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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
序章
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初任務

 朝露がまだ草に宿る頃、クロスは訓練場の片隅で一人、購入したばかりの剣を手に黙々と構えの確認をしていた。 


 「やっぱり、少し違う……」


 日本で学んだ剣術──いわゆる古流の居合や抜刀術を基盤とした動きは、この世界の実戦用の剣とは根本的に思想が異なっていた。彼が扱っていたのは細身で切れ味の鋭い刀。しかし、今手にしているのは、両刃の直剣。重さも重心も異なれば、抜き打ちの技は通用しない。


 だが、武器が変わっても「身を守る」という基本理念は変わらない。構え、間合い、重心、呼吸──そのすべてを調整しながら、クロスは剣を振る。


 「お、気合入ってるな新人」


 声をかけてきたのは、ギルドの訓練教官・ベルク。銀髪の短髪に、傷のある厳つい顔立ちだが、面倒見の良さで初心者に人気の人物だった。


 「今日が初の実戦訓練だろ。準備はいいか?」


 「はい。なんとか形にはなってきました」


 「それは結構。だが魔物はこっちの都合なんて聞いてくれねぇ。油断するなよ」


 「……肝に銘じます」


 ベルクはうなずき、腕を組んだ。


 「今回の訓練は新人二人に、先輩二人のチーム編成だ。討伐対象は周辺に出没してるスライムとゴブリン。魔法は禁止。あくまで基礎の確認だ」


 「はい、まだ使えないので……」


 「ふん、それでいい。下手に頼って怪我するヤツもいるからな」


 クロスの班に配属されたのは、ギルド歴二年目で8級の女性冒険者ミトと、三年目で7級の先輩ハンター・ガイルだった。

2人ともこの村の住民で、リサは茶髪をポニーテールに束ねた快活な女性で、得物はショートソード。ガイルは無骨な印象の槍使いで、寡黙だが経験値が滲むような落ち着きを見せていた。


 同行する新人のもう一人は、やはりこの村の住民で、10級として活動を始めたばかりの少年・エル。気は弱いが器用さで高評価を得ている。


 「じゃ、行くわよ新人たち。今日は“実際の現場”ってやつを見せてあげる」


 ミトの軽やかな口調とガイルの無言のうなずきに背中を押され、クロスとエルは頷いてギルド前を出発した。


 目的地は、村の南に広がる「霧樹の林」。初心者向けの訓練区域で、スライムやゴブリンなどの下位魔物が多数生息している場所だった。


 森の入り口に入ると、先程までの柔らかな朝の光が、急に薄暗い緑に染まった。


 「……あ、足音聞こえる!」


 緊張した声を上げたのはエルだった。耳を澄ますと、確かに藪の向こうからぬるりとした不気味な音が近づいてくる。


 「スライムだな。前に三体、クロス、前に出ろ」


 ベルクが指示を出す。剣を構え、前へ出るクロス。先日の川沿いで出会ったスライムと同じ種類だ。しかし、今回は自分ひとりではない。


 「よし、構えは悪くない。そのまま、前脚──じゃねぇな、あいつには脚がないか。突っ込んでくるぞ!」


ベルクが声をかけ終わる前に、突如、ぬるんとした粘体が跳ねるように飛びかかってきた。クロスは反射的に体を捻り、斜めに剣を振り下ろす。粘性のある肉体が裂け、スライムは「ぴゅる」と小さな音を立てて地面に崩れた。


 「よし、斬れてる!」


 続けてもう一体が突進。しかし今度は気負いすぎて剣を強く握りすぎてしまった。


 「焦るな、力抜け!もっと腰を落とせ!」


 ミトの声が飛ぶ。頭ではわかっている。しかし、魔物が迫ってくるという非現実的な状況に、まだ体が追いつかない。剣がスライムにかすり、うまく裂けなかった。


 「どけ!」


 ガイルの槍が、クロスの横を鋭く突き抜け、スライムを貫いた。


 「悪ぃ……」


 「お前が死んでたら、ミトが泣くぞ」


 「泣かないわよ」


 ミトが笑いながら毒を吐く。だが、その目には安心と期待が混じっていた。


 「初めてならこんなもんよ。逃げなかっただけ上出来ね」


 その後も訓練は続いた。ガイルやミトのサポートのもと、クロスとエルはゴブリン討伐に挑む。森の中で遭遇した三体のゴブリン。短剣を手に、チギチギと気味の悪い声を上げてこちらを睨んでくる。


 「今度は二人で前へ。クロスが先に斬り込んで、エルが隙を狙え!」


 号令と同時にクロスが一歩前へ。踏み込みの間合い、重心、目線──全てを集中し、斬り上げる。


 ゴブリンの肩口をかすめた。次の瞬間、横からエルの剣がゴブリンの脇腹を突く。断末魔とともに一体が倒れる。


 残り二体。うち一体はミトが軽くいなして首を落とし、もう一体はガイルが足を払って倒した。


 「ふぅ……」


 「初任務終了だな」


 林を抜ける頃には、クロスの全身は汗で濡れ、出発時より剣の重さが増したようだった。しかし、確かに“何かを成し遂げた”感覚があった。


 ──魔物を、俺の手で倒した。


 生き物を斬ることに抵抗がないわけではない。だが、それは「生き延びるため」だった。強さとは何か。暴力とは何か。その問いに一歩、踏み出した気がした。


 ギルドに戻ると、クロスはミトとガイル、エルに頭を下げた。


 「ありがとうございました。おかげで……剣がちゃんと、振れました」


 「まだまだこれからよ」


 「明日も訓練あるから、体を休めときな」


 クロスは腰の剣に触れながら、空を見上げた。夕暮れの空の下、彼は確かにこの異世界で“剣士”としての第一歩を踏み出したのだった。

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