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初恋  作者: 浅見カフカ


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20/22

リズ

「知ってる?私たちの祖先は恋愛というものをしていたらしいよ」

リズはよく図書データ室に籠って、古典を読み漁っていた。読むとは言っても、MG(1000G)電波で脳の拡張端子に繋いだメモリに送信するだけだが。

52世紀はプランク長元年となった。

人類はとうとう物理学最小最短となる単位のテクノロジーを手に入れ、海馬と心臓と、幾つかの臓器に拡張端子を発見した。

結果、世界は上位生命体によるシミュレーションだと言うことが判明してしまった。

定期的な戦争も、人工飽和からの急速な出生率低下も、全てはプログラムされたものだった。

「恋愛ってなんだ?」

「よく分からないけど、好きの上位互換らしいわ」

「私は犬が好きだが、それの上位か」

「好きの上位の感情で、基本的に人間同士で成立するそうよ」リズはそう言うと、合成アップルのチューブを口元に運んだ。

「上位の感情を抱くと、どうなるんだ?」

「多くは結婚をして、生殖行為をしたらしいわね」

「人類の出生率が24世紀頃から激減したと学校で学んだよな、僕たち」

僕は中世の世界史の授業風景を、メモリから取り出して言葉に変換した。

「俊哉、そこなの。20世紀の後半から、人間以外も恋愛対象にしてしまう個体が発生するようになったと、記録にあったのよ」

「今はその感情すら、人類にはないけどね」

「私たちは最適のDNA同士をAIが掛け合わせてくれるから、生殖行為自体不要だもの」

過去には人種や民族というもの存在していて、それが争いの火種にもなったらしい。現生人類は登録した細胞から核を抽出して、最適なDNAと組み合わせる。そうしているうちに、人種も民族も消えた。

楽園エデン計画】

人類存続の為には、これが最適解だったと僕も思う。当初は単一のDNAからクローンを作っていたそうだ。これによる個体は、伝染病で絶滅寸前まで激減した。残った個体も、一定の数のクローンから細胞の分裂をしなくなり増えることがなかった。

「人類が生殖行為を放棄したのは、英断だったと思うわ」

「ああ、確かにね。リズたち女性にはなかなかリスクの高いものだったようだね」

「でも、どうして自らの命の危険も顧みずに妊娠や出産が出来たのだろう」リズは自分自身の身体を抱きしめるように、腕を回した。

「そうなんだよね。妊娠中は肉体的にも精神的にも相当な負荷を掛ける。更にその状態で10ヶ月も過ごさなくてはならない。これは非合理的だ」

「好きの上位互換の感情って、そんなに強いのかな?」

「もしもだよ、好きの上位互換がそんなに強いのなら、その相手に対して男性側は危険な行為を強いるだろうか?」

「そうよね、カプセルの中で生まれる方が遥かに安全で衛生的だわ」

「プランク前人類は感情で衝動的に動いてたのかもしれないね」

「そうプログラムされていたのかしら?」

「そうだと思うよ。感情を切り離したプランク後人類では、戦争どころか個人的な殺人も無いだろ。感情なんて持ってしまえば、楽園は追放さ」

僕はそう言うとリズに拡張子を開放した。

「じゃ、送るね」リズは僕に収集した古典文学のデータを送信した。


「オフィーリアとハムレットは恋人、つまり恋愛関係にあったんだね」

「そうよ。でも、本当にハムレットはオフィーリアを愛していたのかしら?」

「確かに疑わしいね。でも、復讐に巻き込まないよう遠ざけたようにも見えるな。『星が燃えることを疑っても私を疑うな』なんて手紙まで送っている」

「そう思えば『尼寺に行け』だなんてことも言っているのよ。尼寺は当時の隠語で売春宿のことだったそうよ。酷い侮辱だわ」

「ああ、彼女は正気では無くなって死ぬのか——オフィーリアだけは本当にハムレット愛していたのかもしれないな」

「僕は、この豊太郎って男を好きになれないかもしれない」

「そうよね。これは当時の人達の言葉を借りると『嫌い』という感情になるのかもしれないわ」

「結局エリスよりも出世を選んだ上に、出世の路を示した友人を恨むなんて——」

「本当にそう。まだ自身の決断に自分を責めるならまだしも」

「これは愛なんかじゃない。豊太郎が愛していたのは、貧しい女に手を差し伸べた自分自身だ。勝手に悲劇に悩む自分が可愛くて愛おしいんだ」僕は肩をすくめてみせた。

「私もそう思うわ」

「なぁ、この二人。——夫婦って関係のようだけど」

「デラとジムね」

「デラはジムの懐中時計の鎖を買うために、自慢のロングヘアーを売ってしまうのか」

「ジムは美しいデラの髪を飾る為のくしを、形見の懐中時計を手放して買うの」

クリスマスの贈り物——

この習慣も神の子の物語も、もう失われてしまったけれど、西暦という時間だけは受け継がれている。僕たちの根底には捨てきれない何かがあるのだろうか。

「そうして互いに持ち寄った贈り物は、無意味な物になってしまうのか」

僕はため息をひとつついた。

「——愚かだ。でもどうしたのだろ、目の奥が熱い」

「この無意味な贈り物をした愚かな夫婦の物語は【賢者の贈り物】という物語なの」

「二人は無意味な物を贈りあったのではなくて、大切なものを差し出したのだね」

「私、この物語をアーカイブしたの。何故だか消すことが出来なくて。鼻の奥がツンとして、心臓が痛くなるの」

「リズ、良ければ僕もデータを共有していいかな」

僕は——僕の中で共有したいものはデータではないような気がしていた。

上手く言えないけれど、リズと感じた気持ちを共にしたい気がした。

僕は合成アップルのパックにストローを挿した。甘さと酸味が舌の上を流れた。

リズは僕と共に、楽園エデンを出てくれるだろうか——





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