第3章 座敷わらし
建売業者から、建物の解体を依頼された。
しかし、一向に工程が進まない。
足場業者が使っていたインパクトドライバーは、バッテリーがいかれた。
重機を運ぶ回送車は、現場へ来る途中で事故を起こした。
やっと重機が届いたと思ったら、今度はその重機が故障した。
メンテナンス業者に来てもらったが、異常は見当たらないという。
リース会社に再度手配を頼んだものの、現在、同じ仕様の重機はすべて出払っているらしい。
他の営業所にも確認してもらっている。
返事待ちだ。
仕方がないので、建物内部の作業に取りかかることにした。
しかし、不思議なことが起きた。
職人が中へ入ると、住人などいないはずの屋敷から、廊下を走る足音が聞こえるという。
時折、子供のクスクス笑う声まで聞こえるらしい。
職人たちは気持ち悪がり、屋敷の中へ入ることを躊躇している。
どちらにせよ、本当に子供が紛れ込んでいるのだとしたら、危険で作業を進められない。
もう三日も、工程が遅れている。
事務所へ戻ると、契約期間を終えた大男が、先月分の給料を受け取りに来ていた。
今どき珍しく、銀行振り込みではなく、手渡しを希望していた男だ。
何気なく雑談をしていると、
『怪異事件ビジネスコンサルタント』
という、怪しげな名前の場所に世話になっていると、ぼそぼそ話し始めた。
私は、幽霊など信じていない。
だが、現在の現場の状況を考えると、もしかすると……などと思ってしまった。
大五郎というこの大男が、これからそこへ帰るという。
社用車で送っていきながら、現場の話を聞いてもらうことにした。
「着いただよ。ここの二階が、さっき話した、オラが世話になってる怪異事件ビジネスコンサルタントだ」
社用車を近くのコインパーキングへ停め、入り口の前に立った。
看板には、ガムテープの上からマジックで、
『怪異事件ビジネスコンサルタント(KGB)』
と書いてある。
KGB?
KJBだろ?
しかも、ガムテープの上にマジックで書いてあるし……。
年配者がやっているらしいな。
笑いを堪えながら、ドアを開けた。
*
カランカラン。
「いらっしゃいませ!!」
ついに来た!!
本当の、ちゃんとした依頼者だっ!
しかも企業案件!!
「今、大五郎さんからお話を聞きました。所長さんのお悩みは、この怪異事件ビジネスコンサルタントにお任せください!」
大五郎さん、使える!!!
話を聞くと、監督さんではなく所長さんだった。
決裁権あるじゃん。
ラッキー!!
死神ちゃんが言うには、多分、
座敷わらしか。
土公神の祟りか。
あとは、家鳴り?
倉ぼっこ?
そのあたりじゃないかという。
私には、座敷わらしくらいしかわからない。
さすが神様。
とりあえず、現地へ行かないと特定できないらしい。
所長さんの車に私と死神ちゃんを乗せてもらい、現場へ向かうことにした。
現場に着くと、誰もいなかった。
このままいても仕事にならないからと、職人さんたちには早く帰ってもらったらしい。
そこにあったのは、古くて立派なお屋敷だった。
足場を覆うメッシュシートの中へ入ると、それまで輪郭しか見えなかった建物の細部が、少しずつ見えてくる。
やっぱり、カッコいい。
黒っぽい、太い木材。
玄関の引き戸のガラスには、和風の絵がデザインされている。
「壊すの、もったいないよね」
「この家を売った売主さんにも、いろいろ事情があるみたいですね」
一緒についてきた所長さんが説明してくれた。
「これだけの広さの土地を相続するとなると、相当な相続税がかかりますからね。大体そのあたりがネックになって、大きな家は取り壊され、建売住宅の業者やマンション業者が買うんですよ」
「お金持ちには、お金持ちの気苦労があるんですね。庶民の私にはわかりませんけど」
私は、もう一度屋敷を見上げた。
「でも、なんかもったいないね」
所長さんが、小さな投光器を持ってきてくれた。
死神ちゃんがそれを受け取り、私たちは屋敷の中へ入る。
「私は車で待っています。いろいろ、事務的な仕事がまだ残っていますので」
所長さんはそう言うと、逃げるように建物から離れていった。
幽霊なんか信じてないって言ってたのに。
やっぱり、ちょっと怖いんだ。
玄関を開けると、交渉相手はすでに待っていた。
艶のある廊下の上。
おかっぱ頭で、日本昔ばなしに出てくるような着物を着た、小さな女の子が正座している。
「いらっしゃいませ。神様の気配がしたので、お迎えにあがりました」
女の子は、無表情のまま頭を下げた。
「あたいの願いが神様に届いて、嬉しい。助けに来てくれたのですね。どうぞ、お入りください」
まったく子供らしくない話し方。
そして、まったくの無表情。
女の子は、私たちを屋敷の中へ案内した。
「やっと来てくれた。あたいの力では、どうにもならなかった」
廊下を歩きながら、座敷わらしは事情を説明してくれた。
「家の気が弱まって、土公神様も弱って動けなくなったの」
座敷わらしが襖を開け、私たちを土公神様のいる畳の部屋へ招き入れた。
カビ臭い、暗い部屋。
ボロボロの薄い布団の上に、老人らしき影が横たわっていた。
「いつも、すまないね〜。わしがこんなんばっかりで。わらしちゃんには、いつも世話になりっぱなしだよ。ゲホゲホ」
この人が、土公神様?
