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色が変わる

 最初に目を開けたときに、視界にとびこんできたのはわたしの上に乗ったヒョウくんでした。

 そして視線を横に転じれば、寝台のかたわらの椅子に閻魔さまが腰をかけていらっしゃいます。

 わたしは驚いて、身を起こしました。


「え、閻魔さま……っ」


 言葉を発しようとした瞬間、噎せました。

 ごほごほ、と咳き込みます。

 閻魔さまが寝台の脇の卓から水差しをとって、茶器にいれてくれました。

 それを手ずから渡されて、わたしはおずおずと受け取ります。

 薄葉色の水面に黄色い花が浮かんでいました。心が落ちつく香りがして、安堵感をおぼえました。

 わたしが視線を向けると、閻魔さまはじっとわたしを、ご覧になっていらっしゃいます。


「……体調はどうだ?」


 閻魔さまは、わたしに問いかけました。


「そんなに悪くありません」


 わたしはそう答えました。

 寝すぎたせいか、体がすこしだるい感じはありましたが、それほど問題はなさそうです。

 わたしの返答に閻魔さまは、すこしだけ表情をやわらかくなさいました。


「……そうか」


 いつから閻魔さまは、わたしの寝顔を見つめていらしたのでしょうか。

 寝ているすがたを見られるのは初めてではありませんが、よく考えてみれば、これはものすごく恥ずかしいです。


「はい。ご心配おかけして、すみませんでした」


 ぺこりと頭を下げます。

 ふいに、脳裏をよぎったのは、あのときの己の言葉と感情です。

 ――すべてを憎むかのような思念と、その手が生み出すふしぎな力。

 あのときの記憶はすべて、わたしのなかに残っています。


「閻魔さま、お話しなければならないことがあります……」


「……どうした?」


「――じつは、私は人間ではないようなのです」


 意を決して放った言葉でしたが、存外にあっさりと頷かれてしまいました。


「……それは気づいた。お前は幽鬼の娘だ。今後も、妖怪たちに狙われる危険がある」


 やはり、自分の存在は妖怪たちにとって危ないものだったようです。

 それを知らされて、打ちのめされたような気分になりました。


「しかし、すでに手は打った。お前は心配せず、休んでいるがいい」


「け、けれど……っ」


 わたしは寝台の上に半身を起こした状態で、閻魔さまにすがりつきました。

 護りたい御方のはずでした。けれど、わたしの存在が足を引っ張ってしまっているのではないでしょうか。

 もしかしたら、ご迷惑がかかっているのでは?


「違う。乙葉、俺は、お前に救われた」


「救われた……?」


 閻魔さまは、わずかに、あざけるような表情を浮かべました。

 けれど、それは自分自分へに向けたものだったようです。


「――もう今さら生きる希望など、と。けれど、お前がいるだけで世界が華やぐ。世界が色を変える。こんな色をしていたのだと」


「それは、わたしだって同じです……」


 最初は、やさしい方だと思ったのです。

 わたしなんか見捨ててもいいはずなのに、お邸においてくださって。

 つかの間のことでも、うれしくて。

 たとえ、いつか、閻魔さまに殺されてしまうかもしれなくても。

 閻魔さまのお役にたちたいと必死になるうちに、閻魔さまのことを知って、もっともっと夢中になってしまいました。

 恋とか、ほんとうはわからないのです。

 だって、これまでしたこともありませんでした。

 ほんとうに、これがそうなのかすら、わかりません。病だと言われた方が、未だにしっくりくるくらいです。

 ――だって、胸がとても苦しいのですから。

 想像していた綿菓子みたいな世界じゃありません。

 わたしは、緊張して間抜けな言動ばかりしてしまって。

 ま、まあ、普段から間抜けだと言われたら返す言葉もないのですけれど、いつもよりも、もっと格好悪くなっているような気がするのです。

 閻魔さまには、情けないところばかり見せています。わたしの良いところだけを、見せていたいのに。


 わたしが、ひとり無言で煩悶しているあいだも、閻魔さまはわたしを熱心に見つめていらっしゃいました。

 またしても視線に耐えられなくなり、わたしは掛布を引きよせて顔の半分をおおい隠します。


「え、閻魔さま……」


「……どうした?」


「あの……、お気を悪くなさらないでいただきたいのですが……」


「……ああ」


 わたしは、勇気をもって言いました。


「あまり、わたしを見つめないでほしいのです。わたしは、その……閻魔さまに見つめられると、いつも体が……とても困ったことになります……」


 閻魔さまのささいな言動で心臓が痛くなったり、有頂天になってしまったり。

 かと思えば、羞恥心で死ねるのではないかと思うほど翻弄されてしまいます。

 閻魔さまは数秒ほど、押し黙ってしまわれました。

 そして、こうおっしゃいます。


「体がおかしくなってもいいのでは」


「で、でも……っ」


 わたしの反論を封じるように、閻魔さまは無表情のままおっしゃいました。


「俺は、お前を見つめていたい」


「な……っ」


 わたしの口から「うぅ……」と、変なうめき声が漏れました。

 もう、また、わたしは格好悪くなっています。

 もっと、スマートにできないのでしょうか。これ以上は耐えられません。

 頭から掛布をかぶって、閻魔さまの視界から完全に身を隠しました。


「……なぜ、隠れる?」


「だ、だって、閻魔さまが変なことをおっしゃるから……」


「……変なこと?」


 閻魔さまは不可解だと感じていらっしゃるようです。

 黙りこんでしまわれたことが気になって、わたしは掛布からちょっとだけ顔をだしました。

 閻魔さまのその藍色の瞳に、状況も忘れて見入ってしまいます。

 閻魔さまはおっしゃいます。


「……好いた相手を前にすれば、体がおかしくなるのは普通のことでは」


「好……っ!?」


 わたしは耐えきれず、掛布の中にもぐります。

 ――ああ、また世界の色が変わりました。それがわかります。

 閻魔さまのお力で。



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