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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:誠の試練編

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潜航穿孔


二〇二九年、五月。ボートレース下関――最高峰SG「衆望万魂祭」、初日第十二レース――ドリーム戦。


 会場中央の水面に鎮座する「万魂モニュメント」が放つ、三千万人分の凄まじき期待のアクセス負荷。それが下関の夜空を黄金のオーラカーテンのように、禍々しくも美しく鮮やかに彩っていた。

 一コースにどっしりと構える俺――速水誠の三十九号機と、二コースから不敵に睨みを利かせる岡山の河田元気さん。


 プール全体のボルテックスが限界まで高まる中、電子大時計の針が頂点を刻んだ。関門海峡の激しい流速の中で二艇がスリットラインを通過した、その右舷方向から、絶対零度の強烈な「殺気データ」が全速で飛来した。


「誠くん、ごめんね……。今日のこの水上では、私は誰の背中も一コンマも見たくないの。……たとえ、あなたのあの白銀の背中であったとしてもね」


 四コースのカド位置から、山口支部の勝負服を翻した守屋あおいが、驚異的な弾丸スリットを叩き出してきたのだ。

 彼女の放つ氷属性のマブイ粒子が、万魂モニュメントの衆望オブジェクトデータを内側へと逆流吸入。ハイドロカウルの左右へと巨大な氷の翼――「フロスト・エアロ」を広げ、内側の艇を上空から力ずくで切り裂くように激しく絞りまくり越えていく。


 そのあおいの展開した氷翼の後流の隙間へ、ピタリと追従してきたのは五コースの西野貴志さんだった。


「福岡支部が、あの博多のハエトリグサで心中リンクを解除されたまま、ただ指をくわえて終わると思うなよ!! 誠、守屋、まとめて最内から焼き尽くしてやるばい!!」


 前大会でのフライング即日失格の屈辱を、霊子ボイラーの最大燃焼エネルギーへと力ずくで因果転換。西野さんの放つ爆炎属性の紅蓮の火柱が、関門海峡の冷たい海水を一瞬で沸騰させるほどの熱量となって、夜の水面へ高く上がった。


 四カドの氷の翼と、五コースの炎の龍。大外の化け物たちによる無慈悲な「一マーク処刑」が、下関のプールの上で狂暴に開始された。

 さらに最悪のタイミングが重なる。第一ターンマークの直下において、関門海峡地脈特有の流体電算渦――「ボルテックス・ノイズ」が突発的に発生。俺の三十九号機はハイドロ底板の足元を強力な磁気吸引力に捕られ、白銀の機体が大きく左へと傾いて失速しかけた。


 ケージの中のスーが激しく唸った。その唸りが足元に伝わってくる。分かってる。この渦のまま呑まれたらおしまいだ。

 しかし、ヘルメットの中にある俺の白銀の瞳は、どこまでも冷徹に、澄み切っていた。


「浜名湖の重い汽水の中で、俺たちは河田さんの絶対逃走を密度で抜けたんだ。幸田さんのあの無心の数式に触れたんだ。身内の氷と炎の挟み撃ちなんか、俺とスーの掴んだ「質量密度の刃」なら、真っ正面からブチ抜いて突き抜けられる!!」


 俺は万魂モニュメントから絶え間なく流れ込む三千万人の衆望オブジェクトデータを、外部へ一ミクロンも放射することなく、すべて体内のコアへと圧密ホールド。

 高圧エンバランサ・ジャケットの電磁磁場を限界まで締め上げ、一千マブイの極純白銀粒子を、一ミクロンの針の先へと超一点集束させた。


 あおいの広げた氷の翼が、俺のヘルメットバイザーの僅か数ミリ横をカミソリのごとき風圧で激しく切り裂く、その瞬間。


 俺はハイドロエッジを外へと逃げることなく、逆に、最内の渦が産み出す最も過酷な破壊の中心点――「電算死点デッドスポット」の奈落へと、剥き出しの三十九号機を力ずくで深く沈み込ませた。

 浜名湖の修行で黒田師匠に叩き込まれた、逆潜航の発想だ。


 新奥義――「潜航穿孔ダイブ・ドリル」、起動!!


「うそやろ……! 渦の底に自ら潜ったはずの山口の坊主が、渦の遠心力をカウルのクッションにして、真横から異常加速して跳ね上がってきただと!?」


 三号艇の西野さんが、コックピットの中で驚愕の絶叫を上げる。

 電算渦の死点の底から弾け飛ぶような極低空で一気に浮上した三十九号機。その外側から、氷翼を平水面すれすれに広げて摩擦ゼロの滑走を見せるあおいの機体。さらにその僅かな隙間を、炎の尾を引きながら獰猛に縫う西野さんの機体。


 三つの異なる属性のカウルが、時速二百キロを遥かに超えたまま、バックストレッチの直線で完全に真横一線の壮絶なデッドヒートを展開した。


「見事だ、速水誠。数千万人の衆望を、あの浜名湖の質量で完全に自分自身の一点へとハッキング同期させてみせたか」


 激しく火花を散らす三艇のすぐ真後ろ。一切のマブイパルスを消去したまま、まるで死神のごとき冷徹な流速で追う幸田文哉さんの透過解析眼の奥に、現役最高峰の勝負師としての微かな——しかし、最も熱い興奮の火花が、静かに灯っていた。

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