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第18章 大五郎の帰郷

「なぁエカテリーナさん、オラの給料、今どのくらいあるだか?」


「そうね。まだ始めたばかりで、利益はまだ出てないわね」


大五郎さんは、申し訳なさそうにエカテリーナに聞いている。


KGBも儲からないお客さんばっかりなので、給料らしい給料も払ってあげられていない。


大五郎さんも、その辺はわかっているみたいで、我慢しているのかもしれない。


少し心苦しい。


「何か欲しいものでもあるの? 我慢しないで言ってね」


「欲しいものはねえんだども……これから会社さんの注文が増えるって死神さんが言ってたんで、忙しくなる前に、オラ一度遠野に帰りてえだよ」


大五郎さんは、ここへ来たとき、田舎の村のおじいさんやおばあさんたちの稲刈りを気にしていた。


話を聞くと、今年の稲刈りはもう時期が過ぎて間に合わなかったから、約束を守れなかったことを謝りたいらしい。


そして、東京で弁当屋をやっていきたいと伝えたい。


自分の小屋にある私物も、東京に持ってきたいと言っている。


「爺さん婆さんには申し訳ないけど、オラここで弁当作ってるのが今とっても楽しいんだ」


エカテリーナを見ると、なんか困った顔をして窓際に行き、外を見ている。


大五郎さんのど正直な言葉に、ツンデレが完敗した瞬間だったのだろう。


後でからかうネタができた。


後ろから声がかかった。


振り向くと、死神ちゃんと雑談をしていたカラス天狗の塚原さんが、背中の小さな羽根をバタバタさせていた。


月一で、エカテリーナの花粉症改善の薬を取りに来ている。


「遠野でしたら、私どもの支部がございます。そちらから農作業を手伝う者どもを派遣することはできますよ」


「なんで? そんなこと言ってくれるんですか?」


「あなた方は大天狗様の恩人です。そして私どもカラス天狗の中にも、花粉症の者がいるのです。あの薬のおかげで、みんな助かっているのです。恩返しの一つとして、そのくらいはご協力させていただきますよ」


窓際にいるエカテリーナに相談してみた。


私、遠野物語を読んで、一度行ってみたいと思っていたから一緒に行ってほしいって。


そうしたら、珍しくエカテリーナも嫌味一つ言うことなく承諾してくれた。


ど正直な大五郎さんの完全勝利だ!


今度の土曜日に、キャラバンで朝一に出発することを大五郎さんに伝えると、嬉しそうに笑って厨房へ向かうのだった。


朝四時半……。


遠野まで五百キロ以上。


車で六時間以上。


休憩とかを含めて十時間は見ておいた方がいいって、AIが教えてくれた。


なので、


朝四時半……。


五時の待ち合わせなので、フラフラしながらアパートを出た。


KGBに着くと、下のコンビニの駐車場にキャラバンが停まっている。


今回は長時間ドライブだし、大五郎さんの荷物も持って帰ってくるので、メンバーは私とドライバーのエカテリーナ。


荷物運びの助手として、死神ちゃん。


そして、主役の大五郎さん。


みんな、もう乗り込んでいた。


コンビニでおやつを買っていると、店長さんが、朝早くからどちらにお出かけですか? って聞いてきたので、


遠野までって答えたら、


「ああ本場ですもんね!」


とか言って笑ってた。


いつも駐車場使わせてもらってるから、帰りにお土産買ってこよう。


ライトの消えたスカイツリーを横目に、私たちを乗せたキャラバンは錦糸町を出た。


国道十四号を突っ切り、首都高錦糸町の入り口に向かって、まだ眠っている東京の街を船のように走っていく。


C2に入り、小菅を過ぎる頃には東の空が明るくなってきた。


下町の街並みの向こうから顔を出した真っ赤な朝日が、遠ざかるスカイツリーを照らしている。


大五郎さんは、故郷に気持ちを持って行かれているみたい。


ボーっと車の向かう先を見つめている。


東北道の料金所に着く頃には、もうだいぶ明るくなっていた。


周りはトラックばかり。


土曜の朝でも、みんな頑張ってるんだなぁ〜。


エカテリーナが、最初の休憩は佐野で良い? って言ってる。


運転と休憩ポイントは、彼女に任せていれば間違いない。


最初の休憩に選んだ佐野サービスエリア下りでは、キャラバンの燃料も入れる。


エカテリーナが、


「この車、面白いように燃料計の針が下がっていくわ」


って恐ろしい事を言っていた。


みんな各々、好きなフードコートに散らばる。


私はトイレに行ってからの〜朝ごはん!


フードコートの青竹打ち佐野ラーメンに目が眩んだ。


熱々の澄んだ醤油スープを啜った瞬間に上顎を火傷したけれど、あの独特の手打ち麺の喉越しは、上顎の痛みなんてどうでもよくなる美味しさだった。


餃子も頼んでおけば良かったかな〜とか思いながら歩いていると、出口のラックに目が止まった。


SA・PAガイドを、私はハイテングワールドのトートバッグに突っ込んだ。


胃袋も満たされ、この船のような揺れに身をまかせていると、早起きだったせいもあるし、なんだか眠くなってきた。


いきなり寝るのもエカテリーナに悪いので、Apple Musicで落語でも聞こうかと思ってトートバッグの中を探ると、さっきのガイドが出てきた。


ちょうどいい暇つぶし。


パラパラとめくってみると、


安達太良?


