小さな村の大きな決意
朝靄がうっすらと村を包み、まだ肌寒い空気がクロスの頬を撫でていた。ギルドの敷地に立つ彼の足元には、夜露を含んだ土の感触が広がっている。
クロスは深呼吸しながら、これまでの数日を思い返していた。
この世界に来てから、もうすぐ二週間になる。神との邂逅、スライムとの格闘、エイプからの逃走、マルコたちとの出会い。そこからギルドの訓練と講習を経て、ようやく仮登録冒険者としての生活が始まる。
だが――。
「村の仮登録者って、珍しいんだな……」
小さな溜息と共に、クロスは昨日ギルドの受付嬢リサから聞いた話を思い出していた。
ベルダ村のような人口500にも満たない小村にギルドが存在しているのは、周囲に魔物が多く棲息しているからだ。守るために必要な最低限の戦力として、ギルドは設置されている。
そのため、冒険者登録者自体もごく少数。
「町や街なら、仮登録の新人も毎年何十人と入ってくる。でもこの村で仮登録されるのは……そうね、数年に一人いるかいないかってとこかしら」
リサはそう言いながら、書類に丁寧な筆跡でクロスの情報を記入していた。
「ここで登録して、そのまま村に残る人が多いのか?」
「そうね、8割は村の出身者だし、皆この村で生活していくことを前提にしてるのよ。外に出るのは2割くらいだけど……その人たちも、大抵は数年後に村に戻ってくるわ。やっぱり、田舎での生活に慣れてると、町や街の喧騒は合わないみたい」
リサの言葉には、寂しさでも呆れでもない、淡々とした現実の受け止めがにじんでいた。
(じゃあ、俺みたいに村から出ていくって……本当に稀なんだな)
クロスは木製のベンチに腰を下ろし、朝の陽を浴びながら思案を巡らせた。魔法はまだ使えない。訓練で学んだとはいえ、剣の扱いも完璧ではない。ただ、心には確かな「火種」があった。
あの森で生き延びたこと。スライムに勝ったこと。マルコたちに教えられ、ギルドで初めてこの世界で“誰かに認められた”と感じたこと。そして、自分自身に誓ったこと――
(俺は強くなる。力の意味を、この世界で知るんだ)
その決意だけは、誰にも譲れなかった。
夜、宿に戻ると女将が声をかけてきた。
「あら、講習終わったんだってね。おめでとう。さあ、今日は特別に卵を追加しておいたから、しっかり食べて」
食卓に並ぶのは、焼いた野菜とパン、そして珍しくふんわりと焼かれた卵焼き。どこか懐かしい香りに、クロスはほんの少し目を細めた。
(この村で、もう少し頑張ってみよう)
今日でようやく、スタートラインに立てた気がする。正式登録という小さな目標。その先に、自分の答えがあると信じて――
序章終了
次まで村で活動予定