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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5章:誠の試練編

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第57話:巨匠の「手」、そして阿波の魂が注がれる時

からくり競艇において、レーサーを最も絶望させる言葉、それが「失格」である。たとえどれほど華麗な旋回を見せ、圧倒的な速度でゴール板を駆け抜けたとしても、ルールという名の法理から外れた瞬間に、その努力は「無」へと帰す。

落水らくすい: 旋回時の衝撃や他艇との接触により、レーサーが水面に放り出されること。誠がからつで古代の力に飲まれた際の失格がこれにあたる。

転覆てんぷく: 機体が文字通り反転すること。からくり機艇の場合、マブイ石が水に浸かることで回路がショートし、爆発的な放電を起こす危険性もある。

妨害ぼうがい: 他艇の進路を不当に阻害したり、危険なダンプ(衝突)によって相手を失格に追い込んだりすること。審判委員による厳しいマブイ精査が行われる。

フライング(F): 大時計がゼロを指す前にスタートラインを越えてしまうこと。からくり競艇におけるフライングは時空の歪みすら生じさせるため、一度でも犯せば「即・帰郷」となる重罪だ。

 失格は、レーサーに「0点」という結果だけでなく、心に深い傷跡を刻む。誠はその傷を抱えながら、下関の荒波へと再び挑む。

 2029年4月14日。ボートレース下関・整備室。

 前日の「チルト3度」に手も足も出ず、誠が完敗した翌日。整備室には金属が擦れる音と、張り詰めた沈黙が流れていた。

 「野田同盟」の絆を誓ったあかりと真理子は、誠の39号機のエンジンの前で必死にマブイを注ぎ込んでいた。幸田兄弟の圧倒的な直線に抗うため、二人の結束を「出足」に変換しようとする試みだが、その悲壮なまでの必死さが逆に機体を硬直させていた。

 「……お嬢ちゃんたち、そんな風にマブイを込めても、エンジンが苦しがるだけだよ」

 重厚な足音が響く。現れたのは、昨日の勝者、幸田文哉と幸田勝也であった。

 「君たちはマブイを力だと思っている。だが、我々にとってマブイは潤滑油だ。ピストンとシリンダーのわずかな隙間に、意志を滑り込ませるんだよ」

 文哉は誠の39号機のエンジンを、まるで我が子の肌に触れるように優しく撫でた。

 「誠くん。1,000もあるマブイを一つの塊としてぶつけるんじゃない。それを1,000個の小さな『目』に変えて、金属の悲鳴を聞いてごらん」

 文哉が指先一つでキャブレターを微調整した瞬間、濁っていたはずの排気音が、透き通るような高音へと変わった。

 2029年4月15日。ボートレース下関・準優勝戦当日。

 誠が幸田兄弟に教えを請うピットの片隅で、別の意味で臨界点を迎えようとするエネルギーがあった。

 「あら、誠くん。幸田さんに真理子さんに、あかりちゃんまで……。随分と楽しそうね?」

 整備室の入口に守屋あおいが立っていた。背後の「天女」のマブイは、いつもより深く、暗い朱色に染まっている。誠への愛と執着が、他の女性レーサーとの接触によって「業火」へと変質していた。

 「……これが本場の嫉妬マブイ、凄まじいわね」と真理子が冷や汗を流す中、寝不足でクマを作った大内胤賢が異様な物体を抱えて現れた。

 「……できたよ、誠。君がからつで壊した『古代の歯車』の解析、そして再編リ・デザインが」

 大内が布を剥ぐと、真鍮の光と超伝導回路が複雑に絡み合う異形のパーツが現れた。

 「ガイアス帝国の刺客が残した『陰』のバイパスを組み込み、君の1,000マブイを強制的に10倍の圧力へ圧縮変換する機構を作った。名付けて『再編・古代式増幅器ロスト・ブースター』だ」

 「10倍……!? 10,000マブイ相当の出力が出るのか!?」

 誠が驚愕する。大内の表情は冷徹だった。

 「ただし、持続時間は30秒。それを過ぎれば、今度こそ39号機は爆発する」

【準優勝戦 第11R 出走表】

| 枠 | レーサー | 支部 | 特徴・戦術 |

| 1 | 守屋 あおい | 山口 | 嫉妬の臨界。天女の怒りで機体は紅蓮に染まる。 |

| 2 | 速水 誠 | 山口 | チルト3度×ロスト・ブースター搭載の特攻仕様。 |

| 3 | 幸田 文哉 | 徳島 | レジェンド。「チルト3度の神」。 |

| 4 | 幸田 勝也 | 徳島 | レジェンド。「阿波の跳ね馬」。 |

| 5 | 野田 真理子 | 佐賀 | 野田同盟。誠を護る結束の盾。 |

| 6 | 野田 あかり | 山口 | 野田同盟。師匠の露払い。 |

 「大時計、始動!」

 ピットアウトの瞬間、1コースのあおいが凄まじい「引き波」を立てて他艇を圧倒する。

 「誠くん……行かせないわよ」

 しかし、2コースの誠がスロットルを握り込んだ瞬間、ロスト・ブースターが咆哮した。真鍮の歯車が超高回転し、白銀のマブイが純白の閃光へと圧縮される。

 「シロ、行くぞ!! 30秒の命、使い切ってやる!!」

 チルト3度で機体の船首が大きく跳ね上がる。通常なら転覆するはずの姿勢だが、文哉から教わった極意が、誠の視界に空気の流れを「道」として映し出していた。

 「見える……風の隙間が!」

 あおいの嫉妬の炎を切り裂き、幸田兄弟の伝説的な直線に並びかける白銀の弾丸。下関の海面が、かつてないエネルギーの衝突によって真っ二つに割れた。誠の命を削る30秒間が、今、始まった。

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