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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第2部:神域打破編

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三千のマブイ

二〇二九年、二月二十二日。

 下関の水面は、あの激闘から一夜明けて穏やかな鏡面を取り戻していたが、大桟橋の上だけは昨日以上の熱気に包まれていた。からくり機艇界の伝統の祝福儀式――「水神祭」。初優勝やSG初制覇を果たした節目に、仲間たちの手で担ぎ上げられ、水面へとドボンと投げ込まれる最高の栄誉だ。


「せーの、ドボォォォンッ!!」


 俺――速水誠と瓜生俊樹の身体が、冬の関門の冷たい海へと一気に吸い込まれていく。続いて大峰さんが「俺も混ぜろたい!」と豪快に飛び込み、西野さんも泥臭くレーススーツのまま海へと飛び込んだ。凍てつくような冬の水面は、今や国境も支部も超えた勝負師たちの笑い声と、歓喜の白い飛沫で溢れかえっていた。


 その喧騒から少し離れた桟橋の端に、一人ぽつんと立ち尽くす男がいた。大内胤賢だ。昨夜の激突でマブイは一時的に完全枯渇していたが、そのガラスの瞳から他者を拒絶していた鋭い棘は、もう消え失せていた。


「大内、お前もや!」


 黒田師匠がその分厚い腕で大内の肩をガシッと掴み、豪快に真冬の海へと引きずり込んだ。水面へと顔を突き出した大内は鼻に入った潮水に一瞬顔をしかめたが、次の瞬間、子供のような笑い声を激しく吹き出したのだ。


「冷たい。ふふ……競艇場の水というのは、こんなにも気持ちのいいものだったんですね、黒田さん」


 絶対的な完璧主義という名の呪縛に神経系を苛まれていた若き怪物が、生まれて初めて、マブイの量に関係のない、生身の笑みを浮かべた瞬間だった。桟橋の上でスーが尾を激しく振り、「フガフガ!」と嬉しそうに声を響かせる。その少し後ろで、スーを腕に抱えた菜奈が、俺たちを見ながら静かに涙を拭っていた。


 夕暮れ時。静かになった桟橋の端で、俺が濡れた黒髪をタオルで拭きながら関門海峡の波間を見つめていると、足音が背後から静かに響いた。


「バカ誠。全身濡れたまま座って。また風邪引くわよ」


 守屋あおいだった。岡山から新幹線を飛ばしてきた彼女は、少し大人びた私服のワンピース姿だった。しかし、その大きな瞳の奥の強い光は、スリットラインで黒大時計を睨む時のそれと寸分違わず同じだった。あおいは俺の隣に腰を下ろした。真冬の潮風が彼女の長い髪をなびかせる。


「昨日の優勝戦で、あんたの一千のマブイが結晶化するのを見て……児島のモニターの前で、全身の震えがどうしても止まらなかった。凄く嬉しかった。でも同時に、胸の奥が引き裂かれそうなくらい怖くなった」


 あおいの声が、夕闇の中でかすかに震えていた。


「あんたがどんどん凄くなって、私の手の届かない遥か遠い場所へ一人で行っちゃいそうで。……私、あんたに置いていかれるのだけは、世界の何よりも一番嫌いなの」


 彼女は意を決したように、俺の生乾きの上着の裾をぎゅっと強く掴んだ。


「ライバルだって、ずっと思ってた。追い越すべき目標だって自分に言い聞かせてきた。でも、もう自分に嘘つけないわ。……私、誠、あんたのことが好きなの! 一千のマブイしかなくても、バカみたいに真っ直ぐで、誰よりもあの泥臭い水面が似合う……あんたのことが、世界で一番好きなんだから! 文句、ある!?」


