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第21章 憑依作家

彼の書く文章は、とても独特で人気があるそうだ。


登場人物が本当にそこにいるような。


自分まで物語の中へ入ってしまったような。


そんな文章を書く作家なのだと、エカテリーナが耳元で教えてくれた。


私も何冊か読んだことがある。 私だって本ぐらいは読む


古いアパートに住む中年男の話と、家族に内緒でボクシングを始めた主婦の話。


どちらも同じ人が書いたとは思えなかった。


男が考えていることも、主婦が台所でキャベツを刻む手つきも、どうしてこの人にわかるんだろうと思った記憶がある。


その作家が今、KGBの入り口に立っていた。


カランカラン。


「ごめんください」


チャラ男がドアを開けて、二人の男を中へ招き入れた。


一人は無精ひげを生やした五十歳くらいのおじさん。


くたびれたセーターに、膝の抜けたズボン。


もう一人は、眼鏡をかけたスーツ姿のサラリーマン。


こちらはネクタイまできっちり締めている。


二人とも深刻な顔をしているのに、並ぶとあまりにも釣り合わなくて、ちょっと笑いそうになった。


スーツの人が、鞄から二つ折りになった紙を出した。


「こちらを拝見しまして」


KGBのお弁当のメニューだ


今週の日替わり。


月曜日、鶏の照り焼き。


火曜日、鯖の塩焼き。


水曜日、豚の生姜焼き。


木曜日、鮭の西京焼き。


金曜日、大五郎さんの気まぐれ弁当。


エカテリーナが企画した企業向けのメニューだ


右下の隅に、小さな文字が入っている。


『怪異・霊障等でお困りの方へ  怪異事件ビジネスコンサルタント KGB

 ご相談は弁当注文と同じ連絡先まで』


さすが!!


エカテリーナを見る。


彼女は何も言わず、紅茶を飲んだ。


やるじゃんエカテリーナ!


「それで、何食べたんですか?」


「え?」


「お弁当。何曜日の?」


編集者らしいスーツの人は、一瞬だけ眼鏡の奥で目を泳がせた。


「火曜日の鯖を」


「おお〜。当たりです」


厨房から大五郎さんが顔を出し嬉しそうに笑った


「イツキ。先に依頼を聞きなさいよ」


エカテリーナに肩を突かれた いけない、いけない


「鯖の感想は後ほど詳しく」


スーツの人は困った顔のまま名刺を出した。


出版社の文芸編集部。


この無精ひげの担当編集者だという。


「先生が、登場人物から戻ってこなくなりました」


唐突すぎて意味がわからない。


私は作家先生を見た。


先生はボックス席に座り、壁に飾ってある古いウイスキーの看板を眺めている。


「本の中に入ったんですか?」


「そういう意味ではありません」


編集者が眼鏡を押し上げた。


「先生は執筆中、登場人物になりきるんです

主人公が刑事なら、刑事のように話す。

病気の母親なら、息子を心配しながら咳をする。

小学生なら、打ち合わせの途中でも机の下へ潜る、、、」


「昔は数時間で元に戻っていたんです

原稿を書き終えると、何事もなかったようにいつもの先生へ戻る」


編集者さんはそれが先生の執筆方法なのだと思っていたらしい


病院連れてってやれよ


「ところが最近は、一日経っても戻らないんです 二日の時もありますし

長い時には三日もですよ その間原稿があがらないんです!」


登場人物として生活してしまうからしい


前回は、七十歳の元漁師


出版社の会議室で、存在しない船の修理を始め


「波が高い。今日は港を出られん」


そう言って、二日間、原稿を一文字も書かなかった。


「病院連れて行きなさいよ!

原稿が欲しいからってあんた達は何やってるの?」


エカテリーナが正論をぶつける


「病院でも検査を受けたんです!身体にも脳にも、特に異常は見つからなかった」


死神ちゃんがスポーツ新聞を畳んで先生を見ている


「困ります。非常に困ります。次の締め切りまで、もう五日しかありません」


心配しているのは先生なのか、原稿なのか。


多分、両方だろうな


先生はただ、どこか遠くを見るような目で座っている。


編集部へ戻った担当者が食べ終わった弁当の下から、あのメニューを見つけここへ先生を連れてきたという。


弁当の広告いい仕事してる! エカテリーナを見る。


ドヤ顔でカップを持ち上げた。


ポーチの中から、クシナダヒメが


「おぼこよ。そやつに、あやかしの気配はないぞ」


「違うの?」


「ワラワには見えぬ。死神よ、お主の管轄じゃ」


死神ちゃんが、ゆっくり先生へ顔を向けた。


それから先生ではなく、その少し後ろを見る。


しばらく黙っていた。


「やっぱりいるね」


「何が?」


「若い女の人の霊」


幽霊来た! 初の幽霊!!


