第7話 哀れな子羊たちよ
「……なぁ、ルーイ」
「はい、なんです? ジークさん」
ザッコスシティ中央地下監獄。
ジークは床でピクピクと痙攣しているノイと、虚空を掴みながら「地球が……回る……」と呟いているメアを冷ややかな目で見下ろしながら隣のタヌキ獣人に素朴な疑問をぶつけていた。
「お前さっき、これが脱獄の『最適解』って言ったよな?」
「言いましたよ! 4人が無事に揃った素晴らしいチームプレイです!」
「いや、普通さぁ。脱獄の最適解って言ったら『俺たちを檻の外へ転送する』だと思うんだけど……、そこんとこギャンブラー的にはどうよ?」
ジークの至極真っ当なツッコミに、ルーイは「あー」とだらしなく法衣の袖で鼻をこすった。
「ジークさん、ダイスの神様はそんなに甘くありませんよ。空間を跳躍して牢の外へ完全脱出するなんていう『SSSレア』な効果を引き出すには、おそらくサイコロ5つ振りで『1・1・1・1・1』を引き当てるレベルの期待値が必要です!」
「い、5つでピンゾロ……!?」
「くぅぅぅ……! 想像しただけで脳の血管が何本かブチ切れそうなほどの脳汁がぁ……! 次、やります? やっちゃいます!?」
「思考が完全に破滅型のそれなんだよなぁ……」
頬を染めてハァハァしているルーイを放置し、ジークは現状を整理した。
いかんせん現状で監獄を抜け出せているのはタヌキ姿になれるルーイのみ。
他3人はいまだに檻の中。
問題が解決したようで、何一つ解決していない。
床でピクピクしているノイとメアを見下ろし、ジークは「おいクズタヌキ」とルーイの背中を叩いた。
「おい、そこらで脳汁流してないでこの2人を早く回復してやれ。一応、僧侶なんだろ?」
「お安い御用です! ほいっ、回復魔法!」
ルーイが適当に手をかざすと、ぽわんとした聖なる光が2人を包み込んだ。
【ノイとメアのHPが回復した!】
「ふぅ……。生き返った。……してジーク、この素晴らしい回復魔法の使い手であるお方はどなただ?」
ボロボロの軍服のまま上体を起こしたノイがルーイを見て不思議そうに首を傾げる。
メアもグルグル目を手で押さえながら視線を向けた。
「あー……、こいつはルーイ。ここでたまたま出会った自称・僧侶のタヌキ獣人。で、こっちがノーコン大佐のノイと、一発屋魔女のメア」
「よろしくお願いしまーす。賭け事なら何でもござれのルーイでーす」
「「……僧侶なのに!?」」
ノイとメアの綺麗なシンクロツッコミが牢屋に響く。
「まぁ、そうなるわな」とジークは深く頷いた。
自分も数分前に全く同じ道を通ったばかりだ。
ちなみに、2人がここまでボロボロになった直接の原因はルーイのイカサマダイス魔法の「ハズレの跳ね返り」なのだが、それを説明すると今ここで鬼と魔女がブチ切れて監獄がガチで爆発しかねない。
めんどくさい事態を避けるため、ジークは「こいつの魔法のせいで2人はボロボロになった」という真実は墓場まで持っていくことに決めた。
「さて、と……。どうやってここを出るかだけど」
ジークは腕を組み一同を見回した。
ノイは打率1割、メアはMP満タンだが放てるのは核兵器級の一発のみ、ルーイはギャンブル狂、ジークはただのモヤシ。
「やはり、俺が鉄格子を粉砕するしか――」
「看守が飛んできて射殺されるからお前は一生大人しくしてろ大佐」
「私の大魔法でザッコスシティごと消し飛ばしてあげるわよ?」
「街ごと消えたら俺たちも消えるんだよ一発屋」
いろいろと考えたが、結局のところ答えは一つしかなかった。
ジークは檻の外でヘラヘラしているルーイに冷ややかな視線を送った。
「ルーイ。お前、さっきの『ただのタヌキ』になれるんだよな?」
「ええ、するんと通れますよ?」
「……だったら、無駄にダイスとか振らないで、普通にその野生のステルス能力で看守の机から『鍵』を盗んできてくれないか?」
「ええぇー……。普通に鍵を拾ってくるだけですか? つまんないなぁ……」
ジークの極めて合理的かつ安全な提案にルーイはもふもふの耳をヘニャリと寝かせ、この世の終わりみたいな顔で不満を漏らした。
「そんな出来レース、ギャンブラーの脳汁が1滴も出ないじゃないですか。労働ですよ、ただの労働。私はリスクを背負ってヒリつきたいの!」
「リスクは俺たちが背負ってんだよ!! いいから行ってこい、お前にはそれが一番期待値高いんだよ!!」
