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第19章 ノアルの復帰

店に客はいない。


鬼は厨房で弁当の仕込みか? 精が出る。


銀髪悪魔はボックス席でパソコンを見ている。

通販サイトで猫の首輪を買おうとしてる。


死神はソファーでスポーツ新聞の芸能欄を読んでいる。


顔を上げた ...気がつかれたか?


座敷わらしは床に座り、猫又の2本の尻尾を櫛でとかしている。

こいつは気がついてるが知らないふりをしていてくれているようだ。


イツキはカウンターに頬杖をついていた。

寝てるのか?


神無月も終わり嫁が帰ると言うので送ってきたのだが。

せっかく来たんだから、ついでに視察でもしていってやろう。

もちろん嫁には黙っているように言ってある。


こやつに加護を与えたのは 小学生の頃だったな、


気を失ったイツキに、三つのことを聞いた。


強くなりたいか。


優しくいられるか。


真っ直ぐに生きたいか。


「強くなって、私の周りの人たちを守りたいです」


と娘は答えた。


今、その娘は大きなあくびをしている。 起きていたか(笑)


「暇だなぁ〜」


ずいぶん大きくなった。


嫁からの報告は、あそこのケーキがどうの、天然のたい焼きと養殖のたい焼きの違いだの、

虎屋と舟和の好みの地域差だとか、

そんな話ばっかりで、全く要領を得ない。


「そういえばさ」


イツキが顔を上げた。


「最近、ノアル来ないね」


死神が新聞を少し下げた。


「来ないね」


「大丈夫かな」


「魂だけで出歩くのは、あまり良くないからね。来ない方がいいのかもしれないよ」


「良くないって?」


「慰安旅行の時にも少し話したけど、、、」


「戻れなくなることもあるし、魂を食べる妖怪に見つかることもある」


イツキが振り返った。


「ああ覚えてる 、それ、ノアルに言った?」


「言ったよ」


「いつ?」


「前に」


「私、聞いてない」


「君はそのとき、夕飯食べてた」


それなら聞いていないだろうな。


イツキは経理の書類が積まれている机を見るて顔をしかめている。


「これ、どうしよう」


情けない顔しておる 悪魔や死神には強いくせに。


「ノアルの心配じゃなかったの?」


「両方心配してるの」


ワシの隣の天井から、二本の脚が降りてきた。


イツキのすぐ後ろ。


ん? 幽霊か?