 俺はゆっくりと、無骨な掌をあおいの震える小さな手の上へと、静かに重ねた。


「あおい。準優勝戦で迷ってた時、あの『負けたら海に沈める』っていう手厳しいデータがあったから、俺は結晶を見つけられたんだよ」


 それだけ言って、少し黙った。続きの言葉を探した。


「……置いていかない。俺のマブイの重さを、一番近い場所で繋ぎ止めていてほしいんだ。世界の重圧に負けて外側へ吹っ飛んでいかないように」


「全部、私が管理してあげるわ。一千の全部」


 あおいは不敵な笑みを浮かべ、俺の肩へそっと頭を預けた。二人の掌がしっかりと重なり合った。俺の精密に研ぎ澄まされた一千と、あおいの緻密なマブイが、肉体の境界を超えて微かに、しかし確かに共鳴した瞬間だった。


「なんだか世界中のどんな十万の化け物にも、絶対に負けない気がするよ」


「当たり前でしょ。私が、誰よりも先にあんたの最内についてるんだから」


 遥か後方から、瓜生がその二人を見つけ、眼鏡の奥の瞳をニヤリと動かしていた。スーが「ワフッ!」と短く海峡の夜空へ声を響かせた。

 持たざる少年は今、人生で最も大切な温もりをその右手に抱きしめながら、次なる世界の最前線へと、静かに航路の切っ先を向けていた。

【速水誠(登録番号:4XXX / 山口支部)】


■ 通算基本データ(二〇二六年五月〜二〇二九年二月)

所属級別: B2級(第1部) ⇒ S級 / SG級(第35話現在:歴代最多の一般票を叩き出す『衆望の怪物』)

通算勝率: 7.31(二度の失格を挟みつつも、最高峰SG戦線で超安定した異常値を叩き出した結果、怪物級の数字をキープ!)

通算2連対率: 75.0%(出走完走時に限るなら87.5%)

通算3連対率: 87.5%(出走完走時に限るなら100%)

通算事故率: 0.22(第1部時点の0.40という危険域から、第2部・第3部の過酷なSG全8戦を『一度も転覆大破せず完全完走』したことで、劇的に安全圏へと平滑化!)


通算走回数: 主要18戦(第1部:10戦 / 第2部・第3部:8戦 ※主要レースを抜粋)

通算着順内訳:

1着:3回(すべて第1部:下関デビュー戦、福岡特別選抜、下関復帰戦)

2着:9回(第1部:3回 / 第2部・第3部:6戦中5回という、驚異の“最強の引き立て役・最強の猛追者”の証明!)

3着:3回(第1部:1回 / 第2部・第3部:2回)

着順無効(失格・転覆):2回(すべて第1部:下関プロ試走会爆散、児島最終優勝戦大転覆)


■ 通算主要決戦リポート(全18戦・完全クロニクル)

【第1部:持たざる者の逆襲編(教習所〜ヤングダービー)】

第2話:下関・プロ試走会 【着順:失格】 ※山崎の一万をハナ差でブチ抜くも39号機が限界突破で爆散、自力帰投不能失格。

第4話:下関・プロデビュー戦 【着順:1着】 ※王者・桐島の引き波の死角へチルト3.0特攻、『全速・叩き差し』でプロ初勝利。

第7話:丸亀・若手選抜(準優) 【着順:2着】 ※平田千夏の盲点を突くも、バックの圧倒的な横圧の暴力にハルを折られハナ差2着。

第8話:福岡・特別選抜戦 【着順:1着】 ※西野の二万六千の熱波に対し、マブイをゼロにする『無への跳躍』で逆転1着。

第9話:大村・一般ナイター 【着順:2着】 ※機体を強引に搾取する『ハイジャック旋回』の拒絶パルスで血ヘドを吐き、森由美子に捲られ2着。

第11話:児島・一般戦(優勝戦) 【着順:大転覆(失格)】 ※鎌倉明奈の真空に怯え、力に頼った結果エンジンが詰まり時速110キロで空中反転、大転覆。

第15話:住之江・本戦特選 【着順:着順なし(緊急停止)】 ※鎌倉の『城門割り』にマブイを捕食され右手が凍傷、防波堤寸前停止。だが「俺が消えれば39号機は走る」という最適解に気づく。(※事故点カウントのため第11話と合わせて「着順無効:2回」に統合)

