第6話 賽は投げられた、半か丁か
ザッコスシティ中央地下監獄。
鉄格子の冷たさにも慣れてきた頃、ジークは隣の「自称・僧侶のタヌキ獣人」であるルーイを底知れない恐怖の目で見つめていた。
「ねぇジークさん、知ってます? ダイスってね、振る前に『ありがとう』って念じると心なしかピンの目が出やすくなるんですよ。これ豆知識ね」
「思考回路が完全に末期のギャンブル依存症なんだよなぁ……」
衣服をだらしなく着崩し、虚空に向かってサイコロを振るジェスチャーを繰り返すルーイにジークは深くため息をついた。
出会って数分。
自己紹介を交わしただけで、こいつが「関わってはいけないタイプの同族(魔族)」であることは嫌というほど理解できた。
パーティにはノーコン大佐に一発屋の魔女、目の前にはギャンブル依存症タヌキ。
なぜ自分の周りにはこうも救いようのないポンコツが集まってくるのか。
だが、背に腹は代えられない。
ジークは藁の床に座り直すとルーイの耳元にそっと顔を近づけた。
「……なぁルーイ。お前、一応は聖職者の格好をしてるわけだし、教会の金を毟り取ってたんだろ? 僧侶としての『腕』は確かなのか?」
「失礼な! 私はこう見えても、変装中の教会では『奇跡の申し子』って呼ばれてたんですよ!」
ルーイはもふもふのシマシマ尻尾を誇らしげにピンと立てて、胸を張った。
「いいですか? 回復魔法に、状態異常を治す状態異常解除魔法、味方のステータスを一時的に引き上げる能力強化魔法! おまけに、自分の体力を削って仲間に魔力を分け与える譲渡魔法だって完璧に使いこなせます!」
「おお……っ!?」
ジークの瞳に一瞬だけ希望の光が宿った。
まともだ。
ルーイの口から出た呪文の一覧は、驚くほどに「まともなヒーラー」のそれだった。
(待てよ……? メアが量産した『ステータスシード』に加え、こいつの能力強化魔法があれば、一時的だがパーティの防御力は底上げできるんじゃねえか? おまけに譲渡魔法があればメアのガソリンタンク(MP)をその場で給油できる!)
繋がった。
これまでのポンコツどもが、このタヌキ1匹で一気に強力なシナジーを生み出す奇跡のビジョンが、ジークの脳内にフラッシュバックする。
あのクソジジイ(村長)や、おっさん(王様)が適当に押し付けてきたゴミ屑のような運命が、今、最高のパズルとなって完成しようとしている。
「やるじゃねえかルーイ! よし、お前を俺たちパーティーの——」
「あ、ちなみに僧侶の最高峰である蘇生魔法もバッチリ履修済みです!」
「マジかよ最高じゃねえか!!」
ジークは思わずルーイの手を握りしめようとした。
しかし、ルーイの八重歯の覗く笑顔がさらに不気味に吊り上がった。
「ただし私仕様なので、蘇生の成功確率は『50%』ですけどね!」
「……は?」
ジークの手が空中でピタリと止まる。
「5割……? 蘇生って、確率でハズレあんの……?」
「ありますあります! 奇数が出れば生き返りますが、偶数が出たらそのままMPだけをドブに捨ててノーカウント! ちなみに奇数の中でも『ピン(1)』の目を引いた時だけHP全開で復活しますが、それ以外はHP1割の瀕死状態でゾンビみたいに蘇ります! どうです、シビれる仕様でしょ!」
「っざけんなァァァァァッ!! 蘇生を丁半博打にするんじゃねえええええ!!気でもくるってんのか!?」
ジークの魂のツッコミが監獄の壁に激しく激突した。
半分。
生き返るかどうかが、文字通りコイントス。
しかも運良く生き返ったところで、大半がHP1割状態でのリスポーンである。
「くっ……! 早まった……! 喜び損のクソタヌキめ……!」
