
「そういえば兄貴言ってたよ」
「なに?」
「リツ、年末からほとんど見ないんだ。って」
「はは。たしかに最近アイツらと遊んでないかも」
「私も年明けてから初めて会ったんだけど」
「うん」
「お前らハブってる?って言ってた」
「あはは!」
喋りながら足を揺らす。こっちには一年しかいないのになぜか帰ってきた。感があった。
「あと、リツさん見たいって言ってた写真撮ってきたよ」
「まじ!貼ってアルバムに」
シュポポポポ。と、LINEの共有アルバムに画像を貼る。
「おー!これがレイの生まれた街かー」
「……なんかそう言われると恥ずかしい」
「うわ!これがセイコーマート!」
「そこは小さい時からよく行ってたとこ」
「でか!おにぎり。ちびレイ食べきれなかったんじゃない?」
「むしろ兄貴のにもかじりついてたよ」
「あはは!兄妹だねー」
スイ、スイ。とアルバムをスクロールする。
「え!軽トラ埋まってない!?これで三月!?」
「うん。たしか夜降った日かな」
「へー。違う世界だ」
またスクロールする。
「わ、これお母さん?」
「そう。リツさんがみたいっていうから隠し撮りしたんだけど」
キッチンに立ってる母の写真を一枚スクロールする。
レイに気づいた母が包丁を持ちながらダブルピースする写真に変わる。
「あはは!!お母さん可愛い!」
「すぐ気づかれるんだよね」
「レイ分かりやすいもん」
「そうなの……?」
リツがまたスクロールする。
「あ!これ神居古潭?」
「え、リツさんカムイコタン知ってるの」
「うん、前から北海道行きたいって言ってたじゃん」
「冗談だと思ってた」
「いいなー。どうだった?」
「んー。昔からチャリで行けるとこだったし、普通に、川?」
「えー。味気ない」
「これも上の兄貴に散歩連れてかれたついでに撮っただけだから」
「あ!この人?」
またスクロールすると、髭のある渋めの男が柴犬と写っている。
「そう、これ上の兄貴」
「レイともアイツとも似てないね」
「じいちゃん似かも。六個上」
「え!?じゃあ二十六!?」
……強そうだ。と、リツが言う。それは分かる。
そこからしばらく犬の写真が続いた。
かわいー。といいながらどんどん進めていく。
しばらく見ていくと、追加した写真が終わる。
「あー。面白かった」
「うちの周りしか撮ってなかったけど」
「それがいいんだよー。」
そうかな。と呟きながら自分の携帯でも写真を見る。
「……いつか行ってもいい?」
リツの顔を見る。
「……いいよ」
「まじ!?」
「まー。北海道旅行のついででね」
「うおー!楽しくなってきた!」
「もう?」
笑いながらまた携帯に目を落とす。
「てか、アルバム増えてきたね」
「うん、リツさんもいっぱい撮るから」
「結構写真好きなんだよね」
そういうとリツは共有アルバムの一番上までスクロールする。
「あはは。最初の写真これなんだ」
「どれ?」
レイも自分の携帯の方で共有アルバムの一番上に持っていく。
「あー。なんかもう懐かしい」
ふ。と、笑う。
写真の日付は二〇二四年、十月二十八日。
とんでもなくでかいカツカレーだった。
――
「ねー。レイ!見てこれ」
駅前を歩いているとリツがカフェの前で止まる。
「なんですか?」
近づいて見てみると、黒板に、挑戦者求む!の文字が書いてある。
「二点五キロのカツカレーだって」
「うわ、すごいな」
写真には山のように盛り上がったカツカレーに目玉焼き。横にハンバーグ、ウインナーなどの茶色の惣菜が乗っかっている。
「美味しそうですけど……リツさん……」
「レイ、行こうコレ」
「絶対無理ですよ!」
「大丈夫!二人で分ければ行ける!てか、一回くらい大食いやってみたかったんだよね!」
「いや、二人でもこれは」
黒板を睨んでいるともうリツは店内に入っていた。
すいませーん。二人で!はいよー。とやり取りが聞こえる。
「知らないっすよ……」
――
「……で、一時間かけて食べたんだよね」
