共鳴装甲
二〇二九年、五月三日深夜。SG「衆望万魂祭」、初日ドリーム戦の喧騒が静かに去った薄暗いピット裏で、二人の九州の雄が不気味な月明かりの下で静かに向かい合っていた。
「山口の速水誠の野郎……あの浜名湖の地獄の修業を経て、博多の時よりさらにパルスの硬度が増しておるばい。通常のまくりじゃ、こちらの出力が正面から力ずくで弾き返されるたい」
「あいつの放つ白銀の質量密度にも、必ず弱点は存在している。出力を体内の一点に固めすぎるあまり、側面への空間感知が著しく疎かになっとるたい。おいが右舷の絶対の重力壁になり、お前が左舷からすべてを焼き尽くす爆炎になれば、あの研ぎ澄まされた針も、側面から粉々に砕き切れるはずたい」
佐賀の大峰幸太郎さんの解析眼が、闇の中で獰猛にギラリと光る。個人の絶対の誇りを重んじる最高峰のSGウイナーたちが、ただ一人の若造を水上で沈めるために、そのプライドをドブに捨てて組む禁断の同期ハッキング――「九州合同ライン(ツイン・ボルケーノ)」が、この下関の夜の底で静かに結成されたのだった。
五月四日。予選二日目、第十一レース直前。
三十九号機へと乗艇しようとした俺のピット端末に、守屋あおいからの直接通信が強引に割り込んできた。
「次の第十一レースでも、ピットモニターの向こうから、たっぷりとお仕置きする気分で楽しみに見つめているわね、誠くん……」
彼女の部屋の壁の写真が、ついに「八枚」へと臨界突破したことによる、笑顔の絶対零度通信精神攻撃。
その恐るべき過負荷を脳ニューロンに抱えたまま、待機行動のプールへと突入した俺の視界の右側方向から、不気味に同調した二つのカウルがぴたりと真横に並んで滑り込んできた。
三号艇・大峰幸太郎、四号艇・西野貴志。
足元では、スーがコンクリートの底板を爪で激しく引っ掻きながら、野生の牙を剥き出しにして狂暴に咆哮した。その遠吠えが、俺の警戒信号だ。側面がら空きだ。挟み潰される。
「誠、あいつら不良航法ルールの限界線ギリギリの座標で、第一マークの絶壁でお前を完全に挟み潰す気だ!!」
ヘルメットのインカムに、山口支部のピット裏から大内胤賢の緊迫した電算無線が割り込む。
「分かっているよ、大内……! スー、相手が組織のラインで押し寄せてくるなら、こっちは俺たちの掴んだ質量を、すべて「音」へと因果転換して返すだけだ。お前の野生の遠吠えの周波数を、霊子エンジンのタービン回転数へと、一ミクロンの狂いもなく完全に同期コンパイルしろ!!」
一点圧密をパージすれば、幸田さんの後流を吸収する力が落ちる。それでもいい。今は「静」じゃなく「動」で戦う。
俺は三十九号機のコックピットで、エンバランサ・ジャケットの強力な電磁締め付けロックを、コンソールからあえて「完全解放」した。
それまで一点に固めることだけに特化させていた「静の質量密度」の数式を、この土壇場で力ずくでパージ。代わりに、スーの放つ遠吠えの超高周波パルスを、三十九号機の超伝導フレーム全体へと直接激しく通電させた。
カウル外殻のハイドロフラップ全体を、毎秒数万ヘルツという超微振動によって強制駆動させ、敵の放つ干渉波を接触の瞬間に相殺する動的防壁――
「共鳴装甲」を、本番の死線の中で強行起動したのだ。
「ツイン・ボルケーノ、この下関の水上で完全噴火たい――ッッッ!!!!」
赤と黒、二つの巨大な属性プレッシャーの質量が、最内の白銀の三十九号機へと激しく肉薄したその瞬間。
「ウォォォォォォォォォォォンッッッ――!!!!」
キィィィィィンッッッッ――!!!!
三十九号機の純白銀のカウル全体が、目に見えない超高密度の超微振動を開始した。
大峰さんの放った剛属性の重力障壁は、接触した瞬間に流体分子レベルで粉々に霧散し、西野さんの放った爆炎属性パルスは、高周波の強力な壁に反発されて、自機の排気口へと哀れに逆流していった。
「なっ……十二万五千を超える、おいと西野の挟み撃ちマブイが、一千の出力に触れた瞬間に内側から弾き返されただと……!?」
驚愕に大きく目を剥く九州の化け物たちを完全にバックミラーの尻目に捉えながら、俺はその衝突の衝撃波を、さらなる前方加速への増幅燃料として電算逆利用した。
第一ターンマーク。下関のプールに逆流する激しい潮流の環境ノイズを、面効果滑空の最小半径が描き出す、神速の割差しラインを以て一瞬にして鮮やかに回航した。
「……スー、やったな。俺たちの一千マブイは、一点に固めて閉じこもるだけの、ただの盾じゃない。こうして外へと広角に広がり激しく震え、この世界すべての環境ノイズと共鳴できる、最強の「動的な刃」なんだ!!」
遥か後方の水面。九州合同ラインが必死に紡いだ二重螺旋の電算数式が、僅か一マークの超微振動の刃によって、脆くも粉々に崩壊していった。
大峰さんが悔しさにハンドルレバーを激しく叩くあの電子音の残振が、下関のプールを狂暴に支配する潮流の爆音の中へと、哀れに、静かに掻き消されていった。