頭を抱えてガタガタ震えるジークを余所に、ルーイは「さーて」とだらしなく法衣の袖をまくり上げた。
「話がまとまったところで、そろそろ行きましょうか。こんなジメジメした場所だと、確変の気が逃げちゃいますし」
「……行くって、お前なぁ。ここが人間の作った監獄だって忘れたのか? 鉄格子は魔力中和結界付き、看守に見つかれば即射殺の——」
ジークが呆れ顔で言いかけた、その時だった。
ぽんっ。
気の抜けた煙の音と共に、ルーイの着ていた法衣が床にバサリと崩れ落ちた。
「え?」とジークが目を丸くした瞬間、法衣の隙間からモゾモゾと這い出てきたのは二足歩行の獣人ですらない、体長30センチほどの完全な「ただの野生のタヌキ」だった。
「キョトンとしてどうしたんですかジークさん。私たち獣人族はね、魔力を使わずとも完全な『獣フォルム』になれるんですよ。ほら」
タヌキ姿のルーイは短い手足で器用に鉄格子の隙間を「するん」とすり抜けた。
結界を張ろうが何をしようが、ただの野生動物が通れる物理的な隙間があれば関係ない。
魔族の身体能力(というかサイズ感)の暴力を前に、監獄の防衛システムは無力だった。
「す、すげえええええええ!!」
ジークは鉄格子に顔を押し付け、目をランランと輝かせた。
これだ、これだよ! 命中率ゼロや一発屋とは違う、実用性100%の隠密スキル!
「やるじゃねえかルーイ! 天才だ! よし、そのままそこの通路の机にある鍵をくわえて持ってきてくれ! それで全員脱獄成功だ!」
ジークは確信した。
こいつは当たりだ。
蘇生が50%だろうが、この圧倒的なステルス能力があればお釣りが来る!
しかし、廊下に出たタヌキ(ルーイ)は看守の目を盗んで鍵を拾うという最も安全で確実な手段を前にして、ピタリと足を止めた。
その小さな鼻が、フンスと不穏に鳴る。
「……嫌です」
「は?」
タヌキがノソノソと立ち上がり、再び「ぽんっ」と白煙を上げて元のだらしのない僧侶に戻った。
「ジークさん、あなたギャンブラーの心が分かっていませんね。目の前に『鍵』という正解が転がっていて、それをただ拾うだけなんて……脳汁が足りない」
「……は?何言ってんの?」
「ふふん、せっかくの脱獄劇です。神聖なる我が得意魔法で、もっと華やかに鍵を開けてみせましょう!」
ルーイは不敵に微笑むと懐から禍々しい光を放つ3つのサイコロを取り出した。
彼女の魔力がその小さな立方体に集束していく。
「いいですかジークさん。これが私のオリジナル魔法『賽は投げられた』! 振って出た目の数によって、私の目的に近い効果がランダムで発動するんです。ダイスの数と出た目がデカいほど効果は上がりますが、リスクも跳ね上がる仕様となっております!」
「おい待て、お前さっき『魔力中和結界』って言葉が聞こえなかったのか!? 魔法使ったら看守にバレ——」
「本来ならダイス1つで十分! 鍵を開けるだけなら『ピン(1)』の目を狙えば、ピッキング魔法が発動してスマートに開くはず! ……ですがぁ!」
ルーイの目がランランと血走り、3つのサイコロを両手の中で激しくシャッフルし始めた。
「一流のギャンブラーなら、ここでトリプルダウン(3個振り)といかなきゃ失礼でしょォォォ!! 狙うはピンゾロのゾロ目! 監獄の壁ごと消し飛ばして派手に行きますよ!!」
「やめろ馬鹿野郎ーーーッ!! 普通に鍵を拾え!! 頼むから!」
「いざ勝負!! 脳汁出せやァァァァァーーーッ!!」
ジークの必死の制止を完全に無視してルーイは3つのダイスを勢いよく廊下の床へと投げ放った。
ゴロゴロドシャァァァァンッ!!!