ジークにケツを叩かれ、ルーイは「ちぇー」と不貞腐れながら、再びぽんっと白煙を上げて『ただのタヌキ』へと姿を変えた。
そのまま、短い足でノソノソと鉄格子の隙間をすり抜け看守室へと向かっていく。
「……さてさて、どうしたもんですかねぇ」
ザッコスシティ中央地下監獄・看守室前。
タヌキの姿のまま、物陰から様子をうかがっていたルーイは小さな鼻をヒクつかせた。
作戦は「看守の机から鍵をくすねる」だったが、現実は甘くない。
鉄格子の鍵は交代制で夜番をしているガタイのいい看守の腰に、ジャラジャラと直接ぶら下がっていた。
いくら小さなタヌキとはいえ、ベルトから直接鍵を外せばさすがに気付かれて一瞬でタヌキ汁にされる。
「ふ~む。机の上なら『泥棒タヌキ』の出番でしたが……人間の懐に入るならこっちの姿ですね」
物陰でルーイはニヤリと八重歯を覗かせた。
次の瞬間、ぽわんっと今度は少し神聖な白煙が立ち込める。
煙の向こうから現れたのは衣服をだらしなく着崩したギャンブラーではない。
背筋をピンと伸ばし、清廉潔白なオーラを全身から放つ、それはそれは美しい人間の「聖職者」の姿だった。
コンコン、とルーイは看守室の木製のドアを上品にノックした。
「はい、どなたですか……って、おぉ!? シ、シスター!?」
ドアを開けた看守は深夜の監獄には場違いすぎる美しき聖職者の登場に目を丸くして驚愕した。
室内にいた他の看守たちも一斉にガタッと立ち上がる。
「こんな夜更けに、このようなむさ苦しい地下監獄に一体どのようなご用件で……?」
「夜分遅くに恐れ入ります。私は隣町の教会から参りました、シスター・ルーイと申します。……実は、今日この監獄に捕らえられた哀れな罪人たちの噂を耳にしまして」
ルーイは胸の前でそっと手を合わせ、悲しげに伏目になった。
その瞳からは神の慈愛と、罪人を憐れむ深い情がこれでもかと溢れ出ている。
「彼らがどれほどの罪を犯したとしてもその魂まで見捨てることは神の御心に反します。どうか……私に、彼らの『懺悔』を聞かせてはいただけないでしょうか。彼らが犯した過ちを悔い改め、明日の朝を清らかな心で迎えられるように祈りを捧げたいのです」
「な、なんて慈悲深いかただ……!」
「夜を徹して、見ず知らずの罪人のために祈りを捧げに来てくださるなんて……!」
看守たちは一瞬で心を奪われ、ボタボタと大粒の涙を流して感動し始めた。
初心者が集まるザッコスシティの看守など、チョロいことこの上ない。
「しかしシスター、救いようのない外道や脱税犯が……危険です、我々も同行いたします!」
「お気持ちは嬉しいですが結構です。神との対話、そして魂の懺悔は、一対一でなければ意味を成しません。……それに、皆様のそのお優しいお心がきっと神の光となって彼らの闇を照らすことでしょう」
そう言って、シスター・ルーイは看守たちの泥臭い手を優しく包み込み、聖母のような微笑みを浮かべた。
「う、うおおおぉぉん! シスターーーッ!!」
「なんてお優しいお方だ! わかりました、これを!」
感動のあまり鼻水まで流した看守長は自らの腰からジャラジャラと鳴る頑丈な『牢屋の鍵束』を外し、恭しくルーイの両手に捧げ持たせた。
「彼らの魂の救済、どうかよろしくお願いいたします! お気をつけて……! 我々はここで、シスターの聖なる祈りが終わるのを静かに待っております!!」
「ありがとうございます。皆様に神ご加護があらんことを――」
ルーイは神聖な一礼をすると鍵をしっかりと握りしめ、看守室を後にした。
カチャカチャ、と小気味いい金属音を立ててジークたちの檻の前にシスター姿のルーイが戻ってきた。
鍵穴に鍵を差し込み、ガサリと鉄格子が開く。
「お待たせしました子羊の皆様。お迎えに上がりましたよ?」
背後から謎の聖光を背負って微笑むルーイに檻の中から出たジークたちは喜びの声を上げた。
「よし!! ナイスだクズタヌキ!!」
「いい手際だルーイ!これぞ潜入任務の手本だな!」
「さすがは教会から金を毟り取ってただけはあるわね……!」
檻の外へ這い出た人外3人は奇跡的な無血開城に拳を握りしめて歓喜した。
ノイは誇らしげに軍服の襟を正し、メアはストレッチを始めている。
「さあ、看守たちが脱獄に気づく前にさっさとズラかるぞ!」
ジークが先頭に立って音を立てないようにスタコラと廊下を走り出した、まさにその時。
