錬金のレボリューション
永島あきの嵐属性が作り出した巨大な真空の反転気流渦に、三十九号機のカウルが激しい異常振動の悲鳴を上げる。永島の三万マブイ対俺の一千、その圧倒的な質量差が死の慣性となって、俺の蒼白のエッジを外側へと容赦なく弾き飛ばそうとした、その瞬間だった。
操縦席の網膜ディスプレイに、真っ赤な緊急データパッチが強制的に割り込んできた。送信元――滋賀県、大宮機艇教習所・データ解析室。
「速水、僕の声が聞こえるか。あのプロペラの翼角のままじゃ、永島の旋風に内側から呑まれて水底に沈むぞ」
インカムから響いたのは、大内胤賢の声だった。下関の激闘の過負荷によって脳の再調律が必要となり、上田校長の下で治療を続けていたあの最高位SSだ。
「僕の十万マブイで培った超高周波振動理論を、逆に推進力へと書き換えるための周波数設定データを送った。敵の共振ノイズのすべてを自機の推進速度へと足し算で反転させる関数式だ。……山口の新世代なら、使いこなしてみせろ!」
「バカ誠、大内の電算データよ! 今すぐ承認しなさい!」
「助かった、あおい! 大内! スー、お前の血管を全部プロペラに回すぞ!!」
承認ボタンを叩いた瞬間、足元のスーが「フガッ!」と力強く鼻を鳴らした。アマルガム・ペラから凄まじい高周波の和音が水面下に奏でられ、永島の旋風と和久田さんの重力岩盤が放つすべての抵抗が、前方への爆発的な推進力へと真正面から反転した。
「三号艇の速水誠、蒼白の閃光が最内を抉り抜いていくぅぅーーーッッ!!」
激しいチェッカーフラッグが翻った。一着・速水誠。二着・守屋あおい。三着・瓜生俊樹。山口支部による、歴史的なワンツースリー・フィニッシュの達成だった。
翌三月二十二日。丸亀近くの古びた大衆食堂で、俺たち三人は穏やかな休日を過ごしていた。あおいが名物の骨付鳥を素手で豪快に頬張りながら、俺を睨みつけて告げた。
「次は絶対に負けないから。あんたの白銀の結晶を後ろから貫く、一番鋭い槍になってあげるわ。いいわね?」
「望むところだ。……それにしても、大内のデータパッチが届かなきゃ俺は負けてたよ。あいつも上田校長に会って、変わろうとしてるんだな」
同刻、滋賀県――大宮機艇教習所。
大内胤賢のSS戦線復帰テストが、真冬のプール水面で最終局面を迎えていた。試験官の西村唯さんが最内へと鋭く差し込んでくるが、今の大内は共鳴反転理論を自らの氷極属性へと適用し、最小限の流体挙動でその差しを冷徹に、しかし美しく完封してみせた。
「見事な調律だ、大内。明日にでも世界のSS戦線へ復帰できるな」
ヘルメットを脱いでピットへ引き揚げた大内のガラスの瞳には、かつての傲慢な氷の冷徹さではなく、走ることを魂から慈しむ勝負師の静かな情熱が宿っていた。
その静寂を切り裂くように、凄まじい霊子排気音と金属の過熱蒸気音が、教習所のプールサイドへと乱入してきた。
異質なプロトタイプ機体が停車し、重厚な圧力ハッチが開く。背中に昆虫の神経外骨格を模した禍々しい可変ブレードを背負った、金髪の外国人青年がそこへ降り立った。
「ハロー。ここが上田校長のスクールですか」
アルバート・マッキントッシュ。海外の巨大なマブイ先端開発特区ギルドから送り込まれた、謎の交換留学生だ。彼が細腕に掲げた、南方の有機コアを高分子結晶化させたバイオカプセルが、冬の夕闇の中で赤く妖しく発光する。
「私は、この有機コアを以て……ニッポンの古い機艇界の因果律に、本物の革命を起こしに来た」
レース中に金属ナノ粒子や周囲の流体海水構造をリアルタイムで強制物質変質させる、これまでの属性概念を根底から覆す禁断の超高次元マブイ技術――【錬金属性】。
その最悪の爪痕が、今、俺たちのすべての原点であるドブ板の聖地へと、静かに、しかし凶悪に突き立てられようとしていた。




