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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第3部:誠の試練編

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心中走法のバイパス


二〇二九年、四月下旬。ボートレース福岡――SG「全日本機兵王座決定戦」、予選三日目。


 昨日の十五倍圧の激痛の中で、俺――速水誠は一着を取った。右腕の感覚はまだ完全には戻っていない。それでも、一着は一着だ。


 大峰幸太郎さんの減点七という激震が未だ冷めやらぬピット裏に、さらに追い打ちをかけるような非情な電子ホイッスルが鋭く鳴り響いた。


「四号艇、西野貴志。フライング適用。即時、失格帰郷処分とします」


 その電算音声が響いた瞬間、ピットが凍りついた。偉大なるライバルの窮地に魂が熱くなりすぎたのか、博多の首領がその一瞬に呑み込まれたのだ。

 有力候補たちが次々と脱落していく、死の予選三日目。


 そこへ、あかりが端末を差し出した。第61話の偵察で掴んだ新見とテヨンの詳細な制御ログだ。数値の異常はさらに深刻化していた。


「テヨンくんのコアマブイが急激に低下しています。このまま続けると……」


 真理子さんが静かに言葉を添えた。


「新見くんの精神的オーバーロードを引き受け続けているから。あの子たちの走りは、二人で一つの命を削りながら走る悲壮な「心中走法」。時間の問題よ」


 足元のスーが、新見のデバイスの方向を鋭く睨みつけながら、低く唸り続けていた。

 すると、失格処分となり放心状態のはずの西野貴志さんが、フラフラと通路の闇から姿を現し、俺の肩へと重い右手をドスンと置いた。


「おいがフライングで消えた今、福岡の本当の意地を水上で見せられるのは、あの孤狼しかおらん。……だがな誠、あがん心中走りはいつか必ず壊れる。二人の神経が持たんばい」


 西野さんは俺の目を真っ直ぐに見つめ、その泥臭い博多弁に、かつてないほどの熱い質量を込めた。

「誠、お前があいつらを、次の直接対決の水面で「救って」やれ。お前の一千の白銀の光で、あの呪われた痛みのバイパスから、力ずくで解き放ってやるったい」


「……わかりました、西野さん。俺が水上で、あいつらの命を削る痛みを断ち切ってみせます」


 山口支部のピットの奥では、大内胤賢が無言で、ロスト・ブースターの最終調整を叩いていた。


「新見の過負荷をテヨンがデバイス経由で肩代わりしているなら、僕たちが取るべき戦略はただ一つだ、誠。君の一千の極純白銀マブイの出力を、テヨンが展開する避雷針のインテークへ、直接逆ハッキングでブチ込む」


「テヨンが物理的に吸収しきれないほどの純粋な正の同調波動を内部に流し込み、二人の心中アドホックシステムを水上で強制解除させるんだ」


「それは……テヨンさんを過負荷から救って、新見さんを、たった一人の純粋なレーサーに戻すってことか?」


「そうだ。そこからが、本当の、純粋な流体工学の勝負だ」


 その深夜。暗い宿舎の一室、遮光カーテンが固く閉ざされた闇の中で、新見航平とキム・テヨンは、互いの濡れたグローブの手を、壊さないように固く握りしめていた。


「テヨン、もう少しだ。このSGタイトルさえ我が手に獲れば、もう君にこんな過負荷の身代わりはさせない。タイトル賞金があればお前の神経の治療ができる」


「新見、俺のニューロンはまだ大丈夫だ。君が完璧な風になるなら、俺は喜んで、そのすべての影の重みを引き受けるよ」


 俺はそのことをまだ知らなかった。でも、新見とテヨンの握りしめた手の映像が、頭から離れなかった。

 明日の予選最終日。俺はあいつらと同じレースに入る。

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