作家先生の肩が動いた。


「髪は、肩くらい。革の上着を着ている。ずいぶん古い形だな。赤い鉢巻き……竹刀も持ってる」


先生が立ち上がった。


さっきまで遠くを見ていた目が、初めて死神ちゃんを真っ直ぐに見た。


「依頼は取り下げます」


編集者が慌てて


「先生!?」


「相談料は払います。このままでいい。何もしないでください」


「、、、このままが、、良い」


最後は消え入るような声になっていた


店の中がざわついた。


「ちょっと待ってください。何を言っているんですか。三日も戻らなかったんですよ」


「それでもいい」


「原稿はどうするんです!」


やっぱり、そこは大事らしい仕事熱心だ


先生は答えない 俯いているだけだ


先生の後ろに、うっすらと若い女の人立っているの輪郭が、、、


死神ちゃんは 私にはうっすらとしか見えない女性を見ながら頷いたりしてる


「君が説明したくないなら、僕が代わりに説明してもいいかな」


死神ちゃんが先生に聞いた。


「彼女から、君への伝言も預かっている」


先生はしばらく俯いていた。


「お願いします」


死神ちゃんがしばらく女の人と向き合ってから 話を始めた


二人が一緒に暮らしていたのは、ずいぶん前のこと、

先生はまだ売れない小説家、 彼女も女優とは呼べなかった。


先生はアルバイトをしながら小説を書き、彼女は小さな劇団と撮影所を行き来していた。


名前のない役ばかりの日々


通行人や病院の受付。 喫茶店の客 刑事に写真を見せられる近所の主婦

いわゆるエキストラってやつ 台詞が一つでもあれば、彼女は喜んだ


先生は原稿用紙に向かいながら、その報告を聞いて一緒に喜んでいた


彼女は役をもらうたびに、別の人格になった 役作りに没頭するあまり


声も歩き方も。 煙草を持つ指まで変えた


「先生は、それを見るのが好きだったんだよね」


死神ちゃんが優しく尋ねると先生は困った顔で頷いた


ある夜、彼女が台本を胸に抱えて帰ってきた。


主役と何度も絡む役で女暴走族のリーダーで台詞も名前もある。


撮影は三日間。


彼女にとって初めての大きな役


次の日から、彼女は女暴走族になった。


声が低くなり先生を「あんた」と呼んだ。


近所の八百屋へ行くだけなのに革の上着を着て、原付バイクのエンジンを何度も吹かした。


先生が危ないからやめろと言うと、


「天上天下唯我独尊」


そう言って笑った。


撮影当日の朝彼女は赤い鉢巻きを巻き、原付バイクで家を出たきりそのまま、撮影所には着かなかった。


交差点でトラックと衝突して彼女は死んだ。


「自分が死んだことを、よく理解できなかったみたいだ」


死神ちゃんが静かに言った。


「撮影現場へ行かなければならない。それだけを考えて、しばらく街をさまよっていたと言ってる」


やがて彼女は家に帰りつくと一人で小説を書いてる先生

何も書けなくなって頭を抱えている

彼女は先生の書いている物語を覗き込んだ。


夫に隠れてボクシングを始めた主婦の話


彼女は、その役を演じた。


先生に憑依して、、、


台所でキャベツを刻む手つき。


グローブを初めてはめた時の重さ。


殴られた後、家族にばれないようファンデーションを塗っている気持ち。


彼女が演じ、先生が書いた。


古いアパートに住む中年男。


その次は、小学生。


刑事。


母親。


船乗り。


生きている間にもらえなかった役を、先生の物語の中で演じ続けた。


その結果 先生の小説は売れた 登場人物が本当に生きているようだと言われ

憑依作家と呼ばれる様になっていった


先生は、それが自分だけの力ではないと、どこかで気づいていたらしい


誰かがそばにいる気配 時々、懐かしい匂いもする


自分の知らないはずの感情が、身体の中へ流れ込んでくる。


「最近、長く戻れなくなったのは、彼女の力が強くなったからじゃない」


死神ちゃんは、先生の後ろにいる女性へ目を向けた。


「自分の役を終わらせたくないんだよね」


革の上着の女が、俯いた。


先生の身体を借りて役を演じている間だけ、自分はまだ女優でいられる。


先生のそばにもいられる。


だから、役から降りることができなくなった。


死神ちゃんが、彼女の言葉を先生へ伝えた。


「あなたの力になりたかった」


先生は黙って聞いている。


「私が演じれば、あなたの物語がもっと面白くなると思った。でも、私のせいで書けなくなった。役に立てないなら、私はあなたから離れるべきだ」


