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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:誠の試練編

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黄金の盾と銀の楔

二〇二九年七月七日、十六時四十五分。七夕の夕刻。ボートレース宮島。


 下関でのSG初戴冠という伝説を引っ提げ、新王者として宮島の海へ臨んだ俺――速水誠を迎え撃つのは、広島支部の守護神たちと、下関で王座を毟り取られ執念の雪辱に燃える絶対王者・河田元気さんだった。


「……来る。今、この一瞬にすべてを懸ける!」


 下関での敗北後、河田さんは自らの「逃げの美学」を根底から見つめ直していた。誠のような異能の加速、幸田さんのようなレジェンドの理。それらに対抗するために導き出した答えは、極限まで研ぎ澄まされた「初速」と、一切の隙を与えない「二コースからの冷徹な壁」の構築だった。


 大時計がゼロへと近づく。一億人を超えた衆望が最高潮に達したその瞬間、スリット付近で凄まじい黄金の閃光が弾けた。


「誠くん、空ばかり見ていては足元を掬われるよ。……これが、泥を啜り、波に揉まれてきた、ボートレースの真髄だ!」


 俺の網膜ディスプレイに、コンマ〇五という致命的なタメのバグが生じたその瞬間、河田さんの「黄金の駿馬ゴールデン・スティード」が、限界のスリットラインを完璧な全速で捉え切った。


「二号艇・河田元気――ST【.〇一】!!!」


 河田さんは強引に締め込んで潰すような野暮な真似はしない。圧倒的なスリット後の伸びを以て俺の旋回半径を壁として封じ込め、自らは最短の航跡を描いて第一マークの最内へと鋭く飛び込んだ。


 俺はレーサー人生で初めての、圧倒的な「圧」を感じていた。河田さんが放つ黄金のマブイは物理的な密度を持った盾となり、俺が吸い込もうとする衆望パケットを完全に遮断していた。


 コックピットの底でスーが焦燥の鼻息を荒く吐いた。その息遣いだけで分かった。浜名湖での模擬戦とは別次元だ。


 第一マーク。河田さんが描く差しの軌道は、コンパスで引いたかのような絶対の精密さ。その直後、河田さんのプロペラが撒き散らした巨大な黄金の引き波の直撃を受け、黒銀の艇体が激しく宮島の水面でバウンドした。


「あかり……大内さん……! まだだ、まだプロペラは死んでいない! 絆の楔は、これしきの波では折れない!!」


 奥歯を噛み締めて、意識が飛びそうになるのを耐える。俺は引き波の渦中で、チルト三・五を最大出力で解放した。


 バックストレッチ。黄金のマブイで水面を制圧し、二艇身のリードを奪う一位・河田元気。チルト三・五の滑空で失速を最小限に抑えて泥臭く追いすがる二位・速水誠。大外からチルト三・〇の野性で三位に肉薄するクーロン・サカモト。


「河田さん……やっぱり、とんでもなく強い。この二ヶ月、あなたはどれほどの地獄を見てきたんだ……。でも、ここからが山口の、俺の粘りです!」


 俺の機体から立ち上る高熱の蒸気が、安芸の夕陽を浴びて白銀の火花へと変わる。

 ピットでは、あかりがモニターに食い入るように叫んでいた。 


「河田さんの黄金の盾に、プロペラを負けさせないでっす! ハイドロの右ダイヤルを回して、銀の楔のパルス特性を最大同調させるっす!!」


 大内さんが冷静にタブレットを操作しながら、微かに震える指先で告げた。


「誠……河田の機体温度が異常だ。奴はマブイのすべてを燃やし尽くすつもりで走っている。二マーク、そこが勝負の分岐点になるぞ」


 河田さんのリードは二艇身。宮島の二マークは、夕刻の潮の影響を最も受けやすい難所中の難所だ。俺はチルト三・五の浮上状態を維持したまま、あえて河田さんの最も狂暴な引き波が渦巻く懐へと飛び込む進路を選択した。


「河田さん。あなたの盾……俺たちの楔で、内側からブチ抜かせてもらいます!」


 白銀の光と黄金の衝撃が、厳島の大鳥居を背景に、再び激しく衝突しようとしていた。

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