第47話:ポンコツ会の「意地」、そして泥に咲く華
三重県津市。伊勢湾の懐に抱かれたこの場所に、津競艇場がある。水面は、からくり競艇界において**「風の格闘場」**と呼ばれる。
最大の特徴は、全国屈指の広さを誇る「超高速水面」であることだ。しかし、その開放感に油断した者は、伊勢湾から吹き付ける強烈な「鈴鹿おろし」の餌食となる。夏は湿った海風、冬は鈴鹿山脈からの凍てつく寒風が水面を叩き、1マーク付近には牙のような白波が立つ。
さらに、津のピットは全国でも珍しい「バックストレッチ側」に配置されており、小回り防止ブイまでの距離が非常に長い。これは、枠番を無視して内側を奪いに行く「イン屋」や「前付け」のレーサーにとって、最高の駆け引きの舞台を意味する。
住之江の「静」なる呪いに対し、津は「動」なる荒風。ここで培われるのは、理不尽な風を読み切り、強引な進入を跳ね返す**「野性のマブイ」**である。この「風の格闘場」で泥水をすすってきた者たちが、今、聖域・住之江の秩序を破壊しようとしていた。
2029年1月14日。住之江競艇場、準決勝第11R。
ピットは静まり返っていた。地元・西村唯の冷徹な殺気、クーロン・サカモトの圧倒的な「黒船」の威圧感。その静寂を、下品なまでの豪快な笑い声が引き裂いた。
「おいおい、山口のガキ共や留学生が目立ちすぎやろ。住之江の闇? 呪い? ……そんなもん、俺たちの『ポンコツ魂』に比べりゃ、酒のつまみにもならんばい!」
福岡支部の異端集団「ポンコツ会」。リーダーの西野貴志が、完璧に整備された(しかし見た目はボロ布のような)勝負服を翻し、4カドから不気味なオーラを放つ。
「誠、お前らみたいな『天才』には分からんだろうがな……。泥水をすすって、エンジンを焼き付かせながら勝ってきた俺たちのマブイは、住之江の呪いよりよっぽどタチが悪かばい!」
西野の機体「爆炎号」は、洗練とは程遠い。だが、そこに宿るマブイは、他者のエネルギーを「喰らって」燃え上がる、野性味溢れる濁った爆炎属性。津の荒風で鍛えられた「強引な進入」と「粘り」の結晶だった。
大時計が回る。
1コースの西村、2コースの大内、3コースのクーロン。超一流のマブイが1マーク手前で臨界点に達し、住之江の水面が異常振動で悲鳴を上げた瞬間――。
「行け! 爆炎一撃たい!!」
4コースの西野貴志が咆哮した。
彼はあえて、住之江の底に澱む「負の念」を自機のインテークに吸い込ませた。通常ならエンジンを破壊し、マブイを汚染させる自殺行為。しかし、西野のエンジンは、その呪いすらも「燃料」として爆発させた。
ドス黒い紅蓮の炎が、西野の機体から噴き出す。
「これが、エリートには出せん『ポンコツ』の底力だ!」
西野が1マークを強引に叩き切ると、その後を追うように同じポンコツ会の渡辺優子が突っ込む。
「優等生も、お洒落さんも、まとめてどいてな!」
渡辺の33,333マブイが炸裂した。標的は、守屋あおいの機体だ。
計算し尽くされたあおいの「天女の旋回」。その理想的な航跡に対し、渡辺は住之江のコンクリート壁を利用した**「跳ね返りダンプ」**を敢行。物理法則を無視した剛腕の一撃が、あおいの進路を無慈悲に塞ぐ。
さらに、武田静香が絶妙なマブイコントロールで、浮き足立ったアルバートの「宿り木」をプロペラで粉砕していった。
洗練された才能たちが、泥臭い闘志の濁流に飲み込まれていく。
3. 闇を「食らう」進化
誠は激しい衝撃の中で、再びヘルメットの中にシロの声を聞いた。
『誠、ポンコツ会の連中を見ろ。彼らは呪いすらも「自分の味」にしている。……お前も、光で包むだけが浄化じゃない。その闇を「食って」みせろ!』
「……光だけじゃ、足りないのか」
誠は決断した。これまで「穢れ」として避けていた住之江の澱み。それを「水銀のドリル」の回転を意図的に反転させることで、強制的に巻き上げた。
白銀のマブイと、住之江の呪い、そして西野の爆炎が誠の機体の周囲で混ざり合い、プラズマ状のエネルギーへと変質する。
「西野さん、その意地……俺も乗せてもらいます!」
浄化とは、消し去ることではない。全てを受け入れ、昇華させること。
誠の39号機は、蒼白な炎に「深み」を増した未知の色へと変色し、爆速のサバイバルレースへと再突入した。
準決勝11R、決着。
住之江の夜空に、審議を告げるランプが点滅した。ゴール板を駆け抜けたのは、一塊となった鉄の獣たち。わずか数センチの差が、天国と地獄を分かつ。
写真判定の結果――。
「1着、西野貴志! 2着、速水誠! そして3着は……渡辺優子!」
実況の絶叫があおいと大内の希望を打ち砕いた。
山口のエース・あおい、そして完全復活を目指した大内が、ここで敗退。
渡辺優子の放った泥臭いダンプが、最終コーナーであおいの旋回をわずかに膨らませ、その「美しさ」の隙間を渡辺がこじ開けたのだ。
「くっ……! あんな、計算もクソもない旋回に……っ!」
ピットに戻ったあおいは、悔しさでハンドルを叩いた。大内も静かに目を閉じ、自分のマブイが「綺麗すぎた」ことを痛感していた。
「あおい、大内……。二人の分まで、俺が行く」
誠が沈痛な面持ちで歩み寄ると、西野が豪快に誠の肩を叩いた。
「ガハハ! 誠、これが『ポンコツ会』の走りよ! 綺麗事じゃ住之江の呪いは解けんばい!」
ピットの裏側。誠のシロと、坂田の愛犬・小鉄が鼻を突き合わせていた。
(……いい走りだったな、小鉄。お前の主人の『爆炎』、住之江の澱みを全部焼き払っていたぞ)
シロが落ち着いたマブイの波動を送る。
(ブフッ……。シロ、お前の主人の『白銀』も悪くない。けどな、明日の優勝戦はもっとエグいことになるぞ。俺たちの主人は、手加減なんて言葉を知らねえからな)
小鉄はシロの耳を親愛の情を込めて一舐めした。
負ければ終わりのトーナメント。だが、機獣たちの間には、支部の壁を超えた「戦友」としての絆が芽生えていた。
明日、優勝戦。
誠、西野、渡辺、クーロン、西村、アルバート。
一筋縄ではいかない怪物たちが、住之江の頂点を懸けて激突する。
「誠。明日は『山口支部・速水誠』じゃない。一人のレーサーとして、俺たちを潰しに来い」
西野の真剣な眼差しに、誠は力強く頷いた。
白銀の光と、ポンコツの爆炎。聖地・住之江の「呪い」を最後に制するのは、果たしてどちらになるのか?




