第22章 エカテリーナの帰還命令
窓の外は雪だった。
上司は机の上に黒いファイルを置いた。
「日本へ行け」
日本!! 日本って言った?
「承知しました」
私は平静を装いながらファイルを手に取る。
表紙を開く 銀髪の女の写真があった。
エカテリーナ・サバノスキー。
現在日本での長期任務中。 ロシア大使館での事件から定期連絡が減少
本部からの依頼を無視。
経費の使用目的にも不審な点がある。 少しわかる気がする だって
あの日本だから
本人へ帰還命令を伝えて拒否した場合は処分。
任務終了後は、速やかに帰投すること 私も帰れるか不安だ、、
「質問は」
「ありません」
日本へ行ける。
やったぁ〜! *
わが国の旅客機パイロットは、空軍上がりが多い
スリリングな旋回を楽しんだ後 成田空港へ着いた
入国審査を終え、黒いキャリーケースを受け取る。
目的地は錦糸町だが、錦糸町へ行く前に確認しておかなければならない場所がある。
現地の文化を理解することは、任務を遂行する上で重要だ。
秋葉原駅を出る。
大きな看板。
壁一面のアニメ。
通りを歩けば、メイド服の女たちがチラシを配っている。
本当にいた。
視線を向けずに通り過ぎる。
少し歩いてから、振り返った。
まだ配っている。
スパシーバ(Спасибо)!!!
だが、今日の目的はそこではない。
事前に調べておいた中古ゲーム店へ向かう。
狭い階段の両側の壁には、古いゲームのポスターが隙間なく貼られている。
二階。
三階。
まだ上か。
途中で、下りてきた男と身体を横にしてすれ違う。
四階。
中古ゲームの匂いがした。
古い紙。
プラスチック。
少し埃っぽい空気。
棚には、透明な袋に入ったゲームソフトが並んでいる。
箱なし。
説明書なし。
名前の書かれたものまである。
ガラスケースの中を見る。
あった!!
日本でしか発売されなかった初回限定版。
箱あり。
説明書あり。
特典も未開封。
値札を見る。
高い。
もう一度見る。
高い。
店員を呼んだ。
迷いはない。
次に入った店には、フィギュアが並んでいた。
服の皺。
髪の毛。
指先。
台座に落ちる影まで計算されている。
素晴らしい!!日本人は、なぜここまで作るのだろう。
一体ずつ見ていたら、店員がこちらを警戒し始めた。
サングラスを外す。
余計に警戒された。
通りの向こうに、カプセルトイが壁一面に並んでいる。
一回
欲しかったものではない。
もう一回。
違う。
もう一回。
同じものが出た。
日本は、恐ろしい国だ。 まるで蟻地獄の様ではないか
スマートフォンを見る。
予定より二時間過ぎているが
紙袋だけは三つになっている。
錦糸町駅に着いてコインロッカーへ向かった。
扉を開けて紙袋を入れようとした時 私の脳裏に不安が広がる
もし、扉が開かなくなったら。
もし、誰かに間違えて持っていかれたら。
初回限定版。
箱あり。
説明書あり。
特典未開封。
コインロッカーの扉を閉めた。
さて
仕事に取り掛かろう
コンビニの横にある階段を上がる
入り口には、女の石像が立っている。
赤い帽子。
白い髭。
背中には、大きな袋まで背負っていた。 もうすぐクリスマス
子供のお土産はジブリ美術館で買おう
石像へ一礼してドアに手をかけた
*
エカテリーナが、さっきからパソコンを見て何やら考え込んでいる
今はノアルが抜けた穴をエカテリーナが引き継いで経理の担当もしてくれている
ありがたい 私は数字を見ると、蕁麻疹が出てしまうから
「何見てるの?」
「支払い明細」
やばい、買い出しのついでに、自分のおやつを買ってるのがばれたのか?