背後でカチャカチャと、またしても不穏な金属音が響いた。
振り返ると人間のシスターに変装したルーイが今さっき開けたばかりの鉄格子にわざわざ鍵をかけ直しているではないか。
「おいルーイ!? 何やってんだよ、早く逃げるぞ!」
「ちょっと待ってくださいジークさん。私は一流の博徒です。引き際のマナーこそ美しくなきゃいけないんですよ」
「マナーってなんだよ! 泥棒だろお前は!」
ルーイはフンスと胸を張り、上品なシスターの足取りでなぜか逃走経路とは真逆の『看守室』の方へとトボトボと歩いていってしまった。
「おい、まさか……あいつ、正気か!?」
ジークが冷や汗を流して見守る中、ルーイは看守室のドアを優しくノックし中へと入っていく。
看守室では看守たちが「シスター、今頃熱心に祈ってくださっているんだろうな……」「ああ、心が洗われるようだ……」と、いまだに目頭を押さえていた。
そこへルーイが静かに佇み、両手で包み込むように鍵束を看守長に差し出した。
「看守の皆様、お待たせいたしました。無事に囚われし迷い子たちの『魂の懺悔』を聞き終えました」
「おお、シスター・ルーイ! お疲れ様でございました!」
看守長は恐縮しながら鍵束を受け取る。
ルーイはふっと儚げな、しかしどこか満足げな笑みを浮かべた。
「彼らは自らの過ちを深く恥じ、涙を流して悔い改めておりました。『もう二度と、この冷たい檻の中には戻らない』と、強く、強く神に誓って……。今頃彼らの魂はこの薄暗い監獄から解き放たれ、遥か遠き青空の向こうへと旅立たれたことでしょう」
「なんと……! あの救いようのない脱税犯たちが、そこまで……!」
「シスターの祈りが、奇跡を起こしたんだ!!」
「はい。ですから……どうか彼らのベッドが空になっていても、驚かないでくださいね。彼らはもう、真の意味で『自由』になったのですから……」
「シスターーーッ!!!」
看守室に男たちの割れんばかりの号泣が響き渡る。
「それでは、私はこれにて。神のご加護が皆様の素晴らしいお仕事の上にありますように」
完璧な聖女の微笑みを残し、ルーイは静かに看守室を後にした。
廊下の陰で一連のやり取りを盗み見ていたジーク、ノイ、メアの3人は、あまりの詐欺技術の高さに全身の毛穴から冷や汗を噴き出させていた。
「……あいつ、嘘しか言ってねえぞ」
「……『ベッドが空になってても驚くな』って、完全な脱獄の言い訳を神聖なポエムでコーティングしたわね……」
「……軍の諜報部でも、あそこまで完璧に人間を欺ける者はそういなんだが……。恐ろしいタヌキだ」
戻ってきたルーイは3人の引きつった顔を見て「さあ、行きましょうか!」と、だらしのないいつもの笑顔でウインクした。
数十分後。
ザッコスシティの超高級宿屋『ロイヤル・クソザッコ・イン』の最上階。
ノイとメアが没収を免れた5000ゴールドで豪遊していた、あのスイートルームである。
「ぷはぁーーーっ!!! やっぱり高級ホテルのふかふかソファーは最高だなオイ!!」
ジークは部屋に転がり込むなり、ソファーに五体投地して叫んだ。
先ほどまで地下監獄の冷たい床にいたとは思えない寛ぎっぷりである。
ノイは新調したばかりのピカピカの軍服に着替え、メアはまだ少し頭を揺らしながらもエステのガウンを羽織ってフルーツをつまんでいた。
そしてルーイは部屋のミニバーから勝手に持ち出した高級酒をラッパ飲みしながら、部屋のテーブルにダイスを転がしている。
「いやぁ、お兄さんたちの隠し口座のおかげで命拾いしましたねぇ! これぞ、どん底からの大逆転!」
「うるせえ! 元はと言えば俺たちが徹夜で作った『ステータスシード』の売上だろ! っていうか、お前らが俺を置いてバックレなきゃ脱税で捕まることも資産を没収されることもなかったんだよ!!」
ジークがソファから跳び起きてノイとメアに指を突きつける。
しかし、ノイはフッと爽やかにワイングラスを傾けた。
「気にするなジーク。これも桃太郎という巨大な天災に立ち向かうための、戦略的撤退の一環だ。結果として、我が軍に優秀な(?)ヒーラーが加わったのだから、すべては計算通りと言える」
「どこが計算通りだノーコン大佐! 資金は半分になったし、店も初日で潰されたわ!」
「まあまあ、ジークさん」
ルーイがサイコロをジャラジャラと鳴らしながら割り込んできた。
