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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5章:誠の試練編

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第76話:岡山の「逃げの天才」と、浜名湖の沈黙

からくり競艇の根幹を成す「機艇の構造」を詳解しつつ、浜名湖での新たな強敵・河田元気との邂逅を、3000字規模の迫力ある筆致でリライトいたしました。

第五十六章 鉄と魂の結晶、王者の絶対逃走

1.鉄と魂の結晶――「からくり機艇」の構造

 ボートレースの世界を異能の領域へと引き上げた根幹、それが**「からくり機艇」**である。これは単なる木製やカーボン製の舟ではない。レーサーの魂――「マブイ」を物理的な推進力へと変換し、時には物理法則さえも書き換える「霊的機械スピリチュアル・デバイス」である。

* マブイ・コアとインテーク:

機艇の心臓部には、レーサーから供給されるマブイを一時的に貯蔵し、増幅する「マブイ・コア」が鎮座している。誠の39号機のように、機体正面のインテーク(吸気口)から大気中の残留マブイを取り込み、自らの出力に上乗せする機構を持つものもある。

* 駆動系マブイ・ジェット・アウトボード

従来のガソリンエンジンとは異なり、マブイを燃焼させて高圧のプラズマを噴射、あるいは水分子を直接励起させて爆発的な推進力を生む。この際、レーサーのマブイ密度が高いほど、水面との摩擦抵抗をゼロに近づけることが可能となる。

 2029年5月3日。ボートレース浜名湖、特訓2日目。

 広大な水面を渡る風は重く、汽水特有の粘り気が機体を包み込んでいた。

 「……ほう。山口の若造が、黒田さんと心中でもするつもりか?」

 ピットの屋根、逆光の中に佇むその影は、圧倒的な「格」を纏っていた。岡山支部のトップにして、からくり競艇界の頂点の一人、河田元気。

 コアマブイ85,000、外付け40,000。合計12万5千という暴力的なまでのマブイ総量を持ちながら、彼はそれを1ミリの狂いもなく制御し、0メートルからでも他を寄せ付けず逃げ切る**『絶対逃走パーフェクト・エスケープ』**の使い手である。

 河田は、整備室で『大気圧ジャケット』に締め上げられ、過呼吸気味に横たわっている速水誠を、興味なさげに見下ろした。

 「マブイを圧縮して密度を上げる……。理屈は分かるが、それは幸田さんや黒田さんのような『化け物』の成せる業だ。1,000ぽっちのマブイを固めたところで、俺の庭には一歩も入れんよ」

 河田が軽く手を振る。その動作だけで、周囲の空気が彼の膨大なマブイに共鳴し、浜名湖を吹き抜けていた強風が、不自然なほど静止した。

 (……誠、気をつけろ。こいつはマブイを『力』として放射してない。水面そのものを『自分の体の一部』に変えるための『命令』として使ってるぞ)

 シロが、河田の背後に寄り添う、研ぎ澄まされた刃のような機獣を警戒しながら、喉の奥で低く唸った。

 「誠、その無様なジャケットを脱いで、今すぐ湖に出ろ。……俺の『逃げ』を後ろから見て、絶望する権利をやる」

 河田の挑発に、黒田瑛人が漆黒の機艇を降ろす。「河田。弟子の教育に口を出すなら、相応の授業料を払ってもらうぞ」

 「いいでしょう。黒田さんの『重圧』、久々に味わわせてください」

 SS級の二人が水面に並んだ瞬間、浜名湖が恐怖で震え上がるようなマブイの激突が始まった。誠は、痺れる手で白銀のヘルメットを掴み、立ち上がった。

 一方、ピット裏の芝生エリア。誠と河田が水面で火花を散らす傍らで、機獣同士の「頂上決戦」が幕を開けていた。

 河田元気の背後に降り立ったのは、鋭利な装甲を纏ったハヤブサ型の機獣**「ガルーダ」**。全身の金属性羽毛が河田の85,000マブイを反射し、夕闇の中で黄金色に輝いている。

 「……野良犬が。誠の1,000マブイで、僕の速度に追いつけると思っているのかい?」

 (シロ、気をつけろ! あいつは翼の振動で空中の『気圧』をミリ秒単位で操作し、相手の動きを封じる能力を持っている!)

 誠からの警告がリンクを通じて飛ぶ。

 「消えろ。」

 ガルーダが告げると、その姿が視界から掻き消えた。直後、シロがいた地面が衝撃波で爆発するように陥没する。ガルーダは翼から放つマブイによって瞬時に「真空の道」を作り出し、そこを滑空することで音速に近い速度を実現していたのだ。

 (速い……! だが、止まって見えるぜ!)

 シロは、誠との特訓で培った「マブイの圧縮」を応用した。駆動系のアクチュエーターの隙間にマブイを極限まで凝縮させ、爆発的な瞬発力でガルーダの爪を回避する。

 ガルーダが再び上空へ舞い上がり、金属性の羽をカミソリのように展開して急降下攻撃ダイブを仕掛けてきた。

 対するシロは、避けるのをやめた。自らの周囲に「圧縮されたマブイの防壁」を、最小限の面積で展開する。

 ガキィィィィィィン!!

 金属とエネルギーが激突し、火花が飛び散った。

 「バカな!? わずか1,000マブイの出力で、僕の高度落下衝撃を止めたというのか!?」

 ガルーダに驚愕の色が混じる。シロは、密度の薄い広範囲な防御を捨て、衝突の「一点」にのみ1,000マブイのすべてを集中させた。広大な盾を、一点のダイヤモンドの針へと変えたのである。

 (ガルーダ! 速いだけじゃ、俺の主人は守れない。……俺たちの『密度』は、お前の空気を切り裂く刃になるんだよ!)

 水面上では、河田の『絶対逃走』が作り出す「マブイの無風地帯」に、誠が文字通り命を削って食らいついていた。

 「見えた……。河田さんの『逃げ』の、わずかな継ぎ目!」

 誠は、大気圧ジャケットの締め付けを逆に利用し、自らのマブイを体内で核融合のように臨界点まで高めた。白銀の39号機が、河田の作り出した黄金の結界を、一筋の光となって貫く。

 「……ほう。本当に潜り込んできたか、山口の若造」

 河田元気が、初めてその首を後ろへと巡らせた。そこには、黄金の波を切り裂き、牙を剥いて突っ込んでくる白銀の狼がいた。

 浜名湖の特訓2日目。王者の余裕を、誠とシロの「密度」が今、確実に切り刻み始めていた。

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