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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第5章:誠の試練編

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第54話:佐賀の新風、非情なる「教育」

からくり競艇の世界において、レーサーは単にボートを操る者ではない。自らの内なる「マブイ(魂)」を機体に流し込み、物理法則を捻じ曲げる「機工魔術師」である。そのスタイルは、マブイの性質によって大きく四つの系譜に分類される。

剛腕パワー型:

圧倒的なマブイ量を誇る。その咆哮は水面を割り、力任せに他艇を弾き飛ばす。西野貴志の「爆炎」や河田元気の「絶対逃走」がこれに該当する。

精密インテリジェンス型:

マブイを細い糸のように操り、機体の細部を制御する。ミリ単位の航跡を刻み、最短距離を突く。大内胤賢の「再編」や、守屋あおいの「天女の旋回」がこの頂点に立つ。

感応センス型:

水や風の声を聞き、自然と一体化する。マブイの量ではなく調和で加速する。誠の「白銀」や、今回現れたリサ・マクドナルドの「無垢の旋回」がこの類い稀な才能に属する。

異端ミスティック型:

植物、古代遺物、あるいは異世界の法理を機体に組み込む。既存の戦術が通用しない「未知」を武器にする。アルバートの「園芸」や、誠が手にした「古代の歯車」による変異がこれに当たる。

 これらの才能が激突する時、水面はもはや競技場ではなく、魂の輝きを競う戦場と化すのである。

 2029年3月10日。唐津競艇場、準優勝戦・第11レース。

 汽水の粘りを、虹の松原で拾った「古代の歯車」で完全に中和した速水誠の39号機。その加速は、まるで重力を忘れたかのような軽やかさでトップスピードに達していた。しかし、第1ターンマークを目前にして、誠の視界を「佐賀の壁」が遮った。

 「速水さん、悪いっすけど……ここからは佐賀支部の時間です!」

 1コースの下野慎太郎が、外付け18,000マブイを心臓部から全開放した。凄まじい反発エネルギーが後方に放出され、からつの水面に巨大な引き波の壁が発生する。誠がその波に足を取られた瞬間、5コースから影のように滑り込んできたのは、リサ・マクドナルドであった。

 リサの機体からはマブイの波動が全く感じられない。ゆえに予測が不可能。彼女は「無音の加速」で誠のサイドにピタリと吸い付き、内側の下野と呼吸を合わせた。二人のマブイが「佐賀のプライド」という一点で共鳴し、誠を両側から圧殺する「サンドイッチ・ダンプ」を敢行する。

 「くっ……! 二人でラインを組んでくるのか!?」

 下野の剛腕な突き上げが左舷を叩き、リサの精密な抑え込みが右舷を封じる。虹の松原で見つけた真鍮の歯車が、現代の機体構造との歪みに耐えかね、耳を刺す高周波の悲鳴を上げた。

 (誠、耐えろ! あいつらのマブイは、まだ完成されていない! 衝撃を『いなす』んだ!)

 誠の背中でシロが咆哮する。誠は反射的にハンドルを固定せず、あえて「遊び」を作った。衝撃を機体全体の微振動として逃がし、その刹那、歯車の回転方向を強引に逆相リバースへと切り替えた。

 「……弾き飛ばされて、たまるか!!」

 逆回転した歯車が汽水と強烈に反発し、上向きのベクトルを生み出した。白銀の機体が、二人の頭上を飛び越える。それは物理学を嘲笑う空中機動。誠の執念が産んだ奇跡――『古代跳躍旋回アンティーク・スカイ』が、からつのスタンドを静寂に叩き落とした。

 「……いける! このまま逃げ切る!」

 誠がファイナルラップに入り、最終第2マークに向けてスロットルを握り直した瞬間であった。機体の底から「ガキンッ!」という不吉な金属音が響き渡った。

 虹の松原の歯車は、先ほどの跳躍とダンプの衝撃による過負荷に、ついに限界を迎えていた。真鍮の表面に走った亀裂が中心部まで達し、音を立てて真っ二つに割れたのだ。

 潤滑を失った39号機のエンジンが、汽水の粘りに直接晒される。急激なノッキングが発生し、機体全体が激しくのたうち回った。

 「誠! ダメだ、マブイが逆流している! 制御を切れ!!」

 シロの警告も、エンジンの断末魔にかき消された。制御不能に陥った機体は、最終コーナーの出口で大きく跳ね上がり、逃げ場のないコンクリート壁に近い水面へと叩きつけられた。

 衝撃音と共に39号機が転覆。誠の体は冷たい汽水の中へと放り出された。視界が泡と共に白く染まる。遠のく意識の中で届いたのは、自分を追い抜いていく下野とリサのエンジンの残響だけであった。

 「速水誠、最終周回で落水失格! まさかの結末です!」

 実況の悲痛な叫びが、静まり返ったスタンドに空虚に響いた。

 救助艇に引き上げられ、ピットに戻った誠は、濡れ鼠のまま呆然と立ち尽くしていた。あかりが心配そうに駆け寄るが、誠の目は足元を舐めるシロの姿しか映っていない。そこへ、無言で機体の残骸を見つめていた大内胤賢が歩み寄った。

 「誠……。古代の力に、君のマブイが負けたんだよ。道具に頼りすぎた報いだ」

 大内の言葉は氷の楔のように鋭く刺さる。しかし、大内の手には、誠が水中で落とした「割れた古代の歯車」が握られていた。

 (誠……気にするな。お前の『1,000』が、あの歯車をあそこまで回させたんだ。それは事実だぞ。……俺が、証明してやる)

 シロが誠の頬を舐めて励ます。誠は震える拳を握りしめ、自分を負かした佐賀の空を見上げた。

 「全日本王者決定戦」優勝戦。そこには誠の名はない。しかし、山口の意地を背負った「再編者」大内が、佐賀の巨頭たちを相手に孤独な戦いに挑もうとしていた。誠から託された、真鍮の欠片を胸に秘めて。

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