鼓々④
動機はどうあれ、やっていることは非合法だ。
千早さん達は深夜のうちにビールケースとコンパネでステージを作ると、自分たちのチーム名の上から新たな絵を描き始めた。
「ニコさん、ユミさん。二人とも、もう帰らないと」千早さんが野次馬の私たちを心配して声を掛けた。
「明日は土曜日だから平気です」ユミが見当はずれの返事をして、千早さんに苦笑いをされた。
「ねぇ、ニコ。その鼓々って人は新城明日香で間違い無いんだよね」
「どうなんだろ。でも、重要なのはそこじゃないのかもね」
「どういう意味?」
「本人だからって、来ないかもしれないじゃない」
私は照明の落ちたコンサートホールの方向に目を向けた。昼間ならこの土手から見える立派な建物だ。
「ニコって結構ドライね」
「これってさぁ、きっとスギさんの初恋なんだよね」
「そうかもね」
「二十年以上、約束のハンカチを持って見続けた初恋の夢」
「ロマンティックね」ユミは明かりの落ちた街に、少しだけ見えた夜空の星を見上げた。
「幸せの都市伝説。彼女が来ても来なくても、スギさんは幸せなんじゃないかな」
「どういう意味?」
私は無言で橋脚を指差した。
投光器に白く浮かび上がるコンクリートの橋脚。そこにはスギさんの為に、何の得も——犯罪のリスクしかないのに集まった沢山の人。
「そっかぁ。そうだね」ユミの両端の口角が上がった。
「ニコ、買い出し行こう!私たちも幸せの共犯者になろう」
「いいね」
私は立ち上がると、ユミと一緒にコンビニに向かった。
コンビニの窓にも新城明日香のポスターが貼ってあった。明日の土曜と明後日、日曜の二日間。
「でもさ、もしも来るならいつかな」
「いつだろうね」
そう言いながら、買い物カゴにパンと飲み物を大量に詰め込んだ。
「なんだかんださ、人の為にお金使うのって楽しいね」私がそう言うと「不思議だよね。自分の物にならないのに」とユミが楽しげに答えた。
「欲しいものって、買っちゃったら終わりだもんね」
「そうそう。喜んで貰えるかな、どんな反応するかなって思ったら、買ったあとも楽しいもんね」
私たちはそんなことを話し合いながら、スギさんたちの所へ向かった。
「休憩しませんか?」
私たちはコンビニ袋を高く掲げて振って見せた。予想外に千早さんたちは、一瞬戸惑った表情を見せた。
「ワッチ班、休憩いけるか?」千早さんはトランシーバーのトリガーを押すとそう言った。ノイズ混じりの返事が「大丈夫です」とスピーカーから届いた。
「全員、十分休憩な。タクローとコンタは明けたらワッチ班と代わってやってくれ」
千早さんはそう指示すると脚立から降りてきた。
スギさんもDrownDrawのメンバーも、皆がステージに腰を下ろしてパンをかじった。スギさんはアンパンにご満悦だ。
「ホントはね、スピード勝負だから休憩とかしないんだ」古参メンバーのヨーコさんが耳打ちした。
「そうなんですか」
「警察が来る前に描き逃げがデフォなのさ、アタシら落書き屋は」ヨーコさんはそう言うと歯を見せてニッと笑った。
「じゃぁ私たち、余計なこと」
「いや、見てみなよ。おかげで皆、いい顔してる。あとは見張りのワッチ班に任せるさ、ありがとうね」そう言ってヨーコさんは残りの缶コーヒーを一気にあおると立ち上がった。
「さぁ、仕上げるよ!」ヨーコさんの号令に、あちこちで一気大会が始まった。
私とユミはコンビニ袋を手にゴミを集めて分けると、スギさんに渡した。空き缶とプラゴミ、少しでもスギさんの助けになればと思った
それから間もなく、絵は完成した、
照明が消えるまでの一瞬、自由の女神とマンハッタンが描かれた橋脚が浮かび上がった。
その後——
鼓々が来たのかどうかは、当人以外誰も知らない。
週明けに行われた行政代執行。
スギさんは施設に保護され、橋脚は白く塗り潰された。
「なんか、気が抜けたね」ハンバーガーショップの二階席で、テーブルに突っ伏したユミが言った。
「——でね、その女の人からハンカチを受け取る事が出来ると、幸せになれるらしいよ」
店内の雑多な音に、そんな会話が混じって消えた。
私たちは顔を見合せて、お互いに歯を見せあった。