第16話:下関・復帰戦(優勝戦) 【着順:1着】 ※全解体を経て相棒と和解、チルト『マイナス0.5』の『潜水旋回アンダー・モンキー・重き無』で絶対王者・大峰を海底から喰い破り1着。

第17話:住之江・G3新鋭王座(準優) 【着順:2着】 ※安貞の神速をねじ伏せるも、計算を捨てた相棒・瓜生俊樹の『虚無の電算差し』に最内を抜かれ最高のワンツー(2着)。

第19話:宮島・プレミアムG1前夜選抜 【着順:3着】 ※堀尾の『剛性水壁』に時速100キロで正面衝突、血を染め執念の3着。直後に平野一貴が襲撃され、禁忌の【特別代打ち条文】によりB2のまま本戦へ。

第21話:住之江・プレミアムG1ヤングダービー(最終優勝戦) 【着順:2着】 ※モニター完全オフ。鎌倉の真空を、誠の飛翔と瓜生の潜航による『三次元立体交差旋回』で完全ハッキング。瓜生にコンマ数秒届かずの準優勝(2着)。

【第2部:神域打破編(住之江SGグランプリ)】

第22話:住之江GP・特選ドリーム 【着順:2着】 ※山崎征也の『白銀旋回』の最深部へ『潜航旋回』で特攻、瓜生との立体交差で山崎を差し切る2着。1着は鎌倉明奈。

第23話:住之江GP・予選最終日 【着順:3着】 ※鎌倉の真空と誠の潜航が激突した最内の空白を、浪花の女帝・坂田結衣の『平滑化スムージング』に音もなく抉られ3着。

第25話:住之江GP・準優勝戦 【着順:2着】 ※全マブイを右舷エッジへ極限濃縮した鋼の『レーザーメス』で先頭に出るも、その完璧な平滑の道を坂田結衣の『重層差し』に逆利用され2着。

第26話:住之江GP・最終優勝戦 【着順:3着】 ※大峰と堀尾の壁を『無の刃』で正面突破。誠が強者たちのレーダーを引き付けた死角から、瓜生の『無響ステルス差し』が炸裂。瓜生1着、誠は3着で世界の理を裏返す。

【第3部:世界最高峰SS編(下関SGオールスター)】

第31話:下関AS・特選ドリーム 【着順:2着】 ※大内の『氷極凍結旋回(摩擦マイナス)』の真空を足場に無限加速。山口三連星の波状攻撃で絶対王者を捉え、瓜生に次ぐ2着。

第31話(後半):下関AS・予選最終日 【着順:後方完走】 ※大内の禁断フィールド『魂剥ぎ』の吸引の影を突く『無音の背後滑走』で瓜生が1着を毟り取るのを後方から目撃。

第32話:下関AS・準優勝戦 【着順:2着】 ※イン大峰の鳳凰の波と四カド西野の紅の強襲。あおいの怒り顔と司の生体クロックを胸に一千を右舷へ完全同化、『真空の楔』で2着をもぎ取り優出!

第33〜34話:下関AS・最終優勝戦 【着順:2着(準優勝)】 ※あおいの特製ペラと限界同期し、究極の分子硬度『不壊のダイヤモンド・ソウル』へ覚醒。大内の漆黒ノイズを正面突破し、瓜生と共に大内を挟み撃ちにしてコンマ数秒差の栄光の準優勝(2着)!! 


■ 通算獲得称号

『おんぼろ(死に体)の調教師』

『レーダーから消える男』

潜水艦アンダー・モンキー

『ルールの隙間に滑り込む刃』

『真なるマブイゼロ(怪物の卵)』

『真空に楔を打ち込むウェッジ・マスター』 【NEW!】

『不壊のダイヤモンド・ソウル』 【NEW!】

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