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異世界剣士の成長物語  作者: ナナシ
序章
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出会い

川のせせらぎが、心を落ち着かせてくれる。

太陽は高く、時折吹き抜ける風が汗を乾かしていく。龍也は、道着の胸に入れてあった手拭いを濡らして腕の擦り傷を拭いながら、静かに深呼吸をした。


(助かった……本当に、助かったんだ)


森でエイプに遭遇し、命からがら崖を滑り落ちて逃げ延びた。

その先にあったのがこの川だった。渇きを癒やし、再び歩き出すための力を与えてくれた。


(昔、師匠が言ってた。「水の流れを下れば、やがて人の暮らしに行き着く」って……)


田舎の山奥で生きる術を学んだ日々。鍬を握り、畑を耕し、山で薪を拾い、沢で魚を追った。

あの頃の記憶や経験が、今、命を繋ぐ支えになっていた。


(この川を下れば、いつか町に着くかもしれない)


確信はないが、それでも歩くしかなかった。


短い休息を取り、龍也は立ち上がった。

休憩中に草で編んだ小さな巾着を腰に括る。中には、拾った野草と、川で見つけた果実が数個。食糧とは言えないが、空腹を紛らわせるには十分だ。


「さて……行くか」


川沿いに伸びる草むらを踏み分けながら、龍也は一歩ずつ前に進んだ。


 



 


1時間を過ぎた頃、川のせせらぎが次第に遠ざかり、道がなだらかな上りに変わってきた。

見れば、草が踏み分けられ、土が固く踏み固められている。明らかに人の通った跡だった。


「……道?」


龍也は驚いた。だが、同時に安堵の息が漏れる。


(この先に、人がいるかもしれない)


これまで感じていた孤独が、少しだけ和らいだ気がした。


龍也はその道をたどり、上り坂を進んだ。森はすでに後方に遠ざかり、視界が開けてきた。草原の向こうに、小さな丘が見える。


——その時だった。


ポックリ、ポックリと馬の蹄の音が風に混じって聞こえてきた。

そして、人の声。それも複数の話し声。


龍也は反射的に草むらに身を潜めた。まだ、この世界で誰が敵か味方かも分からない。慎重になるのは当然だった。


やがて、見えてきたのは、二頭の馬に引かれた頑丈な荷車と、それに寄り添うように歩く男たちだった。


(……護衛付きの、商隊?)


龍也の目に映ったのは、前後に配置された軽装の男たち。皮鎧をまとい、腰に剣や手に槍を持っている。その中央には、ゆったりとした服をまとい、商人らしい中年の男が馬車に乗っていた。


(……護衛と、商人だろうか?)


龍也は逡巡した。今、ここで出ていくべきか。それとも、彼らが通り過ぎるのを待つか。

だが、腹が鳴った。空腹が決断を促した。


「……ええい、ここで立ち止まってても仕方ない」


龍也は決意を固め、草むらから立ち上がった。


「すみません!」


大きな声を張る。驚いたように荷車の護衛たちが剣に手を伸ばすが、すぐに彼の姿を確認し、警戒を解いた。


「おい、誰か出てきたぞ!」

「なんだ? 若造か……」

「止まれ、誰だお前!」


「旅の者です! 森で迷って……町を探しています!」


龍也は両手を挙げ、敵意がないことを示す。

護衛の一人がゆっくりと近づいてきて、じろじろと彼を見た。


「武器もまともに持ってねえな……こいつ、まさか森から来たのか?」


「服も見たことない格好だが…なんかボロボロだな」


「スライムにでもやられてたなら、そりゃボロボロにもなるわな」


その様子を見ていた商人らしき男が、馬車から降りてきた。

ぽっこりとした腹と、艶のある太った顔。だが目は鋭く、商人特有の「観察眼」があった。


「君。名前は?」


龍也は少し考え、


「……クロス、と言います」


「ほう。クロスか。……その変わった格好と傷。どう見ても旅慣れていないな?」


「はい。目が覚めたら森の中で……地図も持っていないし、町の場所も分からなくて……」


「ふむ。なるほど。どこの国の者かもわからんが、まあ……事情は察した」


男は顎を撫でた後、口元に薄い笑みを浮かべた。


「丁度よい。今我々は《ベルダ村》に向かっている。小さな村だが、冒険者ギルドもある。どうだ、そこまで同行するか?」


「……本当ですか!?」


「もちろんだ。金も取らんよ。君のような若者に、荒野を歩かせる趣味はない。護衛たちも、これくらいの追加は問題ないだろう?」


「……構いませんよ。どうせ、道中で魔物に襲われたら、この子が先にやられるだけだ」


「おい、聞こえてんぞ……!」


護衛の軽口に、クロスは苦笑した。だが、そのやり取りが人間らしくて、なぜか嬉しかった。


「ありがとう、ございます。本当に、助かります」


クロスは深々と頭を下げた。


「ふふ、礼には及ばない。私はマルコ。この辺りでは少しは名の知れた商人だ。以後、よろしく頼むよ。クロス君」


「……はい、よろしくお願いします!」


そうして、クロスはようやく「人」との出会いを果たし、文明の入り口へと歩み出した。


 



 


夕方、荷車はベルダ村の門をくぐった。

木の柵で囲まれた素朴な村。だが、畑の手入れは行き届き、人の気配が溢れていた。


「あそこが宿屋だ。君も一緒に泊まっていくといい。」


「ありがとうございます、マルコさん!」


「ふふ、礼には及ばないよ」


クロスはマルコに続いて宿屋の扉を通った。


異世界で、初めての「村」。



「……生き延びた、んだな」


胸の奥から、静かな実感が湧き上がってきた。

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