「最後にリツさん酒で流し込んだとき笑ったなー」
「レイ吐きそうになってたもんね」
「マジで危なかった」
はは。と笑い合う。
その次が、紅葉鍋だった。
「あー。あのときの」
「初めてレイと大将のとこ行った時だね。えー?もうそんな前?」
まためくる。
「おっ。ブルゾンレイだ」
「え、帰り道撮ってたの」
「上手いでしょ、盗撮」
「全然気づかなかった」
まためくる。
バイク、夜景、駅、コンビニ。
めくるたびに二人で笑う。
次に止まったのが年末。クリスマスだった。
「あ!これ!」
「最悪」
「なんで!可愛かったじゃん」
「記憶ないよ……」
横目でリツを見るといつものイジワル顔になっていた。
二〇二四年、十二月二十四日。
顔の赤い、サンタレイがワイン瓶を手に、腰に手を当てドヤ顔していた。
――
「おじゃましまーす……」
「いらっしゃーい。入ってきていいよー」
廊下の奥の扉から声が聞こえる。
この日は初めてリツの家に遊びに来た日だ。
玄関を開けてすぐに、すごくいい匂いがする。女の人の部屋の匂い。
自分も気を使った方がいいのかな。なんて考える。
シンプルな内装だ。壁紙は白一色。床や扉が黒っぽい木でできている。
各部屋の扉には札がぶら下がっており、犬、猫、たぬき、といった動物たちがそれぞれの部屋の名称を抱えてるデザインの札だ。
もう、かなりリツらしい。
リビングのドアノブに手をかける。
犬が抱えてる「living room」の札がカチャッと鳴る。
「いらっしゃい」
リツはキッチンに立っていた。
鍋をお玉でかき回している。匂いからビーフシチューだろう。
リビングのテーブルには美味しそうな食べ物がたくさん乗っていた。
ぐるりと、部屋を見渡す。
「部屋キレイですね」
「まぁね。買ってきた?」
「もちろんです」
そういうとレイはガサッと両手のレジ袋を掲げる。これでもかと色んなお酒が入っていた。
「おー!最高!」
袋にはビール、ウイスキー、ワイン、焼酎、日本酒。
「てか、重くないの?」
「よゆーです」
「……たまにすごいよねレイ」
むしろ袋のほうがミチミチと伸びていた。
――
「……まさか一晩でほとんど無くなるとは思わなかったよなぁ」
「次の日の記憶もない」
「レイ、サンタのまんま床で動かなくなってたよ。私もさすがにトイレから出れなかったし」
「そもそも、なんでリツさんちにサンタコスあったの」
「前の日にドンキで買ってたの」
「最初からやられてた……」
まためくる。
コンビニの写真、レイの写真、猫の写真。レイがくしゃみしてる写真。レイが運転してる横顔の写真。
「……なんか盗撮多くない?」
「レイ、隙だらけなんだもん」
「全然気づけない……」
レイは景色の写真撮るの多いよね。とリツがいいながらまためくる。
「あはは。これも盗撮だ」
「盗撮ってよりは諦めたんじゃ……」
二〇二四年、十二月二十七日。
夜の首都高。運転するレイが虹色に光る星型サングラスをつけている横顔の写真だ。
――
「雨、だねー」
「ですね。冬でも雨だとそわそわします」
「私は結構好き。冬の雨」
「……それ、私も最近分かってきました」
車に繋がったSpotifyがランダムで曲を流す。
新しい曲を発掘中だった。
チラッとカーナビを見る。
『unknown - ame_no_hashi 』
静かなギターとシンセが、車内へ流れ始める。
「……」
「……」
雨の中を走る車と、ものすごく合っていた。
「……エモ」
「……エモですね」
オレンジ色の街灯が、何個も通り過ぎる。
「……ねぇ。レイ。こっち見て」
「はい?」
リツは窓に頭を持たれ、遠くを見てる。モデルのようだった。掛けているサングラスを除けば。
「はは!なんですかそれ!」
「ドンキで買ったやつー」
いつ使うんですかそれ。とエモい空気に笑い声が混ざった。
――
「高速降りたあと、信号で速攻で掛けさせたもんね」
「めちゃくちゃ笑ってたし、あれ掛けたまま走ったら絶対事故ります」