ドキドキしながら聞いてみた
「経費結構かかってるの?」
「何言ってんのあんた? 私の個人のカードの明細を見てるだけよ」
セーフ!!ばれてなかった
私はカードなんか持ってない。
持っていると使いすぎるからっておかーさんに持つなと言われている。
おかーさんは正しい判断だと思う。
エカテリーナが画面をスクロールしている
おやつの件がばれていなかったので、安心して画面を覗き込む
猫の餌。
猫のおやつ。
猫じゃらし。
赤い首輪。
子供服
ぬいぐるみ。
チャイルドシート。
また猫の餌。
「さすが猫撫士、猫ばっかりじゃん」
「うるさいわね、何その猫撫士って」
わらしちゃんは、赤いワンピースを着て猫又の二本の尻尾を結ぼうとしてい嫌がられている。
エカテリーナは画面を上まで戻した。
カランカラン
黒いロングコートに黒い手袋。
背が高くて目つきが悪い外人が入ってきた
絶対、普通の人じゃない。
でも、よく見ると 両手には秋葉原の紙袋。
何者?エカテリーナの友達? 目つきが悪くてただ者じゃないならきっとそうね
エカテリーナを見ると、ちょっと驚いた顔で、目付きの悪い男を見ている
やっぱり知り合いだったんだ
この間のハエの仲間じゃないよね? それともあいつのお父さん?
だったらまじ笑える。
わらしちゃんが立ち上がった。
男の足元へちょっと近づき紙袋を覗く。
男が静かに袋を後ろへ隠した。
わらしちゃんも後ろへ回る。
男が反対側へ持ち替えた。
わらしちゃん多分途中から楽しくなってきてる
「久しぶりね」
エカテリーナの声がした。
やっぱり知り合いじゃん
「久しいな、エカテリーナ・サバノスキー」
サバノスキー! エカテリーナの本名初めて知った!!
サバノスキーって言ったよね もうダメ、、、 面白すぎる
鯖を焼かないサバノスキー、、、
「本部からの帰還命令を伝えに来た」
エカテリーナが私を睨んでる 私の考えてる事見破られてる
ん?帰還命令?
「本部の執行官よ」
「刺客ってやつ?」
男は答えない。 エカテリーナも男を睨んでる
でもアキバの紙袋持った刺客?
大五郎さんが厨房から顔を出した。
死神ちゃんはソファーから身を乗り出して興味津々
びんちゃんは、いつの間にかカウンターの端に座っていた。
チャラ男はいない、弁当の容器を回収しに行っている。
「本部は、あなたの長期滞在を問題視している」
男が黒い封筒を取り出しエカテリーナの前に差し出す
エカテリーナは受け取らない。
今はパソコンの画面を睨んでる
「報告書の未提出。命令の不履行。経費の私的流用」
猫又がアキバの紙袋の匂いを嗅いでいる。
男は足で紙袋を自分の方へ寄せる
猫又がマーキングの準備に入ろうとした時
「帰還に応じない場合、給与、経費、その他すべての支給を停止する」
「ポルシェも?」
男が私を見た。
「当然だ」
マジか!!猫又やっておしまいなさい!!
男は紙袋を胸に抱えて3歩下がる
エカテリーナがパソコンの画面をスクロールしている
「私の物、ほとんどないわね」
エカテリーナはパソコンを閉じた。
バッグから黒いカードを出す。
その横へ、ポルシェの鍵を置いた。
「もういいわ。私、辞めるから」
お店の中には窓際の 黒猫チビの寝息だけが流れている
「聞こえなかった?」
「そんな簡単に抜けられる組織ではない、お前もそのぐらいはわかっているだろう?」
「給料も経費もいらないって言ってるんだから、それでいいでしょう!それともあんた私とやり合うつもり?」
「金の問題ではない」
「じゃあ、どういう問題なの?」
男はエカテリーナを見た。
「帰還を拒否した場合、処分せざるを得ない」
大五郎さんが厨房から出てくる。
エカテリーナは椅子に座ったまま相変わらず不敵に笑ってる
「いい事思いついた!!」
みんなが期待を込めた目で私を見る
「私の正拳突きで、冥府に送られたことにすればいいじゃない」
「前にも悪魔をぶっ飛ばしたことあるし」
「私に負けて冥府に送られて終わり。それでいいでしょう?」
死神ちゃんが
「イツキに倒されたことにすれば、本部も納得するんじゃない? 実績あるし、それで納得出来ないなら刺客君はイツキに冥府に送られる可能性が高くなる」
「エカテリーナがやられて、
刺客はそれをみて逃げ帰ったって事にしたらいいじゃん」
男は黙って考えている。
あれ?
