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初恋  作者: 浅見カフカ


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14/23

鼓々④

動機はどうあれ、やっていることは非合法だ。

千早さん達は深夜のうちにビールケースとコンパネでステージを作ると、自分たちのチーム名の上から新たな絵を描き始めた。

「ニコさん、ユミさん。二人とも、もう帰らないと」千早さんが野次馬の私たちを心配して声を掛けた。

「明日は土曜日だから平気です」ユミが見当はずれの返事をして、千早さんに苦笑いをされた。

「ねぇ、ニコ。その鼓々って人は新城明日香で間違い無いんだよね」

「どうなんだろ。でも、重要なのはそこじゃないのかもね」

「どういう意味?」

「本人だからって、来ないかもしれないじゃない」

私は照明の落ちたコンサートホールの方向に目を向けた。昼間ならこの土手から見える立派な建物だ。

「ニコって結構ドライね」

「これってさぁ、きっとスギさんの初恋なんだよね」

「そうかもね」

「二十年以上、約束のハンカチを持って見続けた初恋の夢」

「ロマンティックね」ユミは明かりの落ちた街に、少しだけ見えた夜空の星を見上げた。

「幸せの都市伝説。彼女が来ても来なくても、スギさんは幸せなんじゃないかな」

「どういう意味?」

私は無言で橋脚を指差した。

投光器に白く浮かび上がるコンクリートの橋脚。そこにはスギさんの為に、何の得も——犯罪のリスクしかないのに集まった沢山の人。

「そっかぁ。そうだね」ユミの両端の口角が上がった。

「ニコ、買い出し行こう!私たちも幸せの共犯者になろう」

「いいね」

私は立ち上がると、ユミと一緒にコンビニに向かった。

コンビニの窓にも新城明日香のポスターが貼ってあった。明日の土曜と明後日、日曜の二日間。

「でもさ、もしも来るならいつかな」

「いつだろうね」

そう言いながら、買い物カゴにパンと飲み物を大量に詰め込んだ。

「なんだかんださ、人の為にお金使うのって楽しいね」私がそう言うと「不思議だよね。自分の物にならないのに」とユミが楽しげに答えた。

「欲しいものって、買っちゃったら終わりだもんね」

「そうそう。喜んで貰えるかな、どんな反応するかなって思ったら、買ったあとも楽しいもんね」

私たちはそんなことを話し合いながら、スギさんたちの所へ向かった。

「休憩しませんか?」

私たちはコンビニ袋を高く掲げて振って見せた。予想外に千早さんたちは、一瞬戸惑った表情を見せた。

「ワッチ班、休憩いけるか?」千早さんはトランシーバーのトリガーを押すとそう言った。ノイズ混じりの返事が「大丈夫です」とスピーカーから届いた。

「全員、十分休憩な。タクローとコンタは明けたらワッチ班と代わってやってくれ」

千早さんはそう指示すると脚立から降りてきた。

スギさんもDrownDrawのメンバーも、皆がステージに腰を下ろしてパンをかじった。スギさんはアンパンにご満悦だ。

「ホントはね、スピード勝負だから休憩とかしないんだ」古参メンバーのヨーコさんが耳打ちした。

「そうなんですか」

「警察が来る前に描き逃げがデフォなのさ、アタシら落書き屋は」ヨーコさんはそう言うと歯を見せてニッと笑った。

「じゃぁ私たち、余計なこと」

「いや、見てみなよ。おかげで皆、いい顔してる。あとは見張りのワッチ班に任せるさ、ありがとうね」そう言ってヨーコさんは残りの缶コーヒーを一気にあおると立ち上がった。

「さぁ、仕上げるよ!」ヨーコさんの号令に、あちこちで一気大会が始まった。

私とユミはコンビニ袋を手にゴミを集めて分けると、スギさんに渡した。空き缶とプラゴミ、少しでもスギさんの助けになればと思った

それから間もなく、絵は完成した、

照明が消えるまでの一瞬、自由の女神とマンハッタンが描かれた橋脚が浮かび上がった。


その後——

鼓々が来たのかどうかは、当人以外誰も知らない。

週明けに行われた行政代執行。

スギさんは施設に保護され、橋脚は白く塗り潰された。

「なんか、気が抜けたね」ハンバーガーショップの二階席で、テーブルに突っ伏したユミが言った。

「——でね、その女の人からハンカチを受け取る事が出来ると、幸せになれるらしいよ」

店内の雑多な音に、そんな会話が混じって消えた。

私たちは顔を見合せて、お互いに歯を見せあった。





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