なぜかサイコロが転がっただけなのに、監獄の廊下に落雷のような重々しい爆音とプレッシャーが吹き荒れる。
どす黒い魔力の粒子が火花を散らし、空間がグニャリと歪んだ。
あまりの演出の派手さにジークは「終わった……」とガタガタ震えながら、冷や汗を流して固唾を呑み込んだ。
壁が爆発するのか、看守が来るのか。
やばい、一体どうなるんだ……!?
カタカタカタ……ピタッ。
3つのサイコロが停止する。出た目は『4・2・6』。
「……あ」
ルーイの口からマヌケな声が漏れた。
……静寂。
何も起きない。
壁も爆発しなければ、鉄格子の鍵もピクリとも動かない。
おまけに看守が走ってくる気配すらない。
「…………あれ?」
ジークは恐る恐る目をあけた。
自分たちの身には本当に何も起きていなかった。
ジークはすかさずルーイの胸ぐらをつかんで前後に激しく揺さぶった。
「何も起きねえじゃねえか!! 何がトリプルダウンだこのイカサマ狸!!」
「ち、違うんですジークさん! 私の魔法は『はずれ』の目を引いた場合、効果(不発の反動)がどこへ飛んでいくか自分でも分からない仕様になってるんですよ!」
「一番危ねえ呪いじゃねえかソレは!!」
――その頃。
ザッコスシティの超高級宿屋『ロイヤル・クソザッコ・イン』の最上階。
ふかふかのソファーに深く腰掛け、黄金のグラスでワインを優雅に嗜んでいるノイがいた。
「フッ……。たまには軍務を離れ、こうして人間の街でバカンスというのも悪くないな。なぁメア?」
隣のジャグジーでこれまたメアが優雅にイチゴをつまみながらため息をついていた。
「高級ホテルにエステ、最高ね……。ジークを置き去りにして没収を免れた5000ゴールド、十分に満喫したわ。……さて、そろそろ頃合いかしらね?」
「そうだな。充分にリフレッシュできた。我らの大切な仲間(財布)を、そろそろ監獄まで迎えに行ってやるとしようか」
ノイが爽やかに微笑み、グラスをテーブルに置こうとした、まさにその瞬間だった。
グンッ!!!!!
「ぬおっ!?」
唐突に、目に見えない巨大な『力』がノイの軍服の襟元をガシッと掴んだ。
それはまるで、超重力のウインチで強制的に引っ張られるかのような理不尽な速度。
ドゴォォォォォォンッ!!!
ノイの強靭な肉体が、凄まじい速度でホテルの床に叩きつけられた。
「なっ、何ごと!? ノイ!?」
メアがイチゴを喉に詰まらせそうになりながら絶叫する。
しかし重力の暴走は止まらない。
床に激突したノイは、そのまま磁石に吸い寄せられる鉄球のごとき勢いで、天井へ、壁へ、再び床へと不規則に超高速でバウンドし始めた。
ズガァン! バキィン! ドゴォォォン!!
「ぐはぁっ!? な、なんだこれは!? 見えない敵からのスタンド攻撃……ぶふぉっ!?」
「えぇぇぇ!? 何これ!? 呪い!? 空間のバグなの!?」
部屋中の高級家具を粉砕しながら人間ピンボールと化したノイを見て、メアはあまりの異常状況にただただ絶知の声を上げるしかなかった。
――再び、中央地下監獄。
「くっそー、今のダイスは完全に『死に目』でしたね。運の調子が悪かった。よし、仕切り直しです!」
「なんだよ運の調子って!! もうやめろ、頼むから普通に鍵を持ってきてくれ!」
ジークの悲痛な懇願も虚しく、ルーイは再び3つのダイスを強引に手の平でシャッフルした。
「回せ回せぇぇぇ!! 2度目の正直、脳汁おかわりぃぃぃ!!」
ゴロゴロドシャァァァァンッ!!!
