ベルリーナ・ジュリア
「ママぁ、パパは?」
夕べは夜更かしさんだった娘が、お気に入りのテディベアの腕を引いてリビングに現れた。
「初恋相手とドライブデートよ」
「えー、またぁ」頬を膨らませて不満を隠さない四歳児の素直さは、羨ましい気がした。
「心愛、朝ごはん食べちゃおうか」
「心愛、シリアルがいい」
「ドライフルーツは?」
「いっぱい食べる」
まずはテディを椅子に座らせて、次は自分が隣の椅子に座った。
「心愛ね、いっぱい食べてすぐに大きくなってパパと結婚するの」
「じゃぁ、レーズンも残しちゃダメよ」
「ジュリアなんてブスに負けないんだから」
心愛は鼻息も荒く注がれるミルクと、浸るシリアル達を睨みつけるように言った。
「ブスだなんて誰が言ったの?」娘の意外な言葉に驚いて尋ねると「賢一おじちゃん」と聞いて納得した。
お義兄さんなら確かに当時のことを知っているだろう。
醜い——
彼女が多くの人からそう言われたことを。
でもそれ以上の人達に、彼女が愛されたのも事実だ。
そして夫もその中のひとりだった。
もう何年も前だった。
ある雨の夜に夫はジュリアを連れて来た。
驚く私に「初恋だったんだ」と言って、丁寧に雨の雫を拭ってあげていた。
その晩は当然、言い争いに発展した。
お義父さんお義母さんは、私の味方に付いてくれた。夫の行動を友人達も「ありえない」と驚いていた。
唯一、義兄さんだけが中立な立場でジュリアの当時を語ってくれた。
それでも現在は私で、この生活だった。
翌週、義兄さんの仲介で、私はジュリアと会った。
「醜いジュリア」義兄さんの言葉に、覚悟を持っての対面だった。
夫が恋焦がれた初恋の君。
私たちの暮らしを脅かす異物。
何が彼を夢中にさせるのか——
結局、私にはよく分からなかった。
ただ、夫の嬉しそうな、少年のような瞳に受け入れるしかなかった。
「心愛はジュリアのこと好き?」
「んー」心愛は首を傾げる仕草を見せてから「ママが好き」と忖度を見せた。
思わず吹き出してしまった私の耳に、エンジンの音が聞こえた。ドライブデートが終わったようだ。
心愛も「パパ!」と言って玄関へ駆け出した。
心愛を追って玄関を出ると、ちょうど夫が降りたところだった。
少し名残り惜しそうにジュリアを見詰め、愛おしそうに指先で触れた。
そしてその手で駆け寄る娘を抱き上げると、屈託のない笑顔で私に手を振った。
その背中に真っ赤なアルファロメオ。
かつて醜いジュリアと呼ばれたジュリア・スーパーが光沢を放っていた。
「四枚扉だから」
家族が増えても大丈夫という意味だったのだろう。
今のところは大丈夫だけど......
私は振り返した手を下ろした。
そして——そっとお腹をさすった。




