継承の弾丸(ドラゴン・バレット)
二〇二九年七月八日、午後。からくり競艇公式チャンネル「カササギ」。一億を超える視聴者の視線が宮島に収束する中、G1宮島ダービー二日目第七レースのピットは、極限の緊張感に包まれていた。
四号艇・安貞雄一、五号艇・安藤和也、六号艇・篠田篤。佐賀支部が誇る若き機兵たちは、師・大峰幸太郎が予選で沈んだ悔しさを胸に、青白い闘志を滾らせる。
「……大峰さんの分まで、僕たちが走る。龍はまだ、死んじゃいない」
対する内枠には、静岡の名門・和久田親子の鉄壁が立ちはだかる。
「佑樹、勝負の場だ。情を捨て、冷徹な壁になれ」
「了解、親父! 僕たちの「親子連携」で、佐賀の暴走を食い止めてやる!」
しかし、その殺伐とした包囲網の真ん中に、もっとも異質な存在がいた。二号艇・平野一貴。瓜生俊樹の師であり、山口支部で「無のマブイ」を体現してきた、静かなる先駆者だ。
彼は平然と機首を向け、ただ淡々と、黒い機体を一マークへと向けていた。
「……争う心があるから、波に足を取られる。私はただ、道を通るだけだ」
大時計がゼロを指したその瞬間、安貞が龍の咆哮と共に爆発的な加速を見せる。
「四号艇・安貞雄一――ST【.〇一】!!!」
凄まじい轟音と共に、安貞の「残響の蒼龍」が内枠の和久田親子の物理障壁を食い破らんと殺到する。親子が放つ二重の黄金マブイを力技でねじ伏せ、一マークを粉砕せんとする龍の翼。
しかし、その狂乱の火柱の中を、一筋の影が音もなく通り抜けた。平野一貴だ。
彼は安貞と和久田が激突して減速したその瞬間、彼らが作り出したエネルギーノイズすらも推進力へと変換する、恐るべき静寂の差し――「ゼロ・トランス」を完成させた。
鏡のような水面を滑り、バックストレッチを独走する平野。だが安貞もまた、師から継いだ龍の翼で死の淵から舞い戻る。
「……まだだ! 差されても、龍の翼は折れない!!」
ピットのモニターを見つめる誠は、拳を握りしめて叫んでいた。
「行け、安貞さん! その魂の重さは、誰にも負けないはずだ!!」
足元のスーが、安貞の咆哮に呼応するように短く鼻を鳴らした。
一億を超えた衆望が宮島の海を焼き尽くす中、物語は第二ターンマークの死線へと加速していく。