伊達鶏のから揚げ?


眠気が覚めた!


鶏の唐揚げと聞いては、いささか落ち着いてはいられない!!


「エカテリーナ! 次は安達太良で休憩しましょうよ〜」


「何言ってるの? 今休憩したばかりじゃない。でもちょうどいいわね。あなた、なかなかわかってるじゃない!」


「やっぱりV6、3000cc。この車、見た目よりも良い走りするわね」


エカテリーナの雰囲気が、映画のトランスポーターの主人公のように見えてきた。


三十分おきぐらいにエカテリーナに安達太良はまだかって聞いて、二回目に怒られてしまった。


「トイレなの? さっき行ったばかりじゃ無い? 行って無かったの?」


言い訳でガソリンの心配をしているふりをしたけど、死神ちゃんは気づいている?


言い訳をする私を、疑わしそうな目でじっとり見ていた。


安達太良に着いた。


フードコートに早足で向かう。


トイレは後で良い。


伊達鶏のから揚げで、また上顎がやられた……。


でもジューシーで最高に美味しい!


目の前に、死神ちゃんが腕を組んで座っていた。


「せっかく出掛けたのだから、お弁当のメニューの調査よ! 調査!」


「何を慌てているんだい。僕は何も聞いていないよ」


死神ちゃんの策に、引っかかってしまった……。


「次は、前沢で前沢牛焼肉丼、前沢牛カレー、前沢牛入りコロッケ、前沢牛すき焼き丼、前沢牛ねぎ間串のどれかな?」


「そうなのよ! どれにしようか迷ってて〜……あっ」


完全に乗せられた。


言い訳できる余地は無くなった。


死神ちゃんの手には、SA・PAガイドがあった。


「今回の目的は、大五郎さんの引越しのお手伝いだからね。そこは忘れないようにしておいてくれたら、僕は何も言わないよ」


「分かってます……なので、あまり騒がない様に、静かにしてました」


チェッ!


エカテリーナの突っ込みが、今回運転に夢中で無いなって思っていたのに。


伏兵が現れたってこの事ね……。


安達太良を過ぎたら、交通量が減ってきた。


私と死神ちゃんは、後部座席でSA・PAガイドを眺めてる。


速度が上がっている気がして、ふと顔を上げる。


ルームミラーに、エカテリーナの目だけが映ってる。


……目、座ってない?


「エカテリーナ……大丈夫?」


「何が?」


「いや……」


しばらくして、もう一度ミラーを見る。


まだ座ってる。


さらに口元だけ少し笑ってるwwww


私は死神ちゃんに小声で聞いた。


「ねえ……エカテリーナ、なんかおかしくない?」


「君、今気づいたの?」


たぶん彼女、ドライバーズハイだね。


景色が飛ぶ様に流れていた。


うっかり、うたた寝をしてしまった。


目を覚まして、車窓の周りを見る。


見てもどこだかわかるわけないけど。


キョロキョロしていると、死神ちゃんと目が合った。


「さすがだね。もうすぐお待ちかねの前沢だよ」


よかった。


通り過ぎてなかった。


前沢に着いた。


さすがにエカテリーナが心配になって、


「運転代わろうか? 高速道路なら、私もこのでかい車でも運転できるよ」


「エカテリーナ、少し休んだら?」


「必要ないわ」


車を降りても目が座ったままだ。


「いや休憩しようよ」


「まだ走れるわよ。モスクワとサンクトペテルブルクを良く走っていたもの」


そう言うと、エカテリーナはトイレに消えた。


まぁ、そういうことなら私はフードコートに消えよう!


那須塩原辺りから、前沢牛のすき焼き丼に照準は合わせている。


前沢牛のコロッケは車に持って帰ろう。


スキップしながら目的のお店に向かう。


背中に感じる死神ちゃんの視線が痛いけど。


やっと高速を降りて、一般道を走っている。


高速道路と違って、のどかな景色が車窓に流れる。


道の駅の看板も……。


わさびソフトクリームの看板も……。


まだデザート食べてなかった!


恐る恐るエカテリーナに、みんなのお土産を買っていきたいので寄ってくれないかと頼んでみた。


明日の朝は早く出発するから、今日のうちに買っておきたい。


自分でも、ナイスな言い訳を思いついたと思ったのだけど。


「わさびソフトクリームでしょ?」


やっぱり死神ちゃんは鋭い……。


***


朝早く東京出た。


落ち着かねぇ。


早く帰りてえんだども、いろんなことが頭ん中めぐる。


みんなと話もしてえ。


だども、何も思いつかねえだよ。


思いつくのは、婆さん、爺さんたち、ちゃんと稲刈りできたかなぁ〜。


約束破って怒ってね〜かなぁ。


オラの小屋、壊れてね〜かな。


みんなの作った米、早く食いてぇなぁ〜。


そんなことばっかりだっただ。


最後の休憩を終えて、車が走り出す。


東京じゃない景色が。


山や川が。


広い空が。


オラに、おかえりって言ってる。


六角牛山だ!!


