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初恋  作者: 浅見カフカ


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7/9

新見翔子(後編)

「全快祝い、歌うわよ!」理沙さんの大きな声で、スピーカーがキーンと鳴った。

テーブルの上には大量のバドワイザーとおつまみ。

「理沙さん、俺高校生っすよ」

「知ってる」そう言って悪戯っぽく笑うと、見たことの無いバドワイザーに似た缶をテーブルに置いた。

「バービカン?」

「そう、ノンアルコールビールだって」

「へぇ」俺は受け取るとプルタブを引いた。

プシュっと小気味よい音と一緒に炭酸が抜けた。タブを引き抜いて喉に流し込んだ。

「まっず」そう言ってテーブルに置くと「ええ?」と言いながら、理沙さんが一口飲んだ。

「まっず」理沙さんもそう言って笑いながら翔子さんに渡した。

(間接キスじゃん)

俺は理沙さんの唇から目が離せなかった。

「うわっ、苦い」翔子さんが右目を瞑って口に手を当てた。

「失敗だわ。将吾くん、コーラでも買っておいでよ。それと翔子、悪いけど一緒に行ってバージニアスリム買ってきてもらえる?」

理沙さんは全快と言いながら、未だ包帯巻の足をプラプラさせた。

そして俺だけに見えるようにウィンクをした。

カラオケボックスから出た俺たちは近くの酒屋へ歩いた。

街灯の明かりに二羽の蛾が、何度もぶつかるように飛んでいた。

「明日は満月ですね」

俺は僅かに欠けた月を見上げて言った。

「そうね」銀色の光に憂うような瞳を向けて、翔子さんも見上げた。

「——昨日。昨日、ビーチに居ましたね」

昨日と同じ白いワンピースの翔子さんにそう言った。

「そっか、あれは将吾君だったか」

「ええ、最後の最後でコケました」

「ナイトサーフィンするの?」

「地元の決まりで十八歳以上なんですよ」

「そうなんだ」

翔子さんはそう言うと足を止めた。

タバコの自動販売機の前だ。

「バージニアスリム......」そう呟きながら指でなぞった。

カタン。

取り出し口からタバコを取り出した俺は「理沙さんってタバコ吸うんですね」と翔子さんに聞いた。

「見たこと無いんだよなぁ」

翔子さんは首を傾げながら歩き始めた。

そこで俺はようやく意図に気付いた。

「あ、あの」

急に緊張して発音がおかしい。

「なぁに」

「俺、翔子さんが好きっす」

失敗した。好きですって言おうとして、いつものクセが出た。

「ありがとう」

それだけだった。

それからは無言で、月の光が溢れる夜を二人で歩いた。

「明日——」

沈黙を破ったのは翔子さんだった。

「明日、午後の一時に昨日のビーチに来てくれる?」

「はっ、はい」

俺の鼓動が強く早く鳴り始めた。

聞こえてしまうのではと思うくらいに。


約束の時間に行くと、翔子さんは既に居た。特に待ち合わせという素振りも無く、黙って海を見つめていた。

沖には数人のサーファーが波間に顔を出して、テイクオフの瞬間を待っていた。

俺は黙って翔子さんの隣に立って言葉を待った。

ここが想い出の場所——

「ここで恋人を失ったの」

「川村光一さん」

「大将から聞いたの?」

「はい」

「そっかぁ。気付いていたのね」

翔子さんは後ろで指を組むと、数歩進んで海を背に振り返った。

「彼にはお別れを言いに来たの」

その表情は泣き出しそうな感情を、無理に笑顔で固めたような、そんな顔だった。

「私ね、春には結婚するの。だからもう、ここには来ないから——今夜、約束だった花火を見てさよならするの」

そう言うと、彼女は再び海の方を向いて俺に背を向けた。

瞬間煌めいた雫は、波の飛沫か彼女の涙か......


大きな音に振り向くと、コンビニの大きな窓の向こうに、花火が上がるのが見えた。

(そうか、今日だったな)

俺は懐かしい気持ちで、バドワイザーを数本買うと店を後にした。

玄関を開けると出迎えた妻が「バドワイザー?懐かしいわね」と、コンビニ袋に透けたラベルを見て言った。

「苦い青春の想い出だ」

俺は理沙にそう言って袋を手渡した。

花火の音がひとつ、大きく響いた。






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