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初恋  作者: 浅見カフカ


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5/10

新見翔子(前編)

「バドワイザーも随分変わったな」

冷蔵ケースに並べられた、赤と銀の缶ビールを手にした。

あの頃は赤と白のデザインで、まだ高校生だった俺にとって、アメリカと大人の象徴だった。

そんな1985年の夏は、苦い思い出だった。


潮風が氷の旗竿をはためかせ、俺が働く海の家は盛況だった。

「将吾、焼きそばとポテトとカレーな。どこのテーブルかは分かるな」

「大丈夫っす」

「次、ブルーハワイとジンジャーエールあるから早く戻れよ」

「うぃーっす」

オーダーと配膳はひっきりなしで、夏休みに入ってから一週間で二キロ痩せた。

短距離の往復だけれども、万歩計を付けたら結構な歩数になると思った。

この夏は絶対にサーフボードを買う。

俺はこの目標に向かって張り切っていた。

「将吾、やっぱり二年目は動きがいいな」珍しく大将が褒めてくれた。

「あざっす」配膳が落ち着いて、俺は大将の補助に回っていた。ホールは今年からのバイトが動き回っている。

「あんみつとソフトクリームください」カウンターから聞こえた声に大きく返事をして向かうと女性客ふたりが立っていた。この辺では見ないキレイな人達だった。

「浮き輪って借りれますか?」

ソフトクリームを渡すと、黒い髪をポニーテールにまとめた女性がそう尋ねた。

「はい、貸し出しやってますよ」俺はそう言いながらもう一人の方、肩より少し長めの茶色いソバージュの女性にあんみつを渡した。

「ふたつ、お願いします」

「大将、貸し出し行ってきます」俺はそう言うと女性客と店の横の貸し出しコーナーに向かった。

「お姉さん達、泊まりですか?」

「あら、よく分かったね」ソバージュのお姉さんがそう言うので「地元じゃ見ない美人だから」と言うと背中を平手打ちされた。

「アンタ、将来有望ね」

咳き込む俺に向かってそう言うと、口元に手を当てながら仰け反って笑った。

「花火大会あるでしょ、それ目当てで来たの」

「じゃぁ週明けまで連泊っすか」

「今夜、お姉さんの宿まで遊びに来る?」

急に艶っぽく言われて俺は耳まで真っ赤になってしまった。

「理沙、からかわないの」

それまで黙っていたポニーテールの女性が、ソバージュの理沙さんをたしなめた。

「だって翔子、元気な男の子って可愛いじゃない」

俺はそう言って口を尖らせる理沙さんに浮き輪を渡すと「日没までに返却してください」と言って店に向かおうとした。

そんな俺の腕を理沙さんは掴んで「キミ、名前は?」と言った。

「しょ、将吾です。江崎将吾です」

「私は石川理沙。そしてこの子が新見翔子。じゃ、あとで返しに行くね」

二人は俺に手を振ると、海に向かって走って行った。

そのあとは、店の方からチラチラと二人の方を見ていた。

「将吾、ボーッとしてないでテーブル拭いとけ」

振り向くと、視線の先に気付いた大将が、ニヤニヤと俺を見ていた。

太陽が赤みを増して海に沈み始めた。

俺はこの、海が金色に煌めく時間がとても好きだった。海を滑るサーファーも、波打ち際で戯れるカップル達。皆、黒い人影になっていく黄昏時。

「おーい、将吾くん」

浮き輪をブンブン振った理沙さんが呼んでいた。

「今行きまぁす!」

俺は貸し出した浮き輪の、受領に向かった。

「あれ、翔子さんは?」

理沙さんは一人で二つの浮き輪持ってきていた。

「ああ、ナンパされてついて行ったよ」

「えっ、マジで?」

俺の驚いた顔に理沙さんは大笑いして「ウソウソ」と顔の前で手を振った。

「そっかそっか、将吾くんは陰のある女が好きか」と肘で脇腹を突いてきた。

「いやいや、なんか真面目そうだったから驚いただけです」

図星だった。理沙さんの後ろで、控え目に立つ翔子さんが気になっていた。

「将吾くんは休みはあるの?」

「木曜日、明後日が休みです」

「週イチなの?」

理沙さんが目を大きく開いた。

「週休二日よ、世の中は。稼ぐわねぇ」

「新しいボードが欲しいんですよ。今まで使ってたのが身長に合わなくて」

成長期で一気に短くなってしまったのだ。

「そっか、サーファーなんだね」

理沙さんの瞳が一瞬、曇ったように見えた。

「頑張り次第じゃ、大将のボードを売ってもらえるかもなんですよ」

「土地柄?サーフィンが身近なのは」

「そうっすね。大将も怪我をするまでは毎日乗ってたし、俺の親父も——」

「将吾、閉店作業するぞー」

話の途中で大将に呼ばれた。

「了解でーす」

俺は大将に手を振ると「また明日、来てくださいね」と理沙さんに言って店に戻った。

海の家の営業は夜の七時までと決められていた。この時間までに戸締りを終えないと即営業停止となってしまう。

忙しい時は戸締りだけして、仕込みはしない時もあるくらいに厳格だった。


「翔吾くん、来たよー」

理沙さんの声に客も店員も一斉に彼女を見た。

その視線の先には理沙さんと翔子とくれば、やはりナンパ男が反応した。

「お姉さん達、今日はずっと海?」

「そうよ。一緒に泳ぐ?保護者付きだけど」理沙さんは大将を指さして言った。

大将はナンパ男に視線を向けると、大きく咳払いをした。

「随分といかつい虫除けスプレーですね」俺がそう言うと「お代に乗せとくよ」と大将が被せてきた。

「高くついたかも」

理沙さんは翔子さんに顔を向けて、舌を出した。

苦笑いする翔子さんを見た大将の眉が、少し寄ったように見えた。


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