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第五章:ラスコーリニコフの夜明け

その時だった。張り詰めた二人の空間を切り裂くように、取調室のドアが激しくノックされた。

「軍曹殿。そろそろ消灯時間です」

見張りの部下の声だった。私は一瞬で激しいパニックに陥り、心臓が口から飛び出しそうになった。まずい。まだ彼女をどう匿うか、具体的な脱出策など何も頭に浮かんでいないのだ。憲兵隊の規則上、消灯時間を過ぎれば捕虜の監理は厳格化され、私の独断で動かせる余地は著しく狭まる。

ガチャリとドアが開き、ニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべた憲兵伍長が部屋に足を踏み入れてきた。彼は縛られているアニヤ中佐の体を品定めするような下劣な目で見つめると、声を潜めて私にこう言った。

「軍曹殿……あの露助(ろすけ)、なかなかのいい女ですね。消灯前に、まずは軍曹殿からどうぞ。そのあと、俺たちにも回してください」

「――!」

私はその言葉に、全身の血の気が一気に引いていくのを感じた。当時の軍隊が持つ、剥き出しの野蛮な欲望。男たちがマルタとして使い捨てられるこの闇の奥では、女の捕虜がどのような目に遭わされるか、考えたくもない現実だった。私は、朝鮮人慰安所にすら一度も行ったことがない、ただの純情な文学青年だ。伍長たちの獣のような要求に吐き気が込み上げ、思考が真っ白になりかけた。

だが、その極限の恐怖の瞬間、私の脳裏に稲妻のような閃きが走った。これを利用するしかない。彼らの下劣な欲望を、そのまま彼女を救い出すための大義名分(盾)に反転させるのだ。

私は一瞬で冷徹な尋問官の顔を作り直すと、伍長を鋭く睨みつけ、凄みを利かせた低い声で言い放った。

「……よし。こいつは知能戦の末に、まだ重大な機密を隠し持っている。最初は本管が頂く。――今夜は本管の班長室(執務室)へ連行し、朝までじっくりと楽しむことにする」

伍長に続いて上等兵が驚いた顔をするのを制するように、私はさらに冷酷な口調で釘を刺した。

「貴様ら、他言無用だぞ。余計なことは上に言うなよ」

「は、はっ! 了解いたしました! ごゆっくりどうぞ!」

軍曹の特権として女を独占するのだと誤認した部下たちは、卑屈な笑みを浮かべて一斉に敬礼した。私はすぐさまアニヤ中佐の椅子の縄を解き、彼女の細い手首に形だけの捕虜用の固い縄をかけ直すと、その身柄を自ら引き回すようにして、地下の陰惨な取調室を後にした。

廊下の白熱電球の下、私は彼女を連れて、私のパーソナルスペースであり、あのプーシキンの詩集が隠されている私自身の班長室へと向かった。背後で部下たちの下品な笑い声が遠ざかっていく。私の隣を歩くアニヤ中佐は、私のあまりにも大胆で命がけの嘘の企てに気づいているのか、ショートカットの髪の隙間から覗くグレーの瞳を、静かに、そして深く煌めかせていた。私は溢れる冷や汗を拭うこともせず、ただ彼女を連れて、破滅へと向かうハルビンの長い夜の闇の中へ、自らの足で一歩を踏み出していた。


私は班長室に着いてから、心臓が口から飛び出しそうなほど激しく脈打っていた。外の部下たちを騙し通せた安堵と、この部屋にソ連軍の中佐を匿っているという恐るべき現実が、一気に脳内へ押し寄せてきたのだ。何も具体的な脱出策が出ていない焦りが、私の体を苛んでいた。

部屋の隅にある簡素な寝台(ベッド)に腰を下ろしたアニヤ中佐は、ハルビンの春の冷気の中で、全てを覚悟したような静かな目をして、自らの衣服を脱ごうと細い指先を動かした。軍隊という狂気の組織の論理を誰よりも知る彼女は、私を動かすための対価として、自らの体を差し出そうとしたのだ。

「――待ってくれ! 何をしている!」

私は驚愕し、慌ててその手を掴んで制止した。本官は、そんな不埒な目的であなたをここに連れてきたのではない。

私の必死で純情な拒絶を見た中佐は、動きを止め、そのグレーの瞳にジワリと熱い涙を滲ませた。そして、これまでの男を惑わすような妖艶な笑みではなく、少女のように無垢で、心からの救いを得たような穏やかな表情で優しく微笑んだ。

「……やはり、あなたを選んでよかったわ。私の大切な、純情な文学青年さん」

その言葉を最後に、彼女はそれ以上何も施そうとはしなかった。

彼女は寝台で、私は固く冷たい床の上に一枚の毛布を敷いて寝た。図嚢(ずのう)の中のプーシキンの詩集が、まるで私たち二人を見守るかのように、机の上で静かに佇んでいる。背中から伝わる床の冷たさを感じながら、私は彼女の静かな寝息を耳に受け、生まれて初めて訪れた奇妙な心の平穏の中で、ゆっくりと意識を失っていった。

どれほどの時間が流れただろうか。まだ夜明けの薄暗い光が窓から差し込む取調室の上の階から、静寂を容赦なく切り裂く音が響き渡った。

プーッププー、プププププー――。

起床ラッパの音が、けたたましく司令部全体に鳴り響いた。

帝国の崩壊と、ソ連軍の侵攻という最悪の未来が刻一刻と迫るハルビンの朝が、ついに始まってしまったのだ。私は跳ね起きるようにして目を覚まし、寝台の上の彼女へと視線を走らせた。

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