第79話:鳴門の渦に散る閃光!「天女」と「爆炎」の強襲
速水誠が鳴門の激流に挑む今、その背景にはかつて九州・大分支部に存在した伝説の水面、**「別府競艇場」**の記憶が色濃く影を落としている。
「海の競艇」の極致:
別府競艇場(かつての別府港)は、別府湾の入り口に位置し、かつて「日本一過酷な水面」の一つと称された。大分支部のレーサーたちは、ここを本拠地としていた。
強烈な波と風:
別府湾特有の強い南東風が吹き込むと、水面はうねりを伴う高波に変わる。淡水やプール型の競艇場しか知らないレーサーは、第1マークに到達する前に波に叩きつけられ、マブイの同期を失う。
再建された精神の特訓場:
現実は廃止された競艇場だが、からくり競艇の世界では、大分支部の面々が「波を乗りこなす極意」を磨くための、秘密の特訓場として再建・維持されている。
別府で育ったレーサーたちは、平穏な水面を走るための技術ではなく、**「荒れた水面をいかに最短距離で跳ねるか」**という野性的な感覚を身につけている。鳴門の渦潮を前にして、誠が「密度」を武器にするならば、彼らは別府で培った「波との共鳴」を武器にするのだ。
2029年5月3日。徳島・ボートレース鳴門、TGレース『衆望万魂祭』ドリーム戦。
会場中央の「万魂石」が放つ数千万人の期待が、天を突くオーロラのように空を彩っている。その輝きは美しくも、レーサーにとっては命を削る重圧そのものだった。
インコースに構える速水誠と河田元気。慎重なスタートを切った二人の右側から、物理法則を置き去りにした「殺気」が飛来した。
「誠、ごめんね……。今日は、誰の背中も見たくないの。あなたの背中さえも」
4コース、カド位置。守屋あおい。彼女はコンマ02、全速の**「弾丸スタート」**を叩き出した。
守屋の機体から放たれた「嫉妬」のマブイは、万魂石の膨大な衆望を強引に吸い込み、巨大な氷の翼へと変貌。内側のマブイ障壁を鋭利な刃で切り裂き、軽々と越えていく。
さらに続いたのは、5コースの西野貴志。
「おいが……おいたちが福岡で負けたまま終わると思うなよ! 誠、守屋、まとめて焼き尽くしてやるばい!! これが別府の荒波で磨いた底力たい!!」
福岡での屈辱を燃料に変えた彼の機体からは、鳴門の海水を蒸発させるほどの紅蓮の火柱が上がっていた。4カドと5コース、九州・山口の同門による「大外からの処刑」が始まった。
誠の視界は、右から迫る氷と、背後から追う炎に塞がれた。さらに最悪のタイミングで、1マーク直前に鳴門の「大渦」が発生。誠の艇は強力な吸引力に足を取られ、機体が大きく傾く。
(誠! 4カドに叩かれるぞ! 渦に吸い込まれて、引き波の底に沈められる!)
シロが叫ぶが、誠の瞳は冷徹だった。
「……浜名湖で、河田さんの『絶対』を抜けた。幸田さんの『無』に触れた。この程度の氷と炎、俺の『密度』なら突き抜けられる!」
誠は万魂石から流れ込むエネルギーをあえて体内に留めた。大気圧ジャケットを限界まで締め上げ、1,000マブイを「針の先」に凝縮。守屋の氷翼が誠のヘルメットをかすめる刹那、誠は舵を内側へ切り直し、渦の最も危険な中心点――**「デッドスポット」**へと自ら機体を沈み込ませた。
鳴門の水面が、四色のマブイで塗り潰される。
【衆望万魂祭 ドリーム戦:1マークの攻防リザルト】
守屋 あおい: 「氷翼のまくり」。4カドから完璧な絞りで1着候補へ。
西野 貴志: 「爆炎のまくり差し」。守屋の背に乗り、豪快に旋回。
速水 誠: 「潜航穿孔」。渦の中心に潜り、内側から突き上げる。
河田 元気: 「王者の冷静」。渦に耐えつつ、差しを狙う。
「潜った……!? 誠、お前、渦の底を通って……!」
バックストレッチへ抜け出したのは三艇。
渦の遠心力で弾け飛ぶように浮上した誠。外側から氷翼を広げ滑走する守屋。その間を縫って、炎の尾を引く西野。
三艇が横一線。出力計はレッドゾーンを超え、鳴門の夜空に観衆の絶叫が響き渡る。
「……面白い。衆望を『自分の一部』にしたか、速水誠」
最後方から静かに追う幸田文哉の瞳に、微かな興奮が灯った。誠、守屋、西野。かつての仲間たちが、プライドとマブイを削り合い、鳴門の「魔の水面」で一つに溶け合っていく。




