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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第2章:駆け出し編

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第36話:白銀と無の聖域、そして吉備から届く「声」

 長崎県大村市。からくり競艇の歴史が産声を上げた「競艇発祥の地」として知られるボートレース大村は、レーサーたちから「聖地」と崇められている。

 大村湾に面したこの水面は、海水でありながら「うねり」が少なく、全国屈指のインの強さを誇る。しかし、それはあくまで標準的なマブイ搭載機での話だ。大村特有のナイター照明に照らされた水面には、発祥の地ゆえの膨大な「過去のレーサーたちの思念マブイ・ゴースト」が霧のように漂うと言われている。

 特に冬場、大村湾を吹き抜ける強烈な「鈴田おろし」は、空中戦を得意とする誠のようなレーサーにとって、翼を折る死神の鎌となる。最新のテクノロジーが結集した現代機であっても、大村の伝統的な重圧の前では、一瞬の油断が命取りとなる。この聖地で勝つことは、からくり競艇の歴史そのものに認められることを意味するのである。

 2028年8月23日。下関12レース、衆望万魂祭オールスター・優勝戦。

 大内胤賢の放つ「禁忌の磁場ダーク・フィールド」が、下関の海を漆黒の地獄へと変えていた。10万マブイを燃料にした破壊振動が物理法則を歪め、周囲の物質を粉砕していく。4コースの鎌倉明奈や5コースの坂田結衣といった歴戦の勇者たちですら、機体の異音と精神的な重圧に耐えかね、失速を余儀なくされていた。

 しかし、その絶望的な闇を切り裂き、突き進む二つの光があった。

 「俊樹、行けるか……! この振動、シロが中和しているうちに懐を叩くぞ!」

 「……ああ。お前が道を作れ。俺がその影を支える」

 速水誠の39号機が、白銀に輝く極限圧縮マブイを噴射して加速する。その後ろ、波紋一つ立てずにピタリと追随するのは、瓜生俊樹の機体であった。

 それは、かつて宮島の特訓で見せた「空中クロスライン」を、実戦で昇華させた究極のコンビネーションであった。

* 誠の「白銀のマブイ」: 大内の破壊振動をその圧倒的な硬度で跳ね返す「盾」。

* 瓜生の「無のマブイ」: 大内のマブイ吸引を透過して無効化する「矛」。

 二人は反発し合うのではなく、完全に噛み合った歯車のように下関の水面を滑走した。

 「ありえない……! 僕の磁場を、1,000と0のゴミ共が突き抜けてくるだと!? 僕はSSだ……神に選ばれたはずなのに!」

 大内の絶叫がスピーカーを割る。しかし、誠と瓜生のラインは、もはや大内の「力」を相手にしてはいなかった。彼らが見ているのは、その先にあるゴール。そして、自分たちの帰りを待っている人々の顔であった

 その時、岡山の宿舎でモニターを指が白くなるほど握りしめていた守屋あおいが、椅子を蹴って立ち上がった。

 「誠! 俊樹! あんたたち、そんなところで終わったら一生許さないんだから! 意地を見せなさいよ、私の、信じた道を!!」

 あおいの切実な祈りが、彼女の宿す2,000のマブイを核として通信回線を逆流した。岡山・児島の守屋グループの面々――司、果穂、そして香織たちが送る、冷静かつ鋭い「吉備の鉄風」のエネルギーが、物理的な追い風となって下関の二人の背中を押し上げた。

 「……聞こえたぞ、あおい! 岡山の風、確かに受け取った!」

 誠の1,000のマブイが爆発的な推進力を生み出した。39号機のスカイ・ハイが、白銀の残像を残しながら加速する。

 最終ターンマーク。大内が自爆覚悟の体当たりを仕掛けようとした瞬間、誠と瓜生のラインが美しく交差した。誠がチルト3.5で大内の頭上を越えて視界を奪い、その直下、瓜生が「無」の領域から内側へ音もなく鋭く突き刺さる。

 暗黒の磁場が浄化されていく。大内の「絶影」は過負荷に耐えきれず沈黙し、水面には、並んでゴール板を駆け抜ける誠と瓜生の姿だけが刻まれた。

 巨大スクリーンに、ゴールの瞬間が映し出される。判定写真は何度も拡大された。スリットを通過したフロントカウルは、コンマ001秒の差すらなく、完璧に重なり合っていた。

 「確定……! 1着、2号艇・速水誠! および、1号艇・瓜生俊樹! 史上初のSG同着優勝です!!」

 実況の絶叫と共に、下関競艇場が爆発したような歓声に揺れた。支部やグループの垣根を越え、人々は新しい競艇の誕生を確信していた。

 一方、ゴールを過ぎた先で、大内胤賢の「絶影」は黒い煙を上げていた。10万マブイという鎧を剥ぎ取られた彼は、ただの、傷ついた青年であった。

 「……負けた。完璧だった僕が……。僕は、もう……どこにも行けない……」

 絶望に震える大内の元へ、二つの小さな足音が近づく。シロとパスタ。二匹は機体の縁に飛び乗ると、動かなくなったコアに優しく寄り添った。

 パスタが大内の過去の呪縛を映し出し、シロがその濁ったマブイを真っ白に浄化していく。

 「……あ」

 大内の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。完璧でなければならないという重圧から、二匹が彼を解き放ったのだ。

 誠と瓜生が、自らの機体で大内の「絶影」を両脇から支え、ゆっくりとピットへ帰還する。ボロボロになった三つの機体が並んで進む姿に、観客は惜しみない拍手を送った。

 「……大内。10万マブイがなくても、お前は最高のレーサーだよ。今度は、もっと楽しく走ろうぜ」

 誠が手を差し出すと、大内は小さく「……ああ」と答えた。

 その様子をモニターで見ていた守屋あおいは、自身のペット、ポメラニアンのヘラを抱き上げて笑った。

 「……バカ誠。かっこよすぎるのよ。待ってなさい、次は私がその白銀を捲り落としてあげるんだから」


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