完全直結
二〇二九年、下関――SG「衆望万魂祭」、予選二日目。
「共鳴装甲」の超微振動によって九州合同ラインの挟み撃ちを鮮やかに弾き返したのも束の間、さらなる狂暴な牙が、三十九号機の白銀のハルへと容赦なく襲いかかった。
「山口の白銀の主役さんよ、俺たち香川支部を忘れてもらっちゃ困るぜ!! お前のその綺麗な質量密度を、この水上でバラバラに分解してやるよ!!」
耳を劈く不快な金属共振のエラーノイズと共に、俺の右舷方向へと急浮上してきたのは五号艇の森田勝司だった。
旧式の霊子タービンとジャンク装甲を歪に組み合わせた狂気のハルから、意図的な非周期エラー振動――「ディスコード・ノイズ」が炸裂。俺がカウル全体に展開していた共鳴装甲の同調周波数を外部から激しく撹乱し、三十九号機の超伝導フレームをガタガタと軋ませ、コンソールの計器類を一斉にブラックアウトさせた。
俺の網膜ディスプレイ視界が二重三重に激しくブレ始め、浜名湖の地獄の特訓で掴んだばかりの質量密度が、泥水のように濁り霧散しかけたその瞬間。今度は二号艇の宮地明さんが、一発の弾丸となって俺の懐のデッドスペースへと猛烈に飛び込んできた。
「前日のドリーム戦での、幸田レジェンドに対する師匠の敗北の屈辱を、ここで俺が晴らすたい!!」
「行け、毅!! 誠さんの密度が綻んだその座標の隙間を、お前の鼻で一瞬で嗅ぎ分けるたい!!」
宮地さんの従えるビーグル型生体デバイス「毅」が激しく咆哮し、異常振動によって一瞬だけ生じた俺の防壁の僅か数センチの空白を、電算超嗅覚で完璧に嗅ぎ分けた。宮地さんの二号艇が、流体うねりの最短回航ラインを以て、俺の最内の内枠を深く、深く抉り取ってくる。
「ぐっ……、ハイドロのハンドルが……手の感覚が、完全に消えていく……っ!!」
右舷からは森田の放つディスコード・ノイズ、左舷からは宮地さんの鋭すぎる最内差し、そして真後ろからは西野貴志さんの獰猛な爆炎。完全に逃げ場のない、水上の合法的処刑包囲網が完全に完成していた。
その時、足元のスーが俺の膝の上に頭を叩きつけるようにしてドスンと押し付け、インカムに向かって限界まで、激しく、低く唸り声を響かせた。
その生命の熱が、脳に直撃した。
ノイズで麻痺しかけていた俺の運動神経系へと、何かが流れ込んでくる感覚があった。これはスーの生命パルスか、それとも俺自身の野生がまだ生きていたのか、その区別がつかなかった。ただ、ハンドルを握る右手が動いていた。
キィィィィィンッッッッ――!!!!
三十九号機の剥き出しの排気口から、極純白銀のレーザーに混じって、不気味な黒い放電が走り始めた。
万魂モニュメントから絶え間なく注ぎ込まれていた三千万人の衆望オブジェクトデータが、俺の脳内にある極限の過負荷苦痛と最悪の融合を起こし、未知の重力エネルギーへと強制的に因果転換されたのだ。
「……う、お、おおおおおおおおッッッ――!!!!」
俺の白銀の瞳から一時的に光が完全に消え去り、周囲のすべてを強制的に吸い込み、飲み込む重力の闇がそこに宿った。これは俺の力か。俺が望んだ力か。分からなかった。でも手が動いていた。
森田の放つ非周期エラーを逆にシステム吸収し、宮地さんの鋭い差しハンドルを、空間の歪みとして透過受け流した三十九号機が、第一マークであり得ないバンク角のまま鋭く旋回。黒い放電の後流を引きずりながら、独走のトップで電子ゴール板を冷酷に突き抜けていった。
チェッカーフラッグ。一着、一号艇――速水誠。
しかし、ゴールラインを通過したその瞬間、三十九号機はすべての霊子ボイラーの火を完全に失い、魂の抜けた冷たい抜け殻のように、下関のプールを不気味に漂った。
救助艇によってピットへと牽引されてきた誠の肉体は、白銀のヘルメットを自らの手で脱ぐ力さえも残されていない、完全なフリーズ状態に陥っていた。
「誠師匠!! 大丈夫っすか!?」
野田あかりが、真っ青な顔をして電算コンソールから駆け寄ってくる。
山口支部のピット裏、薄暗い影の中からその凄絶な光景をじっと凝視していた守屋あおいが、震える両手を自らの胸の最中心へと、強く、強く当てた。
「……誠くん。どうして、そんな禁忌の力にまで、たった一人で手を出しちゃうの……。それじゃあ、私たちが山口の夕暮れの平水面で、ただ静かに並んで走っていた、あの綺麗な白銀の景色には、もう二度と戻れなくなっちゃうよ……」




