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第2章 赤鬼三色になる

どうすべ。


まじで、どうすべ。


もうすぐ稲刈りが始まる。


出稼ぎも終わりだ。


帰らなきゃならねぇ。


でも、金がねぇ。


電車賃がねーだ。


昼飯を節約して食わねぇから、みんなから離れて、現場の鋼材の上に座って頭を抱えていると、いつもの野良猫がやってきた。


めんこい茶トラ。


「すまねぇ。今日は、おめーに食わしてやるもんがねぇだよ」


この一週間、朝に一個、寝る前に一個。


一日二個の握り飯しか食ってねぇ。


オラがバカなせいで……。


猫は、オラたちと話ができる。


めんこい茶トラが言うには、この現場の裏通りに、変な相談所があるらしい。


困っているなら、そこへ行ってみろと言われた。


オラは、藁にもすがる思いで猫の言うことを信じた。


もう、オラじゃどうにもなんねぇ。


足場解体の仕事が終わってから、猫が言っていた相談所へ向かった。


確か、コンビニの二階だったなぁ。


窓には看板が出ている。


元の店名の上に、ガムテープが貼られていた。


そのガムテープには、


『怪異事件ビジネスコンサルタント(KGB)』


と、へたくそな字で書いてある。


ここだな。


猫が言ってたとおりの、変な相談所だべ。


カランカラン。


ぐうぅぅぅ〜。


ドアを開けると同時に、すげぇ音でオラの腹も鳴っちまった。


恥ずかしくて、顔が熱くなっちまう……。


そんなんでモジモジしてっと、カウンターの奥から、ジャージ姿で頭にタオルを巻き、雑巾を持った女の人が出てきた。


アルバイトの掃除のねーちゃんみてぇだ。


「いらっしゃっ……って、デカっ!! 鬼!? しかも赤鬼???」


ヤベェ……。


角、隠すの忘れてただ。


そんなことを思った途端、足から力が抜けていくような気がした。


目の前が、真っ白になっちまっただ。


*


開業して一週間。


予想はしてたけど、お客さんなんか全く来ない。


近所の野良猫しか集まってこない……。


エカテリーナは迷惑そうな素振りを醸し出しているつもりだろうけど、私にはお見通しだ!!


アレは絶対、猫好き。


しかも、相当な。


猫を撫でるエカテリーナの手の動きは、まさにプロの猫撫士のようだったもん。


怪異事件なんて、しょっちゅうあったら、それこそおかしいわ。


妖怪なんて、東京にはもういるわけないもん。


最初に気がつくべきだったのよ。


エカテリーナが、


「ビジネス街では、結構怪異が絡んだ案件があるのよっ!」


なんて言ってたから、私もこんな感じだし、まあそうだろうなと思って、口車に乗って始めちゃったのだけど……。


まあ、文句を言ってもしょうがない。


仕事がなければ、仕事を作ればいいの。


ってことで、せっかくしっかりした厨房設備があるんだから、使わない手はない。


幸い、仕事のできるエカテリーナさんは、このお店を見て、開業届を出すときに飲食もできるように届け出ていたらしい。


それを聞いたので、夜だけBARをやって、日銭を稼ぐことにした。


チャラ男は、見た目どおりお酒に結構詳しくて、簡単なカクテルなら作れると言ってるし。


私も、簡単な料理なら作れる。


おかーさんから教えてもらったからね。


あとは、私が食品衛生管理なんちゃらっていう講習を受ければいいらしい。


そんなことを考えていたら、目の前で赤鬼がぶっ倒れた。


顔が、どんどん青くなっていく。


どっちなんだよっ!


