第5話 お祈りよりも確変を
「うおおお……! み、みなぎる! 五体満足って素晴らしいッ!!」
ザッコスシティの教会前。
ジークは朝日に向かって涙ながらにガッツポーズを決めていた。
街の神父に金を払い回復魔法(お祈り)を施してもらった結果、あの農夫の鍬による裂傷が綺麗さっぱり消え去ったのだ。
「ジークのモヤシ肉体も、私のMPも完全復活ね。やっぱり世の中、金がすべてだわ」
メアも満タンになったMPに満足げに頷く。
やはり現世は金こそが最大の力。
3人は手に入れた軍資金でザッコスシティの路地裏に念願の「薬屋」をオープンさせていた。
「へいらっしゃい! 冒険の必需品、特製『すばやさの種』だよ! これを飲めば野生のモンスターからも楽々バックレられるよ!」
鬼族であるジークとノイはメア特製の変装薬で「角」を隠して人間のフリをし、見た目が元々人間と変わらないメアはそのまま店番を務める。
メアの超技術で量産されるパチモン薬草やステータスシードは瞬く間に口コミで広がり、店は連日、初心者冒険者たちで大繁盛。
ジークたちの財布には数え切れないほどの金貨が文字通りザクザクと舞い込んでいた。
――しかし。彼らの大繁盛は同時に別の場所での「異変」を引き起こしていた。
ザッコスシティ町長室。
立派なデスクに腰掛けた町長はここ最近の報告書を睨みつけ、深く眉をひそめていた。
「……おかしい。妙だと思わんか?」
「はっ、何がでございますか、町長?」
控えていた部下の役人が首を傾げる。
町長はパシッと書類を叩いた。
「ここ最近、このザッコスシティ周辺における冒険者の致死率が異常なほどに下がっているのだ! 普段ならスライムやゴブリンにボコられて死にかけるようなクソザコ共がなぜか全員、野生の天災から神速で逃げ延びて生還してくる!」
「それは……良いことなのでは?」
「馬鹿者が! 冒険者が死なないということは、我が町の主力産業である『教会の蘇生お布施』や『遺品整理のオークション』の売上が激減するということだ! おまけに町が運営する公式道具屋の『薬草』が1個も売れん! このままでは町の税収が下がり、大赤字だぞ!」
町長は立ち上がり、鋭い目で役人を指差した。
「原因は一つ。路地裏で怪しい薬を格安で密売している、あの新顔の店だ! おい、今すぐ偵察へ向かい、法の手をすり抜けている不届き者を炙り出してこい!」
「はっ! 只今!」
――数時間後。ジークたちの店『バックレ堂』。
「まいどありー! 命を大事にねー!」
ホクホク顔で金貨を数えるジークの前に長方形の不気味なバッジを胸につけた、いかにも神経質そうな人間の役人が現れた。
「――ほう。ここが噂の密売所ですか。随分と繁盛しているようですね」
「お、新規のお客さん? うちの『すばやさの種』は一味違うよ!」
ジークが営業スマイルを向けると、役人は冷酷な手つきで懐から1枚の書類を取り出し突きつけた。
「私はザッコスシティ税務署の査察官です。店主、あなたに『無許可営業』および、過去3日間にわたる莫大な利益に対する『脱税行為(総額5000ゴールド)』の容疑がかかっています。今すぐ出廷してもらいましょう」
「……は?」
ジークの思考が停止した。
無許可? ダツゼイ?
