2.自己紹介
びしょ濡れのままだと大変だろうということで、少年は男を家に招いた。自分の部屋に案内し、男にここで待っておくように伝え、部屋を出ていった。ほどなくして、少年はタオルを持って戻ってきた。差し出されたそれを男は手に取り、濡れている箇所を拭いた。少年の目には、タオルが宙に浮いて見えている。
「体も冷えて寒いんじゃない? 着替えも持ってきたから、この服を着なよ」
男は渡されたものを見て、眉をひそめた。
「おいおい、何だ、そのダサいTシャツは! タオルも着替えも貸してくれることには感謝だが、ジャケット以外はそこまで濡れてない。これさえ乾かせば何とかなるから大丈夫だ」
「えっ、今って服を着ているの?」
「当たり前だろ。外出するときに服を着ないやつがいるか?」
「だって……」
「あっ! 今お前、どうせ見えないのに着る必要があるのかって思っただろ! ひでえな。いくら見えなくても裸で外に出る勇気なんて俺にはねえよ。もし、万が一、いや、そんなことはないとは思うが、奇跡でも起きて俺の姿がほかの人に見えるようになったとき、裸だったら大問題だろ! そんなやつ、変態だろ! それに、俺だっておしゃれをしたい年ごろなんだよ!」
「おしゃれねー」
「あっ! 今度は、おしゃれしても見えないから意味ないじゃんって思っただろ! いいか、おしゃれはな、人に見られるためだけにするものじゃない、自分のためにするものでもあるんだぞ。自己表現ってやつだ。好きな服を着たらテンションが上がるだろ? 俺もそうだ。それで満足なんだよ。まあ、お前みたいな子供にはまだわからないかもな。これが本当の見えないおしゃれってやつだ」
「はいはい、わかったよ。ただ、何かを身につけてくれると君がそこにいるってわかるから、僕としてはコミュニケーションがとりやすくなるんだよね」
「確かにそうだな。おっ、これいいな」
彼が手に取ったのは、机の上に置かれていた黒縁眼鏡だった。それをかけ、鏡の前に立ってみる。
「おー、いいじゃん。今の俺のファッションにも合っているし。これをかければ、顔がどの辺にあるかはわかるだろ」
「いいけど、眼鏡だけが宙に浮いているって不思議な光景だなー」
「すぐに慣れるさ。てか、これ度数入ってないんだな」
「うん。今、僕がかけているのも伊達眼鏡だし」
少年は自分の眼鏡を指差した。
「そうなのか。普段から伊達眼鏡をかけるなんて、お前もおしゃれに気をつかっているじゃないか」
「これは……、そういうのじゃないよ」
眼鏡のずれを直すふりをして、少年は男から視線をそらした。
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「ところで、君のことは何と呼べばいい? 名前はあるの?」
「あるけど、この世界の言葉に直すとめちゃくちゃ長いんだよ。だから、もっと短い名前がいいな。そうだな……、じゃあ、ライリーって呼んでくれ」
「わかった。ちなみに何でその名前?」
「ライリー・ルイスに似ているんだよ、顔が」
「えっ」
少年はまじまじと宙に浮く眼鏡を見つめた。顔を想像しているようだ。腕を組み、何やら考えている。どうやら結論が出たようだ。冷めた目で男を見ている。
「おいおい、何だよ、その顔は! 信じられないって感じの目は!」
「いや、見え透いた嘘をつくなと思って」
「お前、俺の顔なんて見えてないだろ! 似てないって証明できないだろ!」
「似ているとも証明できないよ。だって、ライリー・ルイスって、あの有名な海外スターでしょ? 髭が似合うワイルドイケメンの」
「そうだ」
「根拠はないけど、かっこいい人ってもっと言葉づかいが丁寧で、落ち着きがあると思うんだよね。君には当てはまらないっていうか……。世の中には見えないけど確信することってあるんだよ」
「失礼だぞ! 俺の顔を見せられないのが残念だ! 大体お前な、一見クールに見えるけど、思ったことが割と顔に出るタイプだぞ。お前の顔は見えているんだから表情に気をつけろ!」
「ごめん、悪かったよ。あと、お前って呼ぶのはやめて。僕の名前はトウマアキラ」
「おう、アキラ、よろしくな」
「よろしく、ライリー」
アキラが右手を前に差し出した。ライリーは少し迷った。その手に応じていいのだろうか。今まで一人だった世界が一変してしまう。ただ、この出会いをなかったことにはしたくなかった。
ライリーは右手を差し出し、アキラの手を握った。