「嫌だ!」


先生は力強く答えた。


編集者が先生を見る。


「もう小説は書かない」


今度こそ、編集者の顔が真っ青になった。


「先生〜」


「趣味で書けばいい。売れなくてもいい。締め切りもいらない」


「いやまだ締め切りは要ります、連載中の作品どうするんですか〜」


「君がいるとわかったのに、今さら離れられるわけがないだろう!」


先生には彼女が見えていない。


それでも、その人が立っている場所を真っ直ぐに見た。


革の上着の女が、悲しげに微笑む


「気持ちはわかるけど、それは僕が見逃せないんだ」


死神ちゃんが言った。


「死神と言う仕事上ね」


死神ちゃんは優しい声で冷たい事を言う


「彼女は、もう長くここに留まりすぎている。このまま人の身体へ入り続ければ、君にも彼女にもよくない。輪廻の輪へ戻ってもらうよ」


「そんな……」


先生が死神ちゃんの袖を掴む


編集者も止めたいのか、小説を書いてほしいのか、どちら側に立てばいいのかわからない顔をしている。


緊急会議が始まった。


「何か方法ないの?」


「死者を人間のそばへ置いておくのは難しいね」


「依代に移すのはどうじゃ」


「本人の魂だから、物に閉じ込めるのはよくないよ」


「悪魔と契約すれば?」


チャラ男が言った。


エカテリーナが睨んだ。


「低級悪魔が何言ってるの!」


びんちゃんは、いつもの音の良い指定席


大五郎さんは腕を組み、難しい顔をしていた。


わらしちゃんは先生の後ろに立ち、革の上着の女をじっと見ている。


死んで魂だけか


人間の身体には戻れない。


でも、魂のまま働いている人を、私は知っている。


「死神ちゃん」


「何?」


「死んだ人の魂でも、死神の仕事はできないの?」


全員が私を見た。


死神ちゃんまで、目を丸くしている。


「だって死神ちゃん、死神のリクルーターなんだから。それくらい簡単にできるでしょ」


「君、僕の仕事をずいぶん簡単に言うね」


「できないの?」


「できる」


「それだ!!」


みんなの声が重なった。


先生の後ろで、彼女も驚いている。


リクルーターの死神ちゃんが入社説明を始めた


一度死んでいる魂なので、元の身体へ戻すことはできない。

死神になっても、普通の人間には見えない。


最初は意思を伝えることも難しいが、仕事を覚えて力が安定すれば、今より長く先生と話せるようになる。


休みの日には、ここへ来ることもできる。


「仕事は、亡くなった人を迎えに行くこと。怖い仕事じゃないよ。その人が迷わないように、次の場所まで案内するだけだから」


彼女は黙って聞いている。


今度は、死んだ人が最後に会う案内人になるって言ってる


お迎え係の方か、、、


彼女が、ゆっくりとうなずいた。


「決まりだね」


死神ちゃんが笑った。


「しばらくは研修期間に入る勝手に人へ憑依しない事、守れる?」


「成績次第でボーナスも出るから頑張ってね、因みにボーナスは生前の会いたい人に会える、輪廻に戻れる、後は、、天国体験ツアーとかもある」


彼女は力強くもう一度うなずいた。


「先生」


編集者が、おそるおそる声をかけた。


「これで、小説は書けそうですか、、、」


先生はしばらく考えた。


「書きます」


編集者の安堵のため息が盛大に漏れた


依頼は解決した。


みんなが先生と、新しく死神になる彼女の周りに集まっている。


姿が見えない編集者だけは、先生が誰もいない場所へ話しかけているのを不安そうに見ていた。


でも、原稿を書くと言ったので、もう何でもいいらしい。


私は、その場から少し離れみんなを見ている 死神ちゃんの隣に座った


「ねえ死神ちゃん」


「何?」


「さっき言ってた、ボーナスってどんなのがあるって言ってたっけ」


「いろいろもう一度、輪廻の輪へ戻ることを選べたり」


「うん、それから」


「死に別れた人と、もう一度会わせてもらえることもある」


私は二人を見た。


それって――


死神ちゃんが不敵な笑顔を見せる


「入社祝い金みたいなものさ」


なるほど。私も貰った、、、


死神ちゃんにとても気になることを聞いてみた


「天国体験ツアーって、言ってた気がするんだけど、、」


死神ちゃんは笑って答えてくれなかった。


私は天国の売店で何を売っているのか、気になって仕方がない


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