2回目のダイスロール。
出た目は『5・3・5』。
またしてもハズレ。
ジーク達の身には・・・、何も起きない。
「……チッ、またハズレですか。世知辛いですねぇ」
「舌打ちするな! だから何も起きねえって——」
――その頃、高級ホテルの最上階。
重力ピンボールがようやく収まり、「はぁ、はぁ、死ぬかと思ったぞ……」とボロボロの軍服で床に倒れていたノイ。
その横で、安堵の息を漏らしたメア。
フワッ。
「……え?」
今度はメアの体が、唐突にふわりと宙に浮いた。
次の瞬間、メアの肉体が頭を軸にして、縦、横、斜めへと、コマのように凄まじい速度で大回転を始めた。
ブォォォォォォォォォンッ!!!
「きゃああああああああああーーーーーっ!!!! 回る回る回る回る!!! 遠心力で遠心力で脳みそが弾け飛ぶぅぅぅぅぅ!!!!」
「メ、メアァァァァァーーーッ!? 大丈夫かメアァァァァッ!! 」
大気圏突入時のカプセルの如き速度で回転を続ける魔女を前に、ノイはただその場でおろおろと叫ぶことしかできなかった。
――三度、地下監獄。
「ラストチャンスですジークさん! 3度目の正直! ギャンブラーは引くまでやめないから負けないんです!!」
「もうやめてぇぇぇ! どこかで誰かが絶対に大迷惑を被ってる気がするから本当にやめてぇぇぇ!!」
ジークが頭を抱えて叫ぶ中、ルーイは怨念にも似た執念で3度目のダイスを放り投げた。
ゴロゴロガッシャァァァァンッ!!!!!
床に止まったダイスの目は――『1・1・1』。
「……あ」
ルーイの瞳がこれまでにない歓喜の光で包まれる。
「き、キタァァァァァーーーッ!!! ピンゾロのゾロ目!! 確率216分の1の『超大当たり(ジャックポット)』ですよお兄さん!!」
「マジで!? じゃあこれで壁が爆発するか、鍵が開くんだな!?」
ジークが期待の眼差しで鉄格子を見る。
……しかし、鉄格子は相変わらずカチリとも言わず、壁も爆発しない。
「……あれ? おかしいですね。脱出という目的を達成するための『最適解の効果』が発動するはずなのに……」
ルーイが不思議そうに首を傾げた、その直後だった。
ズサァァァァァッ!!!!!
ジークとルーイの目の前の空間に、唐突に巨大なワームホールが出現。
そこから全身打撲で煙を吹いているノイと、目がグルグルになって完全に白目を剥いているメアの二人がゴミ袋のようにベチャッと床に転送されてきた。
「「ぶっふぉうぅぅっ!?」」
謎の超時空転送によって牢屋の中に強制ドロップされた二人を見て、ジークは目を点にした。
「……え? ノイ? メア? なんでお前らが?」
ボロボロのノイが震える手でジークの脚を掴み、涙目で上を向いた。
「じ……ジーク……。迎えに、来たぞ……。だが、この世界には、見えない死神が……いる……」
「(グルグル目)……お母さん、地球が、地球が凄い速度で斜めに回ってるの……」
床に倒れ伏す二人を見て、ルーイは「あーなるほど!」とポンと手を叩いた。
「素晴らしい! 脱獄の最適解として『外にいる味方を牢屋の中に引き摺り込んで、頭数を揃えてから正面突破する』というダイスの導きですね! さすが私のオリジナル魔法、完璧なチームプレイです!」
「どこが完璧だバカヤローーーッ!!! 仲間のデバフを増やすなァァァァァッ!!!」
ジークの血管がブチ切れるようなツッコミがついに4人のポンコツが揃った地下監獄に虚しく響き渡るのだった。
【人外パーティー(お荷物カルテット)が 監獄に 集結した!】




