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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第3章:長崎激闘編

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第44話:光速のリンク、そして「再編」された翼

ボートレース、そして「からくり競艇」において、勝負の8割を支配すると言われるのが**「枠番わくばん」**である。

1枠から6枠まで、数字が小さいほど内側を走り、最短距離で旋回できるため圧倒的に有利とされる。特に1枠(白)は「イン」と呼ばれ、最も勝利に近い**「聖域」だ。通常、選手たちはスタート前に内側のコースを奪い合う「待機行動」を行うが、本レースのように互いの進入位置をあらかじめ固定して争うルールを「進入固定しんにゅうこてい」と呼ぶ。この場合、1枠から6枠までが番号順に並ぶ「枠なり」**の隊型となり、純粋な機力と技術のぶつかり合いへと純化される。

外枠(4〜6枠)のレーサーたちは、助走距離を長く取る「ダッシュ戦」を選択し、マブイを爆発させて内側を飲み込もうとする。そのドラマを完結させるのが**「決まり手」**だ。

逃げ:1枠が他を寄せ付けず、先頭で旋回し切ること。

まくり:外側の艇が内側の艇を力でねじ伏せ、外から追い抜くこと。

差し:前を走る艇が旋回で膨らんだ一瞬の隙間(懐)を鋭く突くこと。

まくり差し:外から捲るフリをして、旋回の頂点で急激に内側へ切り込み、全艇を切り裂く最難関の芸術。

永島あきが狙ったのは、まさにこの「まくり差し」。時速200kmを超える領域でのそれは、機体が空中分解するリスクを伴う、命を懸けた一閃である。

2028年9月21日。大村競艇場・優勝戦、最終周回。

オレンジに燃える大村湾の鏡面を、4つの巨光が切り裂いていた。5コースから飛び込んだ永島あきの「全速まくり差し」が、暴力的なまでの美しさで誠の1枠を脅かす。

「……ッ、機体が、制御不能に……!」

誠の39号機は、永島が作り出した巨大な気流の渦に飲み込まれ、カウルが悲鳴を上げていた。誠のマブイ出力1,000に対し、永島は30,000。その圧倒的な質量差が、死の慣性となって誠を外へと弾き飛ばそうとする。

その時。誠の網膜ディスプレイに、真っ赤な緊急アラートが割り込んだ。

【緊急パッチ送信:高周波反転同調レゾナンス・リバース

送信元は――滋賀県、大宮機艇教習所・特別房。

「……速水、聞こえるか。そのペラの角度じゃ、永島の旋風かぜに呑まれて沈むぞ」

冷徹だが、どこか懐かしい声。大内胤賢おおうち つぐたかだ。

「僕が『絶影』で培った、高周波振動を推進力に変えるピッチ設定を送った。使いこなしてみせろ!」

かつて誠を絶望の底へ沈めた、大内の10万マブイ。その暴力的な振動理論を誠の1,000マブイに最適化し、「敵の攻撃エネルギーを自機の速度へ反転させる」という、大内にしか書けない禁断の数式。

「……サン指すぜ、大内! シロ、これで行くぞ!」

誠がコンソールの承認ボタンを叩いた瞬間、39号機のプロペラから「キィィィィィン!」という真空を切り裂く高周波が奏でられた。

「な、何だ!? 誠の機体が……消えた!?」

実況が絶叫する。39号機は永島の機体のわずか数センチ横で、実体を持たない「光の粒子」と化したかのように加速した。永島の旋風、和久田が固めた水面。それら全ての妨害を「追い風」へと変換し、誠は誰も到達したことのない「無風の領域」へと突入した。

最終第2マーク。

誠は蒼白の閃光となり、トップ旋回。続いてあおいが内側を鉄壁の防御で固め、俊樹が永島の隙を縫うように差し込む。

「確定です! 1着 速水誠! 山口支部、歴史的なワンツースリー・フィニッシュ!!」

翌9月22日。長崎・新地中華街。

激闘から一夜明け、誠、俊樹、あおいの三人は山口支部のジャージを脱ぎ、穏やかな休日を過ごしていた。

「んー! 走った後の脂身が体に染みるわね」

あおいが幸せそうに、長崎名物**「角煮まんじゅう」**を頬張る。足元では、シロ、パスタ、ヘラも、あおいから分けてもらった皮の部分を器用に食べていた。

「誠。移籍して、あんたの隣で走って……正解だったわ」

あおいは真剣な眼差しで誠を見つめた。

「でも、次は負けないから。私、山口の『エース』をあんたから奪い取るつもりよ。あんたを護る防波堤シールドじゃなく、あんたを追い抜くランスになる。いいわね?」

「望むところだ。……それにしても、大内のデータがなきゃ、俺は負けてた。あいつも、変わろうとしてるんだな」

三人が見上げる長崎の空は、どこまでも澄み渡っていた。

同じ頃、滋賀県・大宮機艇教習所。

ピットでは、大内胤賢の卒業試験が終盤を迎えていた。対戦相手は、大阪支部の新星・西村唯。

「大内さん。あんたの10万マブイ、今の私には『ただのノイズ』や」

西村の鋭い洞察力が大内の揺らぎを突こうとするが、今の大内は違った。誠に送った「共鳴理論」を自らに適用し、傲慢さを捨てた彼は、最小限の挙動で西村の差しを完封してみせた。

「……合格だ、大内」

上田校長の言葉に、大内は静かに頭を下げた。その瞳には、かつての氷のような冷徹さではなく、静かな情熱が宿っていた。

その時だ。

教習所の静寂を切り裂き、轟音と共に一台の異質な蒸気車が正門を突破した。

降りてきたのは、背中に巨大なひまわりのような魔導植物を背負った、眩い金髪の青年。

「ハロー! ここが伝説の『不死鳥』のスクールデスカ?」

彼の名はアルバート・マッキントッシュ。留学のため日本に来ている異世界の植物使いだ。

マブイ属性は希少な「虫」、そして「嵐」。

「ワタシ、異世界の商人から買った『種』で、この競艇界にレボリューションを作りマース!」

彼が手にしたハバネロの種が、赤く禍々しく発光する。

それは、これまでの属性概念を根底から覆す、物質変質の特性を持つマブイ――**「錬金アルケミー」**の胎動であった。

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