めくる。
「あ……」
「お」
リツがタバコを咥えながら、夕方の川を見て黄昏てる写真。
「うわ!やられてる」
なんかカッコつけてない?とリツが照れている。
「ホントに不意に撮ってもサマになるよねリツさん」
その次はこっちに目線だけ向けるリツ。
その次にセクシーなポーズを取るリツになった。
二人で笑う。
「なんで気づかれるんだろ」
「だからレイ分かりやすいんだって」
えー。といいながら、まためくる。
「お、初詣だね」
「あんなことになるなんて……」
「あはは!そうだそうだ!この写真のあとだ」
二〇二五年、一月一日。
大吉を持ったままピースしてるレイと、その後ろで小吉も持って不貞腐れているリツとの自撮りツーショット。
――
「リツさんほら、笑ってよー!」
「へん。レイは大吉だったから」
「はは!じゃああそこの肉まん食べよ。奢りますから」
「……食べる」
リツをあやすように肉まんの列に並ぶ。
今年旅行行かない?いいですね。と、喋ってるうちに列がどんどんはけて行く。
近くになって二人同時に気づいた。
「え!おみくじ肉まん?」
「へー。裏に焼き印押してあるらしい」
「きた!!リベンジだ!」
「私も買お」
肉まんを二つ買う。リツは甘酒を二つ買ってくれた。
「はい、レイ」
「ありがとうございます。リツさんはどっちにする?」
「ん……こっちだ」
近くの境内に腰掛ける。
せーの。と、二人同時に肉まんの裏を見る。
「またかよ……」
「あはははは!」
リツは末吉、レイは大大吉だった。
「ちょっと私の運吸ってない!?」
「そんなことないですー」
そっちちょうだいっ。いやだ。ともみ合ってる中、レイが肉まんを掲げた。その時。
シュバッ。
「え?」
「?」
レイの肉まんが消えていた。
そのまま二人で上を見上げるとカラスが湯気の出てる肉まんと一緒に林の中へ消えていった。
「は」
「ぎゃはははははは!!!」
リツがひっくり返って笑っていた。
「だいだいきち……」
それを聞いたリツはもはや泣いていた。
――
「あはははは!」
「もーいいから……」
はー。何回思い出しても笑う。とリツは涙を拭っている。
めくる。
フロントガラスが白くなっている写真。
「初雪のときだ」
「一月三日かな」
その次にフロントガラスの雪に指でリツが落書きした写真。
レイがニヤケながら聞く。
「ふ、これ何書いたんでしたっけ」
「い、ぬ!!」
あはは。と、レイだけ笑う。
めくる。めくる。ふと、止まる。
「あ、リツさんの誕生日」
「いまだに、なんでたこ焼き?」
「リツさんが当日言うんだもん!」
駐車場で八個入のたこ焼きに二十二の数字ロウソクが立っている。
「今年はちゃんとやる」
「ありがと、レイは七月……」
「二日です」
「メモっとこ」
めくる。
「あーラウンドワンだ。うそ!これ先月じゃなかった!?」
「一月三十日……時間経つの早すぎ」
ゲーセンで取ったコラボアニメキャラのぬいぐるみを、二人が一体ずつ持ちながら手を伸ばして撮ってる写真。
「これに三千円かけたんだよね」
「私四千円……」
それを聞いてリツが笑う。
めくる。動画だ。
「え、リツさん撮ってたの?」
「あーなんだっけなこれ」
動画のサムネは屋内テニス場のようだった。リツ側のコートの椅子に立て掛けてある画角だ。
――
『よし、と』
リツの手が画面を覆っている。
『いくよーリツさーん!!』
『こーい!!』
ステップしてコート内に戻る。
レイからのサーブ。
シュパッ。
パ、パン。
パコ。
パン!
パパン!
白熱しているようだ。
バシっ!
レイのスマッシュがリツのコート、ライン際に刺さる。
『うわー!』
『しゃ!』
両者とも肩で息をしている。
『えーとっ、これで九対十?』
『ですねっ』
『ふー。やばいな』
パコパコと、リツがボールを何度か打ち付ける。
『しゃ。行くよ!レイ!!』
『こいっ!』
リツが跳ぶ。
バシッ!!
