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初恋  作者: 浅見カフカ


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11/22

鼓々①

「でね、その女の人から受け取ることが出来ると幸せになれるんだって」

十分だけの気怠い休み時間、教室のどこかからそんな声が聞こえた。

「ニコ、今の話聞いた?」私の椅子の半分を占拠しながらユミが声をひそめた。

「なんか都市伝説みたいな話?」

「そう、都市伝説。その女の人がくれるものって何か分かってないのよ」

「あのさぁ」私は呆れ声で続けた。「具体的なものが何ひとつ無いのよね」

「チッチッチ」そう言う私にユミは人差し指顔の前で振ると「スギさんが二十年くらい前に受け取ったらしいよ」と言った。

「えっ、だって幸せになるんでしょ。スギさんって橋の下のホームレスのことだよね」ホームレスと幸せが結びつかなくて、私は首を傾げた。

「そう、あの人。ママがJKの頃からの筋金入りのホームレス」

「えっ、ヤバっ」

そこで授業開始のチャイムが鳴って、私はお尻の領土の全てを回復した。


その日の放課後。

夕陽が赤く染め上げた土手を歩いた。

ビルの影も私の影も長く長く伸びて、異界の住人のように見えた。

アスファルトとコンクリートに囲まれたこの街で、土と草花の匂いのするこの通学路が私のお気に入りだった。

視線の先にスギさんの橋を見つけた。最初から橋の影に呑まれていたスギさんの影は、さらに濃く落書きだらけの欄干に伸びていた。

「幸せの女性と何かかぁ」

夕餉ゆうげの支度だろうか、鍋を火にかけるスギさんを見ながら独りごちた。

幸せという言葉は実に主観的で、共有するには曖昧だと思った。

私の目には幸せに見えないスギさんは、本当に幸せなのだろうか。

じゃぁ満員電車のサラリーマンは?

数学の授業中の私は?

パフェを食べてる私は?

頭がグルグルしてきた。


「あまり変なことに首を突っ込むじゃないぞ」

夕飯を囲む食卓でパパに釘を刺された。

「都市伝説?スギさん?」

「スギさんだ」

「でも、あの人がトラブルを起こしたことって聞いたことないよ」

「そうだな。スギさん自身は無害かもしれない。でもな、スギさんのような人はトラブルを呼んでしまうことがあるんだ」

パパは夕刊を置くと私に向き直った。

「スギさんの居る場所、他の欄干よりも落書きが多いだろ」

私は右上に視線を移すといつもの通学路を思い浮かべた。

「そうだね。多いかも」

「あれはスギさんをからかいに来ている連中の落書きだよ。それにスギさんは何度か襲われて怪我をしている」

私は言葉に詰まった。

何もしていないし、財産だって無いのに何故襲われるんだろう?

「いいね」パパはそれだけ言うと食卓の青椒肉絲に箸を伸ばした。


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