第1章 錦糸町のコンビニの2階
「ワラワを封印するとは、あやつらは……」
ポーチの中から、櫛が話しかけてくる。
なんでこんなことになっているの?
自分の今の状況を冷静に見ると、我ながら信じられないほどシュールで笑っちゃう。
おかーさんは、釈放された私を真っ先に会社へ連れて行った。
「皆さんにご迷惑をかけたんだから、ちゃんと謝ってきなさいよ!」
「どんな結果になっても、文句言うんじゃないのよ!」
わかってる。
留置所で死神ちゃんにも、
「まあ、きっとクビだろうね。これで死神業にも専念できるね。wwww」
とか言われてたし……覚悟はできてるわよ。
それにしても、変なことに首を突っ込んでしまった。
あ〜あ、これからどうしよう。
「――というわけでね、イツキくん。こちらも断腸の思いなのだが……」
応接室でパイプ椅子に腰掛けた私に、センスの悪いネクタイを締めた課長が、書類を差し出してきた。
『解雇通告』
予想どおりです。
理由は三つ。
第一に、
いくら不起訴になったとはいえ、現行犯で警察に捕まり、ブタ箱に入れられたこと。
第二に、
そのせいで、無断欠勤に近い形で二週間も会社を休んだこと。
そして第三に、
「ロシア大使館との二重雇用契約。これは明確な就業規則違反だ。うちの会社、一応『副業禁止』だからね」
「ですよね〜……」
ぐうの音も出ない。
本当は、神様からお仕置き業務も任命されて三重契約なんです。
とか説明したところで、「頭のおかしいやつ」と思われるだけなので、私はおとなしく首を縦に振った。
「いろいろご迷惑をおかけしました。すいませんでした」
ちゃんと謝ったよ! おかーさん!
トボトボと私物の入った段ボールを抱えて会社を出ると、台車の陰から経理の女子社員が小走りで近寄ってきた。
「イツキちゃん! ……ごめんね、力になれなくて」
「ううん、私が悪いんだから。今までありがとうね」
私は悪くないんだけど、説明するのもめんどくさいので、お茶を濁した。
「そんなことないよ! ……これ、内緒ね?」
彼女が声を潜めた。
「イツキちゃんのクビが決まったとき、課長、真っ先に役員室へ抗議に行ったんだって」
「え……課長が?」
「うん。それに、いつもイツキちゃんが無理な配車を泣きついていたベテランドライバーのおじさんたちや外注さんも、みんなで『解雇を取り消してくれ』って嘆願書を会社に出してたの。結局、上層部が頑固でダメだったんだけど……」
胸の奥が、じわっと熱くなった。
課長……あんたも、わかりづらくてめんどくさいやつだったんですね。
でも、自分が少しずつ変わろうとして作った笑顔や挨拶は、ちゃんと届いていたんだな。
そう思うと、段ボールを持つ手にぎゅっと力が入った。
「みんな、ありがとう……」
ちょっと鼻の奥が刺激されてしまった。
ほっこりとした気持ちにはなったけど、やっぱり無職決定という事実のほうがデカい。
あ〜あ。
これからどうしよう〜。
いつものコンビニの喫煙所にたどり着くと、そこにはあまりにも見慣れた、だけど一般人が見たら警察に通報しかねないメンツが揃っていた。
うだつの上がらないおじさんの姿をした死神ちゃんが、タバコを吹かしている。
売れないホストのような金髪悪魔チャラ男は、半透明のノアルと仲良く缶ジュースを分け合っている。
そして、その傍らには、コムデギャルソンのスーツを完璧に着こなした超絶美女悪魔、エカテリーナがポルシェに寄りかかっていた。
「おかえり、イツキ。やっぱりクビだったろ?」
死神ちゃんがニヤニヤしながら聞いてくる。
神様のくせに、本当にデリカシーがない。
「当たり前でしょ! 誰のせいでこうなったと思ってるのよ!」
それから私は、エカテリーナに向き直った。
「でも、ありがとう、エカテリーナ。いろいろ動いてくれて。本の差し入れも……」
「別に、感謝されるようなことはしてないわよ。ただちょっと、あんたが可哀想になって……」