ボールがネットに当たる。
テンテン。とボールが転がっていく。
ボールが画面端から消えたところで、二人とも笑い崩れた。
――
「……これめっちゃ笑ったね」
「お腹痛かった……」
画面の中のリツが這いながら録画を止めた。
また、めくる。
「なにこれ?」
「あれだ、節分の」
「あー!駅前のイベントか」
「そうそう、リツさん迎えに車で行った時の」
リツの家の最寄り駅。高さは六メートルはありそうな巨大な鬼のモニュメントが道路の先からでも見えていた。
その足元でリツの携帯から二人で自撮りツーショットをしている写真。
「鬼の草履しか写ってなくない?」
「デカすぎるよね、鬼」
レイが笑いながらめくる。
「あはは!チョコフォンデュ回だ!」
「なんでもつっこんだっすよね」
「でも、ハズレなかったでしょ?」
「悔しいけど……」
皿の上にはバナナ、マシュマロ、いちご、ぶどう、ドーナツ、チーズ、ウインナー、焼き鳥。
リツがチョコをくぐらせた焼き鳥を頬張ってるのを、レイが青い顔で見ている写真。
「このあと一緒につけたチョコ焼き鳥、美味かった……」
「でしょ!?合うんだってチョコに!」
一人だったら絶対やらない。とレイが笑う。
めくる。
「猫いっぱいいる!」
「これ猫の日ですね。公園行ったときの」
「あー!行ったね。川近くの。幸せだった」
「私も一年分は猫触った」
「レイ教祖みたいになってたもんね。あ、これこれ!」
夜の公園、ベンチに座ってるレイが両手を広げ、防犯灯に照らされていた。足元を二十匹以上の猫が囲んでいる。
てか、猫の日ってなに?分かんないけどなんからしいすよ。と喋りながらまためくる。
「これは先月だね。覚えてる」
「これびっくりした。梅ってこんなに早く咲くんだって」
「梅雨時期には実になるからね」
「地元だとまだ咲いてなかったよ」
「マジで?」
ライトアップされた梅の花の写真。奥で金髪が梅のポーズを取っている。
めくる。
「ひな祭りだ」
「これどこだっけ」
「どこってレイんちの近くの商店街じゃん」
「あ、そっか。普段行かないから忘れてた」
商店街が黄緑色と桃色に装飾されている写真。
レイ見覚えなさすぎ。笑いながらリツがめくる。
「あ、空港だ」
「これ、ほんとに恥ずかしかったんですから!」
「えー?そう?」
「そうだよ!」
二〇二五年、三月二十日。
レイにしがみ付いて引きずられるリツとの写真。
――
都内、国内便。
空港内のエントランスに二人で座っていた。
「いいなー。北海道旅行」
「旅行じゃなくて帰るの。帰省」
「いいなー」
「聞いてます?てか、空港降りても二時間くらい掛かるんですから」
「それが憧れるんだよー。いいなー」
「あこがれる……?ちっとも分かんない……」
ズゴゴゴ。と、レイは港内にあったカフェのコーヒーを飲みきる。
「よし、じゃそろそろ行ってきます」
「連れてってよー」
「リツさん明日仕事でしょ」
「うあー」
スッとレイ立ち上がり、ゴミ箱にゴミを捨てる。
「じゃ、リツさん……」
リツの方を向くと、リツは隣で抱き合っている日本人と外人のカップルをガン見していた。どういう訳か、それを見ている色んな人種の人達がぱらぱらと小さい拍手をしている。
「…………まずい」
リツへの挨拶も無しに早歩きでポートへ向かう。
予想通りガシッと何かが腰に捕まってきた。
「レーイいいいい!元気でなああああ!」
「っマジで!!やめてっ!」
「うあああん」
リツを引き剥がそうとすると、その後ろで外人達がこっちに気づいたようだ。
カップル達含め、ほぼ全員が涙目でこっちを見てくる。
ビューリホー。ジャパニーズガール。ベスティ!!
次々と英語が飛び交い、拍手が送られた。
「マっジで!さいっあく!!」
リツを振りほどいてポートに走る。
「レえええイ!!写真撮って来てねえええ!」
乗車時間には全然早かったが、エントランスから逃げ出したのだった。
――
「……で、あのあと外人さんからエアドロップで貰ったの。この写真」
「ほんと、よくできますね。ああいうの」
「外人さん達大泣きだったよ」
リツは楽しそうに外人達との集合写真を見せてきた。
「コミュ力すご……」
はー。笑った。とリツがスイスイっと画面をスクロールする。ここからはさっき共有した旭川の写真だけだった。
「終わっちゃった」
「まぁ。でも、まだ半年経ってないし」
パシャっと、リツのシャッターが鳴る。
「もらい」
「そろそろお金取る」
はは。とふたりで笑う。
「ね、レイ!桜撮りに行こうよ」
「え、咲いてるんですか?」
「あるある!東京の夜桜を教えてあげよう!」
ほら。車出して!フォルダに春色増やそう!
時刻は四月三日、午前零時四分。
東京に来て、ちょうど一年になった。