脚に続いて、腰、胸、頭が天井をすり抜ける。


女は逆さまのまま、店の中を見回した。


「あっくんは?」


「うわぁぁぁぁ!」


イツキが変な声を出して椅子から転げ落ちた。


女は空中で身体を回転させる。


足が床を抜け、少し沈んだところで止まった。


「何で後ろから出てくるのよ!」


「近かったから」


「何が!」


女は答えず、もう一度店の中を見回した。


「あっくん、いないの?」


「弁当の容器の回収」


「せっかく来たのに」


女は書類のある机へ向かった。


歩いているように見えるが、足音はしない。


幽体だな、


途中にあった椅子を避けることもなく、そのまま通り抜けた。


机の前まで行き、積み上がった書類を見る。


「何これ」


「私がやった」


「ぐちゃぐちゃじゃん」


「だって、あんた来ないから」


女が書類へ手を伸ばす。


指が紙を通り抜ける、


顔が引き攣っている。


もう一度つまもうとしたが、持ち上がらない。


「今までの抜け方と違う、、、書類が持てなくなったわ」


死神が新聞を畳んだ。


「ノアル。君、前より薄くなってない?」


酒瓶のラベルが、その身体を透けて見えている。


「薬が変わったからかな」


「薬?」


「前の薬だと夜になれば簡単に抜けられたんだけど、新しい薬に変わってから、全然身体から出られなくなっちゃって」


「だから来なかったの?」


「うん。最悪だった」


「今日は出られたんだ」


ノアルと呼ばれる女は少し笑った。


「薬、元に戻してもらったから」


「何で?」


「眠れないって言ったり、ちょっと騒いだりしたら増やしてくれた」


イツキの顔から笑いが消えた。


「増やしてもらったの?」


「そう」


「ここに来るために?」


「ここだけじゃないけど」


「それ、違くない?」


ノアルがイツキを見る。


「何が?」


「前は覚醒剤だったじゃん」


厨房から響いていた包丁の音が止まった。


「病院の薬よ」


「わかってる」


「お医者さんが出してるの。一緒にしないでよ」


「一緒だなんて言ってない」


イツキは床から椅子を起こした。


「でも、前は嫌なことから逃げるために薬を使ってたんでしょう?」


ノアルは何も言わない。


「今も病院が嫌だから、薬を増やして身体から逃げてるんじゃないの?」


「病院に閉じ込められてる私の気持ちなんかわかんないでしょ」


「わかんないよ!」


こやつは昔から変わってない、おせっかいで、お人好しでまっすぐだ。


「毎日同じ天井見て、時間になったら薬飲まされて、どこへ行くにも見張られて。あんなところにずっといられるわけないじゃん」


「うん」


「何が、うんなのよ」


「私も嫌だと思う」


「じゃあ――」


「でも、あんた死にかけたじゃん」


ノアルは顔を逸せて唇を噛んでいる。


だいぶ安定していない 身体が透けて 向こう側の酒瓶まで見える。


「私、寿命まで使ったんだけど」


「それ言う?」


「言うよ。三年だぞ」


死神がソファーから言った。


「そこ、値切ったけどね」


「今それ言わなくていい!」


また包丁の音が始まった。


「どうしてここに来るの?」


イツキが聞いた。


「何でって……」


「病院から出たいだけなら、ここじゃなくてもいいでしょう。魂ならどこにでも行けるじゃん」


ノアルは店の中を見る。


座敷わらしが、猫又を抱えている。


窓際では、黒猫が丸くなっている。


「楽しいから」


「ここにいると、楽しいから」


ノアルが顔を背けたまま答える。


「じゃあ、身体ごと来ればいいじゃん」


「簡単に言わないでよ」


「簡単じゃないのは、見ればわかるよ」


優しいなこの娘は昔から変わっていない 素直じゃないところも、

言葉が足りないところも。


「ちゃんと治してから来なよ」


ノアルの輪郭が揺れた。 今にも消えそうだ。


「もう来ない」


「はいはい」


「あっくんに、よろしく」


「自分で言いなさいよ」


そのまま壁を通り抜けた。 女はその時一瞬笑ったように見えた


音はしなかった。


イツキは、ノアルの霊体が消えた壁を見ている。


「言い過ぎたかな」


誰も答えない 銀髪の悪魔でさえも、


鬼が厨房から顔を出した。


「昼飯できただ」


この鬼は愚鈍な割に良い働きをしておるな。


「食べる〜!」


イツキはすぐに席へ着いた。


*


あれから3日ほど経つが、あのノアルと言う女は姿を見せない。


机の上の書類だけが増えていく。


イツキは、ときどき書類の束を持ち上げる。


中を見る。


元の場所へ戻す。


何もしていない。


いつものような元気がない。


*


病院のベッドで、ノアルは目を開けた。


