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からくり競艇 ~黄金の波切り、魂のフルスロットル  作者: 水前寺鯉太郎
第2章:駆け出し編

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第31話:衆望万魂祭(しゅうぼうばんこんさい)開幕! 百万のマブイが揺れる水面

 からくり競艇におけるスタートは、他のモータースポーツとは一線を画す特異なシステムである。全艇が一斉に静止状態から発進するのではなく、あらかじめ助走をつけ、決められた時間内にスタートラインを通過する「フライングスタート方式」が採用されている。

 その心臓部となるのが、ピット正面に鎮座する「大時計」である。

 直径3メートルを超えるこの巨大な時計の針が、12時、すなわち0秒を指した瞬間にスタートラインを通過しなければならない。

* フライング(F): 0秒より「0.01秒」でも早く通過した場合。

* 出遅れ(L): 1秒より遅れて通過した場合。

 これらを犯した機体は、その場で「欠場」となり、投じられた舟券はすべて返還される。選手には長期の出場停止という極めて重い罰則が課せられ、そのシーズンのすべてを失うことと同義である。

 特に、強力なマブイを搭載した現代の機体にとって、加速力は人知を超えている。わずかなマブイの暴走が、即座にコンマ数秒の狂いを生み、選手を破滅へと追いやる。大時計との対話――それは、自らのマブイを極限まで抑制し、機械の鼓動と自らの魂を同期させる「精密な調律」に他ならない。

 2028年8月15日。下関競艇場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。

 真夏の陽光よりも眩しく、数万人の観客が放つマブイの波動が空を焼き、巨大なマブイ・スクリーンがその熱狂を増幅させている。からくり競艇界最大の祭典、SG『衆望万魂祭オールスター』。ファン投票によって選ばれた、実力と人気を兼ね備えた「星」たちが、この山口の地に集結したのである。

 「師匠、マジでエモすぎ! あのSSに並んで歩いてるとか、アツすぎてマブイ爆発するっしょ!」

 ピット裏のモニターを見つめ、一番弟子の野田あかりが絶叫する。スクリーンには、入場行進を行うスターたちが順に映し出されていた。

* 第1位:大内 胤賢(福岡)

 漆黒の機体「虚無」と共に登場。彼が歩く場所だけ音が吸い込まれ、熱狂していた観客すらもその絶対零度のカリスマ性に気圧され、水を打ったような静寂が広がる。

* 第2位:鎌倉 明奈(大阪)

 「静の女王」の風格。隣には師匠・坂田結衣が仁王立ちし、豪胆な笑みを浮かべている。

* 第3位:大峰 幸太郎(大分)

 「およよ、選んでくれてありがとうばい!」と佐賀弁全開で会場を温める。

* 第5位:速水 誠(山口)

 1,000のマブイ。本来ならこの舞台に立てる数値ではない。しかし、白犬シロと共に不可能を可能にしてきた「奇跡の少年」として、無名の新人が歴代最多の一般票を集め、堂々の初出場を果たした。

 誠は大時計の向こう側に広がる数万の視線を感じ、武者震いした。かつて病院のベッドでテレビ越しに見ていた「選ばれし者」の舞台に、今、自分は立っているのだ。

 第1レース。祭典の開幕を告げるファンファーレと共に、福岡のエンターテイナー・西野貴志が登場した。

 「お祭りやからな、まずはドカンと景気良く行こうや! 大時計の針、俺の心拍と合わせたるわ!」

 西野は得意の4カドに機体を据える。

 スタート。西野のマブイが紅く燃え上がり、大時計の針が「0.03」を指した瞬間、彼はラインを弾丸のごとく突き抜けた。からくり競艇特有の、慣性無視の加速。西野は内側のベテラン勢がマブイの壁を作る隙も与えず、あえて外側から強引に被せていく「強襲旋回」を繰り出す。

 「誠! 見とけよ! これが大内の『静』をブチ壊すための『動』の極みや!」

 西野の機体が水面で鮮やかな弧を描き、圧倒的なスピードで1着をもぎ取った。ピットに戻ってきた西野は、誠に向かって親指を立てる。そのエネルギーは、大内胤賢が持ち込んだ冷たい静寂を確実に切り裂いていた。

 陽が落ち、カクテル光線が水面を紫紺に染める頃、ついに第12レース「ドリーム戦」の時間が訪れた。整備室では、黒田瑛人がエンジンの排気音に耳を澄ませ、篠田裕美がプロペラの表面を顕微鏡レベルの精密さで最終確認している。

 「誠。1,000のマブイを信じろ。量で勝てないなら、質とタイミングで勝て。シロが浄化するこの水面なら、お前のスカイ・ハイはSSの虚無すら貫く」

 誠は力強く頷き、シロを胸に抱いた。「シロ、行こう。俺たちの走りを、この世界に見せるんだ」

 39号機がピットを離れる。1号艇には、絶対王者・大内胤賢。彼の背後には、彼を崇拝し、勝利を渇望する「十万のマブイ」が、真っ黒な渦となって下関の夜空に立ち昇っていた。

 大時計の針が動き出す。12秒前。

 誠の視界から観客の歓声が消えた。聞こえるのは、シロの鼓動、エンジンの爆音、そして、刻一刻と死線へと近づく大時計の「カチ、カチ」という幻聴のような刻み音だけ。

 「大時計、始動!!」

 誠はスロットルを握り込み、39号機を爆発させた。大内という絶望。大時計という死神。それらすべてを越えて、少年は今、神域の領域へと翼を広げる。

 「スカイ・ハイ……一点、凝縮!!」

 水面が、激しい閃光と共に割れた。山口の「持たざる者」と、福岡の「持てる者」。歴史を塗り替える0.01秒の攻防が、今、始まった。


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