心の中でツッコミながら、この巨体をどうすればいいのか持て余していると、死神ちゃんとエカテリーナが、夕飯の食材を買って帰ってきた。


ぶっ倒れている青鬼を見て、二人は一瞬ぎょっとした。


そして、そのまま店の外へ出ていこうとした。


でも、困っている私を見て、踏みとどまってくれたようだ。


「どうしたのよ、コレ。あんた、またぶっ飛ばしたんじゃないでしょうね〜」


「またって何よ! 失礼しちゃうわね。今まで一度もぶっ飛ばしたことなんかないですよっ!」


「あのパーティーのことを忘れたとは言わせないわよ。あれは一体、何だったの? イツキ?」


「あああ〜、アレね! アレはぁ〜……お仕事。そう、お仕事よ!」


「なんか君たち、漫才をして盛り上がってるみたいだけど、この人、お腹空いてるんじゃないの? さっきからお腹、グーグー鳴ってるよ」


漫才をしているつもりはなかったんだけど。


死神ちゃんにそう言われて、何か食べ物がないか探してみた。


そういえば、私のバッグにうまい棒があった。


コーンポタージュ味を取り出して、青鬼の鼻先へ近づけてみる。


青鬼の目が、カッと開いた。


「目を覚ました!!」


「大丈夫? お腹減ってるの? 低血糖になったってことね。無理しないで、ゆっくり動いていいから。あっちのボックス席に移れる?」


鬼は、なんとかボックス席まで移動した。


まだ少しフラフラしているみたいだし、息遣いも荒い。


「これでも飲みなさい。ゆっくり飲むのよ。火傷しないようにね」


エカテリーナが、いつの間にかホットミルクを作って持ってきていた。


悪魔なのに、優しいじゃん。


鬼は、大五郎と名乗った。


少し落ち着いたらしく、ポツポツと事情を話し始めた。


東京へ来るのも、出稼ぎをするのも、初めてだったのだという。


テレビで東京の街を見たとき、般若のような顔をした人たちが、たくさん歩いているのを見たらしい。


仲間がたくさんいるなら、出稼ぎに行ってもいいかなって思ったんだって……。


般若のような顔になる。


通勤ラッシュのことだろう。


的を射てるわ。


建築現場で働き始めた大五郎さんは、そこで一人の同僚と知り合った。


その同僚が街金からお金を借り、返せなくなって困っていたので、相談に乗ってあげたらしい。


必ず返すと言われて、お金まで貸しちゃったんだって。


「そいつ、十日ぐらい前から姿が見えねぇだ。街金から、ひでぇ追い込みかけられてたみてぇだから。オラ、心配だよ」


なんてお人好しで、なんて馬鹿なの?


何、この人?


この鬼か……。


鬼なのに。


エカテリーナは、呆れて口が開きっぱなし。


死神ちゃんは、天井の遥か先に焦点が合っている。


「もうすぐ稲刈りだから、早く帰んねぇといけねぇだよ……。オラ、人より力があるから、手伝うとみんな喜んでくれるだ。爺さん婆さんばっかりだからなぁ〜」


大五郎さんは、恥ずかしそうに俯いた。


「馬鹿でウスノロのオラでも、役に立つのが嬉しい……」


少しだけ、頬を染める。


赤鬼から青鬼になって、今はピンク鬼になってる。


今、私も貧乏だから、お金を貸してあげられないのよね〜。


「あっ、そうだ!!!」


私は、エカテリーナを見た。


「エカテリーナ、お金持ちでしょ! お金貸してあげてよ。このピンク鬼に」


「あんた、私を誰だと思ってるの? 悪魔よ!! 契約して私の手下になるなら、お金は出すわ」


「出た出た、ツンデレ悪魔!! 大五郎さん、契約しましょっ」


「だども……そうすっと、村に帰れねぇんだべ?」


「もう〜、わかったわよ。ここにいなさい!」


みんな、目を丸くして私を見ている。


なんで驚いているのか、よくわからない。


「だって、バックヤードに倉庫兼更衣室があるじゃない。そこで暮らして、仕事を探して、お金を貯めてから帰ればいいじゃん。ここの掃除で家賃は相殺!!」


「イツキ……あんたも、このピンク鬼に負けないくらいお人好しだってこと、忘れてたわ」


「じゃあ、そうと決まれば夕飯を作りましょう。ちょっと早いけど、お腹も空いてるでしょ?」


私は腕まくりをした。


「元気が出るもの作ってあげるわよ!! これでも私、おかーさんから料理を習ってて、結構、味には自信があるの」


「オラ、手伝うだ」


みんな、あっけに取られていた。


大五郎さんが包丁を使えるというので、食材を切ってもらう。


何、この人?


鬼か?


そこじゃなくて。


めちゃめちゃ包丁遣い、うまいんですけど。


主婦、顔負けなんですけど……。


エカテリーナが感心したように、大五郎さんの手元を見つめている。


「あんた、料理作れるの? 何か一品、作ってごらんなさいよ」


「うんだ。ずっと一人で暮らしてたから、料理はやってただよ。田舎料理でよかったら、泊めてもらうお礼に、オラが作るだよ」


またピンク鬼になった大五郎さんは、恥ずかしそうに微笑むのだった。

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