もしかして解決?
「報告書には、こちらの女の攻撃を受けた事によりエカテリーナが消滅したと記載する」
男は黒い封筒をしまった。
「支給品を回収、現地指揮官に報告後帰投する」
「はい、決まり!」
エカテリーナがカードと鍵を男の前へ押した。
刺客はなにやら不満そう
「何?」
「いや」
紙袋を持ったまま、立っている。
「あの」
「何よ」
「もう少し、ごねてもらえないだろうか」
皆の動きが止まった
「は?」
「交渉が難航したことにする必要がある」
「ないわよ」
「抵抗してもらっても構わない」
「嫌よ」
「一度、持ち帰って検討するとか」
「今決めたもの」
わらしちゃんが、その隙に紙袋へ手を入れた。
細長い箱が出てくる。
男の手が動く。
わらしちゃんの方が一拍早い。
精巧に作られた女の子のフィギュア。
「それ、秋葉原で買ったの?」
「現地調査だ」
「ゲームもあるぞ」
「触るな」
男の声が、今日一番大きかった。
「もしかして、日本のサブカルが好きなの?」
「任務に必要な知識だ」
「どこ行ったの?」
「秋葉原だけだ」
「中野は?」
男の眉が少し動いた。
「まだだ」
「ジブリ美術館は?」
今度は、はっきり動いた。
「行きたかったの?」
「任務が早く終了しすぎた」
「だから、もうちょっとごねろって言ったの?」
男は答えない。 モジモジしてるだけだ
紙袋を胸の前で持っている。
怖い顔。
でも、袋の上からゲームの箱が潰れないように押さえている。
「じゃあ行けばいいじゃん」
「任務終了後は、速やかに帰投するよう命じられている」
「まだ報告してないんでしょう?」
「していないが、、、」
「じゃあ、まだ終わってないじゃん」
エカテリーナが私を見る。
「あんた、また変な事思いついたんでしょう?」
「良いじゃん。せっかく日本まで来たんだよ。観光ぐらいさせてあげようよ私もジブリ美術館行ってみたい」
「刺客よ」
「オタクじゃん」
「刺客だ」
男が訂正した。
どっちでもいい。
「キャラバン出せば、みんな乗れるよ」
「みんな?」
「せっかくだから」
わらしちゃんが手を上げた。
大五郎さんも厨房からエプロンを外している。
びんちゃんは、もうコートを着ていた。
死神ちゃんは大笑いしている
猫又は黒猫チビのそばにいる
エカテリーナが、カウンターの上に置いたポルシェの鍵を見てため息をついて
「まったく、しょうがないわね」
「中野も行くぞ」
わらしちゃんが刺客に言った。
男は少し考えた。
「先に三鷹だ!子供のお土産を買っておきたい」
*
KGBの前に、白いキャラバンが停まっている。
大五郎さんが飲み物とおにぎりを積み込む。
死神ちゃんとびんちゃんは、もう後ろに乗っている。
わらしちゃんは猫又を抱えて窓際。
エカテリーナが最後に店の鍵を閉めた。
ポルシェの鍵とクレジットカードを刺客に渡す
「忘れものよ、浮かれてるんじゃないわよ!」
「道わかる?」
エカテリーナが運転席から聞く。
「次の交差点を右だ」
カーナビより先に答えが返ってきた。
刺客は、スマホのナビを立ち上げ秋葉原の紙袋を膝の上に抱えニヤける顔を押さえて引き攣らせながらシートベルトをつけ
誰よりも早く助手席に座っていた。