そもそも魔族にとって土地は力で奪い取るものであり、利益は自分のもの。
国に金を上納する「税金」なんて高尚かつ理不尽な概念、脳細胞の1ミリも持ち合わせていない。
「ちょ、ちょっと待て! 税金ってなんだよ!? 俺たちが徹夜でコピーした種を俺たちの実力で売って何が悪いんだよ!」
「往期が悪い。法律違反です。……おい、代表者を連れて行け!」
役人の合図とともに、店の周囲を武装した町の衛兵たちがガチガチに取り囲んだ。
(やべえ……! 囲まれた! おい、ノイ、メア! ここはひとまず、お前たちの圧倒的な超火力でこいつらを吹き飛ば――)
ジークが助けを求め、隣を振り向いた。
しかし、そこには誰もいなかった。
「……あれ?」
見ると店の裏口の扉が不自然にパカリと開いている。
遥か遠くの路地裏の向こうから凄まじい速度で逃走していく軍服の男と、ゴミ箱をステップにして軽快に跳ねていく魔女の背中が見えた。
「ジーク! お前の犠牲は忘れない!」
「私の研究資材は無事よ! あんた鬼なんだからちょっとくらい監獄の冷たい床で寝ても死なないわよねー!」
裏切りのスピードだけは世界最速だった。
「お前らぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 戻れやコラァァァァァァァッ!!!!! 仲間(生贄)ってそういう意味じゃねえええええええええ!!!!!」
ジークの魂の絶叫はカチャリと両手首にはめられた冷たい手錠の音にかき消された。
【ジークは 仲間たちに 置き去りにされた!】
【店の全資産(10000ゴールド)が 没収された!】
夕方。
ザッコスシティ中央地下監獄。
冷たく湿った鉄格子の奥でジークは体育座りをしながら虚無の目で天井を見つめていた。
所持金、ゼロ。
店、水泡に帰す。
HPだけが無駄に満タン。
「……実家のソファーに帰りたい……」
ジークが本気で大粒の涙を流したその時。
バタン! と重々しい扉が開き、乱暴に鉄格子の前へと引きずられてきた一人の女性がいた。
「いやだァァァ! 出してぇぇぇ! 次は勝てたんだぁ! あと1回、あと1回回せば絶対に確変が来てたんだってばぁぁぁぁ!!」
「やかましい! 往生際の悪い泥棒め、そこで頭を冷やしてろ!」
ガッシャーン!! と激しい音を立てて鉄格子が閉められる。
衛兵は忌々しそうにツバを吐くと中に放り込まれた女性に向かって言い放った。
「お前なぁ、いくらギャンブルの軍資金が尽きたからって『教会のお布施代』を勝手に盗み出してあろうことか全額賭博にぶち込むとか正気の沙汰じゃねえぞ! 神罰が下る前に町長からの絞り首の刑を待つんだな!」
そう言い残し、衛兵は去っていった。
静まり返る牢屋。
ジークは体育座りのまま、じーーーっと新入りの隣人を見つめた。
衣服は泥と酒の匂いでボロボロだが、よく見るとそれは神聖なる神の代弁者たる「僧侶」の美しい法衣だった。
見た目は若い、人間の女性。
しかしその口からは神への祈りではなく「確変」だの「出せ」だのという、生々しい呪詛が漏れ出ている。
(……うわぁ。なにこいつ、関わりたくねぇ……)
ジークは心の中で思いっきり引いていた。
自分が捕まった理由は「脱税」だが、隣の女は「教会の金を横領してギャンブル」である。
邪悪のベクトルが違いすぎる。
(聖職者がギャンブルで逮捕って世も末だなぁ……。人間どもの方がよっぽど悪魔じゃねえか……)
ジークが完全に黄昏れていた、その時。
牢屋の魔力中和の結界の影響か、あるいはジーク自身の集中力が切れたせいか。
――パキィン。
軽い音と共に、メアが作った「変装薬」の効果が切れた。
人間の髪型に擬態していたジークの頭部からニョキッと立派な角が、元通りに突き出す。
(あ、やべっ……!)
ジークは慌てて手で角を隠そうとした。
ここは人間の町の監獄。
鬼だとバレたら脱税どころか「魔物の容疑者」として即刻処刑ルートになりかねない。
しかし、そのジークの変身が解けた瞬間を隣のギャンブル僧侶は見逃さなかった。
血走った瞳がギラリと輝き、ジークを指差す。
「おっ!? あ、あなた……!!」
「ひっ、ち、違うんだ! これはカチューシャ的なおしゃれアイテムで――」
ジークが言い訳をしようとした、まさにその瞬間。
ぼわんっ!!!
と、牢屋の中に不自然なほど濃い白煙が立ち込めた。
「ゲホッ、ゲホッ! なんだぁ!?」
煙が晴れたそこには――さっきまでの人間の女性の姿はなかった。
頭には丸っこい獣の耳。
お尻からは太くてシマシマの、もふもふした尻尾。
法衣をだらしなく着崩したまごうことなき『狸の獣人』の少女が、ニカッと八重歯を覗かせて笑っていた。
「もしかして、お兄さんも『お仲間(魔族)』ですかー! いやぁ奇遇ですねぇ!」
「お前も人間じゃねえのかよォォォォォ!!」
ジークのツッコミが監獄に木霊した。
タヌキの少女は「しーっ!」と人差し指を口元に当てながらへらへらと笑う。
「これこれ、声が大きいですって。私はルーイ。人間どもに『泥棒タヌキ』って綺麗事で片付けられて迫害されたから、僧侶に変身して教会の金を毟り取ってやってたんですよ! ま、全部ダイスに消えたんですけどね!」
「ドヤ顔で決めるセリフじゃねぇだろ!」
まさかの監獄での「ヒーラー候補」とのエンカウント。
しかし、その中身はノイやメアを超える全てをサイコロに賭けるウルトラポンコツ博徒タヌキだった。
【ジークは 監獄で 最悪の仲間(?)と 出会った!】