帰って来たど!


「ただいま帰りました」


ちっさな声で、フロントガラス越しに故郷に挨拶した。


国道から細い道に入った。


知ってる道。


知っている景色。


村まで、あと少し。


ドキドキしてきた。


ケツがムズムズする。


やっぱり落ち着かねぇ。


なんだ、この気持ち。


小屋に着いた。


着いちまった。


足元がふわふわする。


うまく歩けねえ。


フラフラ歩いてると、みんなが笑ってる。


その笑顔を見て、なんだかホッとした。


井戸から水を汲む。


湯呑みと鉄瓶を洗って、薪小屋から薪を取って来て、かまどに火を入れた。


帰って来た。


オラの家に。


茶筒の中の茶っ葉は、まだ大丈夫だ。


エカテリーナさんは運転で疲れたみてえで、小屋の外の丸太のベンチで爆睡してる。


ありがてえ。


オラを家まで連れて来てくれた。


そっとベンチの前の切り株にお茶を置いて、合掌した。


「大五郎さん! エカテリーナ死んでないからね」


イツキに見られてた。


爆笑している。


オラ、イツキと死神さんにも合掌した。


お茶飲んで一服してたら、烏天狗がやって来た。


エカテリーナさんを熊から守ってくれるって言ってくれたから、不安を胸に村へ向かう。


イツキと死神さんもついて来てくれた。


オラ、相当情けねえ顔してたんだと思う。


村の入り口で、わらすっこたちが遊んでる。


いつも面倒見てる清太郎が、オラに気づいた。


「大五郎が帰って来た〜!」


わらすっこたちが走って来る。


清太郎が村へ走ると、何人かがそれに続いて走って行く。


「大五郎が帰ったど〜! 嫁っこ連れて来たぁ〜!!」


オラの両腕には、三人のわらすっこがぶら下がっている。


村長の家に連れて行かれる。


やっぱり怒られんだなぁ〜って思ったら、


「大五郎、よぐ帰ったなぁ〜。みんな心配してたんだぞ」


「元気そうで何よりだ」


「嫁っこ、東京で見つけて来たって?」


爺さん婆さんたちに囲まれた。


嫁っこに間違えられてるイツキは、オラの困ってる顔を見てニヤニヤしながら、


「どーも! どーも!」


なんて言ってやがる。


この子は、どこ行っても変わらない。


「オラ、みんなとの約束守れなかった。稲刈りに間に合わなかった。すまなかった。


いろいろあって、困ってたら、この人たちに助けてもらった。それでやっと帰って来れた」


「わがってる。おめえが東京で何やってたか、なんで帰って来れなかったのか」


村長が、封筒をオラの前に差し出した。


封筒の中を見ると、お金が入っている。


結構な額だ。


驚いて村長を見る。


「二週間前にな、作業員姿の男がやって来たんだ。東京でおめえから金を借りたって。


建設現場の寮で知り合ったって言ってた。


契約が終わって、現場に行ってみたら、もうおめえはいなかったらしい。


連絡も取れねえから、前におめえから聞いてたこの村まで届けに来たんだと」


「全部は返せねえけどって、それ置いてった」


「それで、おめえ今は何やって暮らしてんだ?」


あああ、良かった。


あいつ無事だったんだなぁ〜。


オラは金がなくて、腹が減って、困ってKGBを訪れた日のことから、みんなに説明した。


「今、弁当屋やってる。最初は帰る金を稼ぐための仕事だと思ってた」


「オラ、今の仕事が好きになっちまっただよ。オラの弁当、楽しみにしてくれる人がいっぱいできちまったんだ」


「そんなもん、気にすることあるか。おめえの好きなこと、精一杯やれ!!」


「天狗様からも、おめえがやったことの恩返しだって話が来てる。


これから米と引き換えに、働き手を送ってくれるって言って来ただよ」


「びっくりしたども、ちゃんと東京でおめえが人を助けてるってわかって、みんな喜んでたんだ」


「大五郎をよろしくお願いします。嫁っこ殿と父上」


村長と爺さん婆さんたちは、イツキと死神さんに頭を下げた。


小屋に戻ると、すっかり日が暮れていた。


エカテリーナさんの横では、烏天狗が結界を張っていた。


村の連中からもらった食材と、爺さん婆さんからもらった手作りのおかずの数々を、三人で持って帰ってきた。


腕によりをかけて、鍋でも作るか。


木々の間から見える星空と月に、オラのかまどから立ち上がる煙が吸い込まれていく。


オラのケツのムズムズも、一緒に連れて。


明日の朝は早い出発だ。


嫁っこに間違われたイツキと、その父上の死神さんが仲良くテントを張っている。


エカテリーナさんも、鍋の匂いに目が覚めたようだ。


このもらった食材、弁当に使えるな。

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