エカテリーナは、ふいっと顔を背けた。
「私は鉄格子が大っ嫌いなの。あんたがそんなところにいると思うと、私まで嫌な記憶が蘇ってくる。それが耐えられなかっただけよ! 調子に乗らないでね」
出た出た。
ツンデレ悪魔wwww
「なんか昔に嫌なことあったの? 悪魔の過去って、ちょっと気になる」
エカテリーナは、少し寂しげな、それでいて懐かしそうな目で、ビルの隙間から頭だけ見えているスカイツリーを眺めていた。
答えてはくれなかった。
私たちのやり取りを、みんながニヤニヤしながら見ている。
なんか嫌な予感がしてきた。
「と、いうわけで、私はこれから就職活動に専念します。それじゃっ」
さっさと退散しようとしたところで、エカテリーナに肩を引っ張られた。
嫌な予感、的中。
数十分後。
私は青山のオフィスビルの前にいた。
ポルシェでの移動中のことは、よく覚えていない。
荒波に巻き込まれていたような感覚しか残っていない。
エカテリーナがドヤ顔で、
「あんた、せっかくクビになったんだから、ビジネスを始めるチャンスよっ!」
とか言って、私をポルシェに乗せたところまでは覚えている。
「ちょっと、聞いてるの、イツキ。またなんか違うこと考えてるでしょ〜」
「何? なんか言ってたの?」
「だから〜、怪異とか霊障とか、ビジネス街でも結構起きてるってこと」
「うんうん。あるだろうね。私だって、こんな感じだし」
「もう、全然聞いてないじゃない! それを解決する仕事を始めるのよ!」
「エカテリーナ、すごい! 頑張ってね。私も応援するから、手伝いぐらいなら……」
「何言ってんの?」
エカテリーナが私を指さした。
「あんたがやるに決まってるでしょう! そんな力を持っていて、何、普通のOLに戻ろうとしてるのよ。それに、あんたと契約した世界征服は、まだ有効なんだから。しっかりしてよ」
「へっ!? あれって……まだ継続中なんですか……」
「私を誰だと思ってるの? 上位悪魔よ! 悪魔は契約に対して結構うるさいの。契約は契約!」
「ああああ〜! あのとき適当なことを言ったばっかりに!」
「あんたの適当って、スケールでかいわよ!」
エカテリーナは大爆笑している。
私はそれどころじゃない。
世界征服とか……死神の配車係とか……神様から押しつけられたお仕置き係とか……。
あ〜あ。
本当にこれからどうしよう〜。
自分の軽率さに、ほとほと呆れた。
青山のオフィスは、速攻で却下した。
家賃が国家予算レベル!!
失業中のOLを舐めるなよ。
ブツブツ文句を言っているエカテリーナをなだめてコンビニに戻ると、死神ちゃんだけが待っていた。
「エカテリーナの提案には僕も賛成。もう君は普通じゃない。スサノオ様の実質的な下請け業務を任されてることを、しっかり受け止めてほしい」
何よ、二人して。
「ハイハイ。もう、しょうがないからやりますよ! やってやりますともよ!」
私は半分ヤケクソになって、二人にそう答えた。
でも、あの青山のオフィスはないでしょう?
ふと、コンビニの二階を見上げた。
窓に『貸店舗』の看板が出ている。
「ねえ、あそこでよくない?」
コンビニの二階は、居抜きの古いバーだった。
使い込まれたカウンター。
奥には、結構ちゃんとした厨房設備。
ボックス席が二つ。
広くはないけど、みんなが入っても十分な広さがある。
何といっても、艶のある木材をふんだんに使った内装がカッコいい。
チャラ男が掃除を手伝ってくれている。
というか、手伝わせている。
死神ちゃんは「営業に行ってくる」とか言って逃げてしまった。
エカテリーナは、開業届や役所関係の手続きで走り回っている。
私は、この店で使われていた電飾看板の『BAR響』という文字の上にガムテープを貼った。
そして、マジックの太い文字で書いた。
『怪異事件ビジネスコンサルタント(KGB)』




