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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:誠の試練編

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質量の針

二〇二九年、五月三日。ボートレース浜名湖――次なるSG「衆望万魂祭オールスター」を見据えた、全国合同特訓の二日目。


「……ほう。山口の白銀の若造が、黒田さんと心中でもするつもりか?」


 ピット裏のトタン屋根、夕闇の不気味な逆光の中に静かに佇むその人影は、周囲の電算磁場をそれだけで激しく捻じ曲げるほどの、圧倒的な格の質量を纏っていた。


 岡山支部のトップ――河田元気さん。コアマブイ八万五千、外付けマブイ四万、合計十二万五千という暴力的なマブイ総量を一ミクロンの狂いもなく完璧に電算制御し、障属性「絶対逃走」の無敵の使い手。国内トップレーサーたちが集まるこの浜名湖合同特訓に、岡山の看板を背負って参加していた。


 河田さんは、エンバランサ・ジャケットの強烈な電磁磁場に全身を過酷に締め上げられ、コンクリートの上で過呼吸気味に横たわっている俺――速水誠を、冷徹に眼光で見下ろした。


「マブイの体積を百分の一にまで強制圧縮して、物理密度を引き上げる……。フン、理屈は分かるが、それは元から膨大な出力を備えた化け物だけが成せる高等流体工学の業だ。お前の一千ぽっちの薄い初期出力をどれだけ内側で固めたところで、俺の展開する「絶対逃走」の庭には、一ミクロンも入れんよ」


 河田さんが勝負服の右手を軽く一閃したその瞬間だった。

 十二万五千の障属性マブイが周囲の流体分子構造を完全支配下へと強制配置し、浜名湖の水面を激しく吹き荒れていた秒速十メートルのからっ風が、彼の周囲だけ完全に静止した「黄金の結界」へと強制的に書き換えられた。


 同時に、河田さんの専用生体デバイス――電算ハル装甲を纏ったハヤブサ型の「ガルーダ」が、ピット裏の芝生へと音もなく舞い降りた。両翼の超高周波振動によって前方の空気抵抗を完全なる真空の道へと強制ハッキングし、音速に近い異次元の速度を以て、足元のスーへと鋭く急襲を仕掛けたのだ。


「フガッ――!!!!」


 だが、スーは獰猛に咆哮し、爆発的な瞬発力のバウンド滑走を繰り出した。ガルーダの放った装甲爪の軌道をミリ単位の精密さで鮮やかに回避。再び上空から超高速で急降下してくるガルーダに対し、スーは広範囲に展開していた全防御コードをあえて完全に捨て去り、衝突する「絶対の一点」にのみ、己の全エネルギーを一点集束させた。広大な盾の面を、極限の硬度を誇る一本の「針」へと変態させる、圧密防御のハッキングだ。昨日の特訓で俺が体得したのと、同じ発想だった。


 ガキィィィィィィン――ッッッ!!!!


 凄まじい金属の共振音がピット裏に爆発的に響き渡り、純白の電算火花が夜空へと激しく飛び散った。総出力わずか一千マブイの防壁が、音速の衝撃波をその針の先端で見事に完全圧殺してみせたのだ。スーがフガフガと誇らしげに鼻を鳴らし、勝ち誇る。


 一方、その直後の汽水面では、俺と三十九号機が、河田さんの展開する絶対逃走の黄金結界の真後ろへと、脳のニューロンを激しく焼き焦がしながら獰猛に食らいついていた。


(見えた……! 河田さんの完璧な逃走ラインが描き出す、流体数式の僅かなデータの継ぎ目!)


 俺は、身体を押し潰さんとするエンバランサ・ジャケットの強烈な逆圧力を、逆に己の精神エネルギーを内側へ圧密するための「プレス機」として電算逆利用した。


 体内の電子頭脳の奥底で、一千マブイの白銀のコアを、まるで星の核融合の如き極限の質量へと臨界上昇させる。ナノ装甲を失った剥き出しの超伝導フレームから、一ミクロンのブレもない極純白銀のレーザーメスが激しく噴射され、王者の誇る黄金の結界を一筋の鋭利な光となって完全に貫通差し切りした。


「……ほう。十二万五千の俺の結界の内側へ、その薄い出力のままで本当に潜り込んできたか」


 絶対王者――河田元気が、水上で初めてその首を後ろへと静かに巡らせた。

 そこには、王者の黄金の波頭を真っ二つに切り裂き、パルス・コンプレッションの牙を剥き出しにして突っ込んでくる、剥き出しの白銀の若き狼が、カクテル光線の下で妖しく発光しながら迫っていた。

 誠とスーが執念のハッキングで掴み取った、本物の「質量の針」。


 それが今、絶対王者の誇る十二万五千マブイの余裕を、水上と陸上の両面から、確実に、鋭利に切り刻み始めていた。

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