第45話:聖地・住之江の「即死」戦、SGバトルトーナメント開幕!
大阪府大阪市住之江区。からくり競艇界において、ここを語らずして真の王者は名乗れない。通称**「からくり競艇の聖地」**、ボートレース住之江。
住之江の水質は、工業用水を湛えた「硬い淡水」である。海水のような浮力は期待できず、機体の重量とレーサーの体重がダイレクトに水面に突き刺さる。ここでは、エンジンのトルク、レーサーの体幹、そして何より不純物を削ぎ落とした「マブイの純度」が、そのまま速度の差となって現れる。
最大の特徴は、逃げ場のないコンクリートの壁に囲まれたコース設計だ。先行艇が刻んだ「引き波」は壁に跳ね返り、いつまでも消えずに水面をのたうつ「複雑なうねり」となる。さらに、全国屈指の照度を誇るナイター照明が淡水の鏡面に反射し、無数の「光の剣」となってレーサーの視神経を容赦なく焼き切る。
ここで勝つために必要なのは、最速の称号ではない。
壁際の死線で、最悪の衝撃を受け流し、己を保ち続ける「不屈の精神」である。住之江を制する者は、からくり競艇の真の覇者として全土にその名を轟かせる。
2029年1月12日。新春の住之江ピットに、からくり競艇界を震撼させる「4つのマブイ」が集結していた。
絶望の淵から這い上がったSG覇者、速水誠。
「無」の境地をさらに深化させた、瓜生俊樹。
守屋グループの智略を山口へと注ぎ込む、守屋あおい。
そして、教習所を卒業し、冷徹な傲慢さを捨てて復帰した「元・王位」、大内胤賢。
ファンは彼らを**「山口四天王」**と呼び、新時代の幕開けを確信していた。彼らが今年最初の戦地に選んだのは、今期からSGへと格上げされた「バトルトーナメント」である。
「山口の皆さん、ようこそ住之江へ。ここは『最速』だけやなくて、『最悪』を想定した奴が勝つ場所や」
地元・大阪支部のエース、西村唯が、獲物を狙う鋭い眼光で誠たちを射抜いた。彼女の隣には、かつて誠に助言を授けた伝説のレーサー、坂田結衣。そしてその足元では、フレンチブルドッグの小鉄が、新顔のシロやパスタを挑発するように低く唸っている。
「誠、あんたの1,000マブイは面白いわ。でも、住之江の壁はコンクリート。その白銀、木っ端微塵に削り取ってやるから覚悟しぃや」
ピットに漂う異様な緊張感は、地元勢の殺気だけではなかった。
教習所から誠を追ってきた大型新人、アルバート・マッキントッシュ。彼が機体の横でハーブの香りを漂わせながら、不気味に発光する「種」を選別していた。
「ハーイ誠! 住之江の汚れた水、ワタシの『植物の種』で浄化してあげマース!」
アルバートは愛機「サンフラワー・バースト」の特殊排気口に、真っ赤に熟した「ハバネロ」を次々と放り込んだ。
「ノーノー! これは燃料デハアリマセン。ボイラーの中の精霊たちへの『刺激』デス!」
瞬間、排気口からむせ返るような辛味成分を含んだ紅い蒸気が噴き出した。ボイラーが異常燃焼を超えた「錬金反応」を引き起こし、属性【嵐(木+水)】が暴走。機体の出力は理論上の限界を3倍上回り、機体後部から植物の蔦のようなマブイ粒子が、意志を持つ触手のように伸び始めた。
「これまでの属性競艇は古いデス! これからは生態系の時代デース!」
バトルトーナメント第12R。いきなり「死の組」が誕生した。
西村 唯(大阪):地元の誇り、インの女王
大内 胤賢(山口):再編された高周波の翼
アルバート(新人):未知の錬金属性
一般戦覇者
一般戦覇者
速水 誠(山口):蒼白の閃光
トーナメントのルールは極めて残酷だ。
「3着以内に入らなければ、その場で即敗退(強制帰郷)」。
敗者に翌日のリベンジはない。一度のミスが、新年の夢を断つ。誠は枠番抽選で最悪の6枠(大外)を引き当てていた。
「……3着。無理に勝ちに行かなくても、3着に入れば次に繋がる」
誠が守りの思考を巡らせた瞬間、ヘルメットの中でシロの、あの澄んだ少年の声が響いた。
『誠、守りに入るな。このルールで3着を狙う者は、4着に沈む。住之江の壁は、迷う者の魂を喰らうぞ。……全速で行け』
「シロ……。分かった、やるよ!」
大時計がゼロを刻む。
1コースから、西村唯が住之江のコンクリート壁を「刃」として利用する神速のイン逃げを狙う。
4コースからは、大内が再編された翼を広げ、高周波振動で引き波を粉砕しながら突進。
そして、その間を割って入ったのが、3コースのアルバートだった。
ハバネロによる超臨界状態の推進力が、機体を水面から1メートル近く押し上げる。
「邪魔デスヨ、誠! ワタシの園芸競艇、見せマース!」
アルバートがマブイを全解放すると、水面に放たれた粒子が瞬時に巨大な「ハエトリグサ」の蔦へと変質。その蔦は、大外から捲り差しを狙う誠の進路を塞ぐように住之江のコンクリート壁に絡みつき、巨大な「檻」を形成した。
「何だこれ……蔦が、ボートを掴もうとしてるのか!?」
「アハハ! 住之江のコンクリートは、植物にとって最高の『支え(サポート)』デス!」
西村の堅実な「地」、大内の進化した「天」、アルバートの暴走する「生」。
三つの異質な力が、6枠の誠を完全に封じ込めた。まさに「袋の鼠」。
「シロ、39号機……。この蔦の檻、突き破るぞ!」
誠の白銀のマブイが、アルバートの放った「錬」の植物と激突する。
住之江の夜が、ハバネロの赤と、白銀の閃光によって、不気味かつ幻想的に塗り替えられようとしていた。