白い天井。


腕を上げる。


重い。


手を顔の前まで持ってくるだけで、腕が震えた。


指を曲げる。


開く。


爪が伸びている。


手の甲には、点滴を留めていたテープの跡が残っていた。


看護師がカーテンを開けた。


「起きてたんですね。気分はどうですか?」


「最悪」


「先生を呼びますか?」


ノアルは少し考えた。


「呼んで」


薬は、すぐには変わらなかった。


一晩中眠れずに何度も寝返りを打った。


目を閉じる。


身体から抜けようとする。


頭の辺りが少し浮く。


胸から下が、ベッドへ引っ張られる。


ノアルは目を開けた。


白い天井がある。


シーツを握る。


朝まで離さなかった。


*


病室の入り口まで歩いた。


翌日は、廊下の窓まで。


看護師が隣を歩いている。


「戻りますか?」


「まだ」


鉄格子の窓の外には、夜の街が見える。


魂だけなら、あの窓を抜けられるのに、、


廊下の先へ向かう。


足が重い。


次の日 病院の庭へ出ると、風が頬に首筋に当たる。


寒い。


ノアルは肩をすくめ看護師から渡された紙コップを両手で持つ。


中には温かいお茶が入っている。


一口飲むと湯気が鼻に触れた。


*


階段を上る。


ゆっくり。


途中で一度止まる。


また上がる。


いつの間にか、入り口のメデューサがサンタの格好をしていた。


ドアの取っ手が冷たい。


深呼吸をしてイツキが時々気合を入れる時の真似をして両手でほっぺたをパンパンしてみた!


震える手で懐かしい扉を初めて自分の手で開けた。


***


1ヵ月視察をしているが 相変わらずこいつらはだらけてる。

そろそろわしも帰るかと思っていたら、来客が来たらしい。


カランカラン


痩せた女が立っている。


長い髪。


青白い顔。


片手でドアを押さえ、肩で息をしている。


「この階段……きつい……」


イツキが立ち上がった。


「ノアル!!」


「久しぶり」


ノアルが店の中へ入る。


靴の底が、床を鳴らした。


イツキが近づく。


ノアルの肩へ手を置く。


手のひらが沈まない。


「何?」


「本物!」


「いるわよ」


「重い」


「失礼ね!」


イツキが笑った。


ノアルも照れ臭そうに少し笑ってる。


ノアルは、あの机へ向かい椅子を引く。


ギッ。


腰を下ろすと、古い椅子が軋んだ。


机の上には、経理の書類が積まれている。


「何これ」


「見ないで」


「何か月分?」


「知らない」


「イツキ〜」


「ごめん。数字を見ると蕁麻疹が出るの、、、」


ノアルは一番上の書類を手に取った。


紙が指の間に残る。


しばらく見てから、元の場所へ戻した。


「私、KGB辞めるわ」


「そう、、か」


「親のアパートの管理、またちゃんとやろうと思ってる」


「うん、、でも困る!」


「自分でやりなさいよ」


「無理!蕁麻疹が出る!」


鬼が厨房から出てきた。


手には、湯気の立つ鶏大根。


「腹減ってねぇか?」


その匂いが店の中に広がった。


ノアルの腹が鳴る。


大きな音だった。


全員がノアルを見る。


ノアルは腹を押さえピンクノアルになってる。


「……減った」


「今、飯持ってくるだ」


座敷わらしが、ノアルの服の裾を掴んで引っ張る。


「おまえ今は悪い匂いじゃ無い」


ノアルが微笑み座敷わらしの頭を撫でる。


死神が茶碗を並べている。


ノアルが鶏大根を一つ口へ入れる。


熱かったのか、口を押さえ慌てて水を飲む。


「上顎火傷した、、、」


「それ私もよくやる」


「大五郎さんの料理どう?」


「うん、、思ってたより味が濃い」


皆笑顔だ、


「ノアル、ちょっと良い?」


「何よ、あげないわよ」


「一個だけ」


「嫌よ」


「たくさんあるじゃん」


「自分の食べなさいよ」


「もう食べちゃった」


「じゃあ〜エカテリーナ!」


「今日はあんた達二人で取り合いなさい!」



さて、そろそろ出雲に帰るか...

誰にも気づかれないまま、ドアを通り抜け窓からこの変な相談所を眺める。


ドアベルは鳴らなかった。


店の中では、イツキが経理の書類を死神に押しつけて嫌がられて、


死神が大五郎へ持っていく、


大五郎がエカテリーナを恐る恐る見ると、


エカテリーナは紅茶を持って、視線を逸らした。


書類は一周して、結局イツキの前へ戻っている


「……マジでどうすんの、これ」


招き猫が、ゆっくり瞬きをしてワシを見送ってくれた。


嫁を頼んだぞイツキ!!


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