十五倍圧のプラグイン
二〇二九年、四月下旬。ボートレース福岡――SG「全日本機兵王座決定戦」、予選三日目。
ピット裏の激しい喧騒の只中に、審判委員の冷徹な電算アナウンスが不気味に響き渡った。
「大峰幸太郎。第一ターンマークにおける急激な斜行、および過度なマブイ排気干渉により、不良航法を適用。予選得点より、減点七とします」
その瞬間、専用ケージで整備をしていた全国の全レーサーの手が、ピタリと止まった。
俺はモニターで第一マークの映像を巻き戻した。リサの機体が満潮のうねりでハイドロバランスを完全に崩しかけた瞬間、大峰さんが自身の機体を横に入れて引き波の質量を全て引き受けていた。一秒にも満たない判断だった。レギュレーション違反と電算判定されたが、あれをしなければリサは水没失格だった。
「大峰!! おいたちの勝負にそんな減点ば持ち込むな! 龍の意地は一体どこへ行ったとや!!」
福岡の西野貴志さんが、大峰さんの胸ぐらを今にも掴まんばかりの勢いで激しく詰め寄った。その怒りの波動は、決して失望などではない。最愛にして最強のライバルが、減点によって優勝戦のスターティンググリッドから遠ざかることへの、裏返しの激しい焦燥だった。
大峰さんは、静かに西野さんの剛腕を横へと払った。
「減点七を食らおうが、残りの予選全レースを一着で獲れば、準優のシートには必ず残れるばい。ここからが、佐賀支部の本当の意地たい」
俺は山口支部のモニターの影から、その圧倒的な光景をじっと見つめていた。自分を犠牲にしてまで、仲間のラインを守り抜く。あれが、大峰さんの背負う看板の重さなのか。
足元のスーが、大峰さんの愛犬ムネリンの方向を鋭く見つめながら、低く唸り続けていた。大峰の周囲の霊子波形が、俺の端末にも異常値として映り始めていた。
そこへ、偵察から戻ったあかりと真理子さんが、肩を激しく上下させて息を切らせながら滑り込んできた。
「師匠! 新見さんとテヨンさんの、恐るべき秘密が分かったっす! デバイスを中継器にした双方向ニューラルリンクで、テヨンの受ける流体過負荷を、新見が半分肩代わりしてるんっす!」
「二人で一人の機工生命体のように、リスクをリアルタイムで相殺し合っているのよ」
真理子さんが深刻な表情で補足する。命を削る、禁忌の電子連携。孤狼と呼ばれながら、その実二人で一つの命を走らせていたのか。
山口支部の薄暗い整備室の陰から、大内胤賢が静かに姿を現した。
「大峰が一歩後退した以上、予選トップ通過は君が絶対に狙うべきだ、誠。……ロスト・ブースターの圧縮回路の封印を、さらに一段階解放する。増幅倍率は一五倍だ」
大内の冷徹な提示に、俺の息が止まる。
「十倍でボイラーが爆発する寸前だった。一五倍なら……」
「スーの生命パルスとの同期を維持しながら、君のグローブ内の霊子導線を右腕の血管マブイラインへと直結させる。ボイラーの熱量を血管経由で分散させる。……凄まじい激痛が走るが、耐えられるか?」
俺は、減点七という絶望の重圧を背負いながら、ただ黙々と愛機を磨き直している大峰さんの、あの広い、王者の背中をじっと見つめ直した。
「やってください、大内さん。山口支部の看板を背負って、俺はこの最高峰のSGにいるんだ。大峰さんや新見さんに、恥じない走りをしたい」
俺が右手のグローブを強く握りしめた瞬間、足元のスーが博多の夜空へ向けて、高らかに咆哮を上げた。
「応っ、いこうぜ、スー!!」
大内によって霊子導線のコネクタが激しく叩かれ、マブイ電流が右腕の血管へと強制的に流れ込んだ。
「ぐっ……あ、あぁぁぁぁッッッ!?」
右腕の血管に、青白い高圧マブイプラズマが容赦なく突き刺さり、三十九号機の霊子ボイラーが極純白銀の巨光を上げて、激しくその咆哮を轟かせた。
俺の右腕が、白銀の熱で焼けていた。