なんか、イメージしてたのと違うんですけど。
痩せ衰えて、顔は土気色。
着物もボロボロ。
薄い布団の上に横たわっている。
「それは言わない約束だよ」
座敷わらしが、土公神様に水を飲ませる。
目の前で、いきなりコントが始まったのかと思った。
横を見ると、死神ちゃんも笑いを堪えている。
本人たちは大真面目なんだろうけど。
やっぱり、コントにしか見えないんですけど……。
ポーチの中から、クシナダヒメが声を上げた。
「おぼこよ! そやつは、だいぶ弱っておる。そやつの頭にワラワをつけるがよい。少しは元気になるであろう」
死神ちゃんが、櫛になったクシナダヒメを土公神様の頭につけてあげた。
すると、土公神様はどんどん若返っていく。
部屋の中も明るくなり、空気まで清々しく変わっていった。
数分後。
私たちの前では、座敷わらしと同じくらいの年格好になった、身なりのよい男の子が、座敷わらしと二人で平伏していた。
私は、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「わらしちゃんって、家を繁栄させるんでしょう?」
「そうだ」
「お金が儲かるってことでしょう?」
「まあ、そういうこともある」
「じゃあ、なんで相続税とか払えないの? ここの家の人たち」
座敷わらしが、じろりと私を見た。
「なんか馴れ馴れしいな、お前」
でも、助けてくれたから許してやる。
そう言ってから、座敷わらしは続けた。
「あたいの力は、人間を贅沢させるための力ではないんだ。そこを、みんな間違えている。ちょっとうまくいってるからって、調子に乗って贅沢してれば、あたいの力なんて……」
座敷わらしは、隣にいる土公神様を見た。
「愛想が尽きて、この家から出ようと思った。でも、昔から一緒に遊んでくれた土公神様を、置いていけなかったんだ」
「土公神様、移転先について妥協してくれないんだよ」
話を聞くと、
気がどうとか。
方角がどうとか。
間取りがどうとか。
日当たりがどうとか……。
不動産屋泣かせの客みたいで、呆れた。
座敷わらしまで一緒になって、匂いがよくないとか言っている。
すると、ポーチの中からクシナダヒメが言った。
「それなら、ワラワの実家に空き家がある。そこへ移ればよい」
さすが神様。
実家が太い。
クシナダヒメ……。
しかも、朧車まで呼んでくれるらしい。
朧車って、何?
この神様とは、私はやはり気が合いそうだ。
タクシーを配車するような軽さで、解決策が決まってしまった。
こんなので所長さんから報酬をもらっていいのであろうか。
途中から、少し心配になってきた……。
朧車に乗り込む土公神様は、出雲への栄転に小躍りしている。
牛車って、初めて見た。
座敷わらしは相変わらず無表情だった。
でも、なんだか少し寂しそうに見える。
「わらしちゃんは、ついていかないの?」
「あたいはついていけない。神様しか行けないところだから……」
座敷わらしは、朧車を見つめたまま言った。
「自分で、なんとかするさ」
私は少し切ない気持ちで、二人の別れを見届けた。
車の中で待っていた所長さんに、事件の解決を報告する。
所長さんは驚きながらも、本当に解決したのかと、まだ不安そうだった。
死神ちゃんが、所長さんに提案した。
「一週間、何も起きなければ事件解決ということで、こちらの金額をお振り込みください」
こうして、事件はあっけなく終わった。
「死神ちゃん、いくら請求したの?」
そう聞いたら、
「振り込まれてからのお楽しみ」
とか言って、教えてくれなかった。
まあ、いいか。
家賃が払えれば。
KGBのドアを開ける。
カランカラン。
「ただまぁ〜」
出迎えてくれたのは、エカテリーナと大五郎さんとチャラ男。
いつものメンバーのところへ帰ってきた。
でも、みんな少し困った顔をしている。
ジャージのズボンの裾を、何かに引っ張られた。
下を見る。
おかっぱ頭で着物を着た小さな女の子が、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前、いい匂いしてた」