「資金なら、また私が教会の金を……」
「お前はもう二度と犯罪に手を染めるな!!次捕まったら絞首刑だって看守が言ってただろ!」
ジークはズキズキと痛み出した頭を押さえ、テーブルの上のザッコスシティの地図を見つめた。
「はぁ……。店を開いてゴロゴロしながら情報収集する計画は完全にお釈迦だ。手元に残ったのはこの5000ゴールドと、お荷物(大佐)、一発屋(魔女)、ギャンブル狂……。終わってる、このパーティのバランス、完全に終わってるぞ……」
「フッ、だが全員一発の最大風速だけは世界最強クラスだぞ?」
ノイがドヤ顔で言った。
「そうよ、噛み合えばね」
メアも不敵に微笑む。
「ええ、確率5割で大当たりの人生ですからねぇ!」
ルーイがダイスを放り投げる。
出た目は『4・4・4』。なぜか無駄にゾロ目。
ジークは天を仰いだ。
噛み合えば最強。
だが、その確率はルーイの蘇生魔法よりも遥かに低そうだ。
「はぁ……これからどうすんだよ。店は没収されたから『拠点』は失った。『軍資金』も半分。人間の街の情報網もゼロ。おまけにノイの攻撃は当たらねえし、メアは燃費最悪、ルーイは前科持ちのギャンブル狂……。課題が、課題が山積みすぎるッ……!」
ジークは高級ソファーに頭を埋め、ガシガシと髪を掻きむしった。
このままでは桃太郎に復讐するどころか、ザッコスシティの税務署に怯えながら路地裏で一生を終えることになりかねない。
「ねぇジーク」
メアがエステのガウンをはだけさせながら気だるげに地図を指差した。
「失った拠点と、情報と、お金。これらを一瞬で、しかも合法的に手に入れる方法が一つだけあるわよ?」
「は? なんだよそれ。そんな都合のいい方法があるわけ――」
「いやあるぞ、ジーク」
ノイがフッ、とワイングラスを傾け、鋭い眼光を地図の中心――『ザッコスシティ町長館』へと向けた。
「『奪われたものはその根拠地ごと奪い返せ』だ。……要するに、この街のトップである町長を物理的に引きずり下ろし、このザッコスシティそのものを我々の『拠点』にしてしまえばいい」
「…………は?」
ジークの思考が、再び完全停止を起こした。
「ちょっと待て。街を乗っ取る……? 俺たちさっき脱税と横領で捕まったばっかりの容疑者だぞ!? なんでさらに罪状を『国家反逆罪』レベルに跳ね上げようとしてんだよ!!」
「いいえジークさん、これはギャンブラー的にも非常に『期待値』が高いですよ!」
ルーイが目を血走らせて身を乗り出してきた。
「街を乗っ取って私たちが統治者になれば、私たちの商売はすべて『合法』になります! 納税先は私たち自身ですから、脱税という概念そのものが消滅します! おまけに街の税収も、冒険者情報も、すべて私たちのものです! 脳汁の満漢全席ですよぉ!!」
「おい、クズタヌキが一番邪悪なノリ方してきたぞ!!」
ジークは戦慄した。
こいつら、全員頭のネジが数本飛んでいる。
だが……、ジークは震える手で地図を見つめた。
確かに、普通に店をやり直したところでまたあの生真面目な税務署の査査官に踏み込まれたら終わりだ。
人間どものルールに従っている限り人外の自分たちに勝ち目はない。
ならば――ルールを作る側に回る。
「……うまくいくか、そんなもん」
ジークの口から自嘲気味な笑いが漏れた。
「具体的な作戦なんて一つもねえぞ。町長の後ろには街の衛兵団もいるし、国直属の騎士団だって動くかもしれない。俺たちの戦力は噛み合わなきゃゴミ屑だ」
「フッ、問題ない。私の一撃が『当たれば』衛兵など塵に等しい」
「私の大魔法が『発動すれば』町長館ごと消し炭よ」
「私のダイスが『ピンゾロなら』一瞬で全員の精神を支配できます!」
「確実性が1ミリもないんだよなぁ」
ジークはふぅ、と深く、大きくため息をついた。
もういい、どうにでもなれ。
まともな方法が通じない世界なら、まともじゃない奴らのノリに賭けるしかない。
まあ、最悪の最悪、全滅しかけてもルーイが5割の確率で生き返らせてくれるのだ。
「……よし、決まりだ」
ジークはソファーから立ち上がり、不敵な笑みを浮かべて地図の『町長室』に拳を叩きつけた。
「まずはこのザッコスシティを乗っ取る。そこを拠点に金を稼ぎ、情報を集め、力を蓄えて――桃太郎達の首を獲りに行くぞ」
「「「おおおーーーっ!!!」」」
人外たちの禍々しい歓声が高級ホテルの最上階に響き渡る。




